異世界諸国漫遊記
木入香
1頁目 エルフの里とハーフエルフ
薬草を
「あら~シアちゃん、お疲れ~調子はどう?」
古びた木の扉を開けると、そこには朝食を用意している母、アリンの姿があった。私は、集中力が切れてややぼんやりとした頭で「まぁまぁ」と答え、席に着く。
「シアちゃんが言うなら、上々の出来みたいね~。師匠として鼻が高いわ~」
まぁまぁと答えただけで、
年季の入った椅子をギシギシと
今日のメニューは、森の木の実を数種類、軽く塩で
母が対面の椅子に腰掛けたところで、お互いに手を伸ばし握り合って目を閉じて、この里で信仰しているカラマ神へと祈りの言葉を
「「今日もお恵みをありがとうございます。この
二人
「ねぇシアちゃん」
「なぁに? アリン?」
「もぉ~私のことは、お母さんって呼んでっていつも言ってるでしょ~?」
「いや、流石にこの歳になって、いつまでもお母さんは恥ずかしいよ」
「まだまだ子供じゃない」
「いや、成人したし」
このゆるい言い合いはいつものことだ。いつも穏やかで柔らかい物腰のこの母だが頑固な部分もあり、その最たるものがこのお母さん問題である。いつも同じような話題であることに呆れはするものの、飽きることはなく、私自身もどこかこのやりとりを楽しみにしているような
「だって、アリン。私もう一二〇歳だよ? 成人になってもう二〇年も経った。立派な大人だよ」
そう、私はもう
そもそも、私の元々の生まれはこのファンタジーな世界ではない。いわゆる、転生者と呼ばれるものだ。しかし、私は自分が死んだという実感がなければ、以前、どこでどのような生活を送っていたかということもぼんやりとしか覚えていない。どうやら、自身が以前も今も性別が女性であるということがハッキリと分かっている程度である。また、転生の際には、神様に会って問答をするのが決まりらしいのだが、あいにくと私の記憶にはそのような存在はなかったし、今を生きる私にとっての神様とは、このエルフの里で
「頂きました」
ずっと可愛らしく文句を言ってくる母を尻目にさっさと食べ終えた私は、木を
この土地は、近くに火山地帯があるおかげで地熱により、寒季でも雪がほとんど積もらないのだが、それでも暖季に入ったばかりの井戸水は微かに冷たく感じる。いや、エルフは寒暖に鈍感であるから、あくまで私個人の感覚の問題だ。
空を見上げると、さっきよりも明るくはなってきているが、周りを森で囲われているこのエルフの里に日が差すのは、もう少し後になるようだ。
「さて、続きでもしようかな」
いつもの繰り返しの作業の為、先程の思考の続きをする。
私が生まれたのは、今から一二〇年前。母のアリンはエルフ族であるが、父は人間族である為、私は正確にはハーフエルフということになる。父が亡くなったのは八〇年程前、私が四〇歳頃のことである。
「本当はあるのかもしれないけどね」
ふと、思考が口に出てしまい、誰もいないと分かっているが、つい周りを見渡してしまう。溜め息を
魔法が存在する世界なのだ。また、私達のようなエルフ族といった長命な種族を始めとし、世界には数多くの種族がそれぞれコミュニティを築き、生活を送っている。
この世界にヒトと呼べる存在が誕生して早八〇〇〇年。あくまで確認出来る限りでの年数だそうで、もしかしたらそれ以前にも文明があったのかもしれないと言われている。
いずれにせよ、そこから住む地域や気候、思考など様々な要素から人種が別れた地球のように、私達の先祖もそうして数多くの種族や人種に別れ、世界各地で過ごしている。
私の知らないところでは、機械文明が発達した国や、賢者の石か何かの魔法で、長寿を成し遂げた人間が住む集落があるのかもしれない。そう考えると、この世界を見て回りたいと思ってしまう。
だが、我慢しなければならない。
成人後一〇年間は冒険者としてその身を危険な目に合わせ、母を
里の外に出るのは、薬草や野草、木の実などの植物の
「やっぱり、集中出来ないかな」
そんなことを考えていたからか、いつの間にか手を止め、ぼんやりと窓の外を眺めていた。外では、人間の見た目三〇代前後、実際はその一〇倍、二〇倍を生きるエルフ達が、
私は
転生者なのだから当然なのだが、普通エルフは見た目の成長の割に精神の成長は遅い。見た目だけならば、五〇~七〇歳の間には成人と同じ姿となる。最大で二〇年の開きがあるが、数百年を生きるエルフにとって、二〇年なんて誤差である。成人が一〇〇歳となっているのは、そこに関係している。エルフの六〇歳前後とは、人間でいう一〇歳程度に相当する。長命な分、精神の成長が非常に遅いのである。それはハーフエルフも変わりはない。人間の血が混じっている為、若干早熟するという程度で、結局は誤差で片付けられてしまう。
だが私は、生まれた時から既に成熟した精神をこの身に
そして一〇〇歳。
森の奥の小さな集落であり、外部との交流はなさそうに思えるが、実は人間の町と火山の間に位置しているということで、そこを行き来する商隊の中継地点として利用されている。その為、里の外の話を聞く機会があったのだ。
ここで、冒険者はともかく商隊が火山へ何の用事かと疑問に持つところだが、実は山の
