アポインター

仙道 宅

第1話 箱と紙

あれは今から10年位前だっただろうか。大学を卒業して取り敢えずで決めてしまった就職も決まり祖母の家に無事に大学卒業と就職の報告に顔を出した時だ。

祖母は俺『倉島裕太』の事をいつも名字と名前を合わせて『くぅちゃん』と呼ぶ。

「くぅちゃんは、今度は高校生になるのかねぇ?」

などと若干ボケが始まってしまっているが祖母のそれはいつも明るく可愛らしいので皆んな俺も含めてそんな祖母が大好きだった。

「ばぁちゃん高校生じゃないよ。高校は、とっくに卒業してその上大学まで卒業して4月から社会人だよ」

祖母は分かった感じで

「それは、それはご苦労様ですぅ」

などと誰にでもなく会釈をしていた。

すると祖母は、ふと立ち上がるとちょこちょこと歩きながら自分の部屋に戻って行った。

それから数分して戻って来たかと思うと祖母はその手に少し大きめな古めかしい箱を抱えていた。

皆んなが何事かと思うと祖母は俺を呼んで目の前に座るように促した。

「くぅちゃんくぅちゃん、こっちこっち」

と手招きして俺を前に座らせる何が始まるのかと思うと祖母は静かにそして大切そうにゆっくりその箱を開けた。その中には素人目に見ても決して安くは無い指輪やネックレスが入っていた。

「ばぁちゃん何でこんな物持ってんの!?ってかこんな物いきなり持って来てどうするの!?」

と今思えば自分でも恥ずかしいくらい動揺したいが内心は、可愛い孫の就職祝いに好きなの持って行きな〜何て言ってくれるのかと期待していたが帰ってきた応えは期待とは少し違った物だった。

「これは死んだ爺ちゃんが勤めてた時にちょっとずつ買ってくれた大切な大切な物だけどね、くぅちゃんが結婚してお嫁さんが出来たらこれを貰って貰えないかねぇ」

それは予想外な答えだったが話が飛び過ぎてる。いくらたった1人の孫でも自分の息子やその嫁にでは無くまさかまだ影も形もない俺のお嫁さんに何て…。

「ばぁちゃん気持ちは嬉しいけどまだ彼女もいないし大学卒業したばかりで結婚何て想像もつかないよ」

「だから俺なんかより母さんや父さんにあげたりした方が喜ぶと思うよ?」

何て言いながらも目の前のそれらからは目が離せないのも正直なところ。

「武は、駄目だめぇ。武は、自分が結婚する時にこの中からいくつかあげて結婚資金にしてるから」

武とは俺の親父でばぁちゃんの息子だ。両親にそんな過去があったとは…って結婚資金ってそんなに安くなさそうなのにそんなに値打ちがある物なのかと改めて驚いた。

それにまぁ俺に、というか将来のお嫁さんに?あげるなんて言ってくれてる祖母の言葉や優しさが何より暖かく嬉しかった。

「それじゃあばぁちゃん何年かしたらお嫁さん連れて貰いに来るからそれまでまだまだ元気でいてよね」

祖母はその言葉が嬉しかったのかめちゃくちゃ良い笑顔でうんうんと