ドワーフ族と
「そうだ、そろそろ商隊が来る頃かな」
薬棚を
「やった」
馬車は、休憩の為に里で唯一の宿屋へと向かうので、私も遅れないように急ぎ足で、その後に続いた。
「いらっしゃいませー!」
いち早く
エルフの里内での取引は通貨を必要とせず、
私もそれに
「さぁどうぞ。見ていって下さい。師匠お墨付きの魔法薬です!」
「お、今回はフレンシアが一番か。よーし、どれどれ?」
今回は、私が一番良い位置で場所を取ることが出来た。つまり、商隊が来るタイミングを勘で当てることが出来た者だけが、優先して商売することが出来るというのが、この里での暗黙の了解なのである。この為に、外部の物を必要とするエルフは日々、勘を研ぎ澄ます努力をしている……訳ではなく、種族柄、長寿のエルフはさほど急ぐ、慌てるということをしない上に物欲もあまりないことから、
そんな物欲に
「よし、魔法薬は全部もらおう。薬草は、それとそれ、後これをくれ。乾燥状態はどうだ?」
「ここのところ晴れ続きでしたから、天日干しで問題なく。三日ですね」
「分かった。金額は一六.一四キユでどうだ?」
キユというのはこの国、ジスト王国で使われている主な通貨の単位だ。
金貨がロカン、銀貨がキユ、銅貨がトルマで、一ロカン=一八キユ、一キユ=三〇トルマである。日本円に換算すると、一トルマが大体五〇円前後くらいの価値だろうか。
今回、商人が提示した額が一六.一四キユということは、一六キユ一四トルマで、おおよそ二四七〇〇円くらいになる。今回用意した魔法薬は一四本。となると一本一.〇四キユだろうか。日本円にすると一本一七〇〇円くらい。残りの一八トルマは薬草の分ということになる。
日本で風邪薬を買うと一〇〇〇~二〇〇〇円であることを考えると、相場はさほど違いはないのかもしれないが、この世界の魔法薬は飲むだけで、程度によるが傷が
話が
出回っている低級の相場が大体一.〇二キユであること。もちろんこれは市場価格なので、実際の取引では、それよりも少ない二〇トルマ前後でやり取りが行われる。
話を戻して今回の取引、相手方が提示したのは薬草を購入し、更に多少色を付けての一六.一四キユ。一応、一本の価格が一キユを超えているので、低級ではないとの判断からなのだろうが、それでも納得がいかない。今回私が出す魔法薬は、中級には手が届いていると自信を持って言える出来である。それが思ったほどの評価がされないともなれば、プライドが許さない。
そもそも前回の取引時は寒季ということもあり、魔法薬の材料も少なく数が少ないことから、今回よりも質が悪くても一本当たり一.二二キユまで値が上がったのだ。
前回よりも数段は質を上げており、おそらく彼もそれをある程度理解しているだろう。液体の色や透明度が明らかに違うからだ。にも関わらず、一.〇四キユというのは些か納得出来ない。
これでも
「安いですね。一本二キユ」
「前回は、寒季で材料もあまりなかったし、魔法薬が数揃えられなかったからであって、今回は寒さも越したし、この薬草の状態を見ても良好と見える。これなら、安定した数が確保出来るだろうから一本一.〇四キユだ。これでも市場よりも値を上げてるぜ」
「前回よりも質は上がっています。前回は低級の中でも上位程度でしたが、寒季にじっくりと研究しましたので、中級に手が届く程度にはなりましたよ? 中級は、安くても二.二キユ。それよりも二〇トルマも安いですよ?」
「ぐ、一.〇六キユ」
「二キユ。ここで安く仕入れて、どうせ市場では三キユ近くの値段で
「……一.一キユ」
「私も悪魔ではありません。一.二八キユ」
「材料はタダなんだろ? 一.一三キユ」
「人件費と時間給込みです。一.二七キユ」
「人件費ったって、フレンシア一人じゃないか。それにエルフに時間給とかって概念ないだろ?一.一四キユ」
「種族差別です。
「値上げすんじゃねぇ! そもそも侮辱罪って何だよ!」
「あー嫌な気分になりましたー。もう私売りたくなーい。直接町行くー」
「あ、くそ、一.二キユ!」
「もう一声」
「だーもう! 一.二二!」
「一.二五です。これが最低ラインです」
「分かったよ! 一.二五キユ!」
「毎度ありがとうございます! では魔法薬一本一.二五キユが一四本。それに乾燥薬草三束で、合わせて一ロカン六キユと一〇トルマのところ、端数分を削ってあげましょう。温情です。では一.〇八ロカン! いただきます!」
「はぁ、はいよ」
「ありがとうございます」
最初一六.一四キユのところから一気に一〇キユ程釣り上げ、二六キユ、つまり一.〇八ロカンまで引き上げることが出来、ホクホク顔の私である。地味に薬草を二トルマ値上げして計算していたことは内緒である。まぁ相手もベテランの商人だ。計算は速いので分かってはいるだろう。それに、結局差し引いたのだから問題はない。
受け取った一.〇八ロカンの内、一.〇二ロカンは財布に仕舞って六キユだけ手に持ち、再び交渉の席に座る。第二ラウンド開始である。
「じゃあ、今度は私の番ですね。本を下さい!」
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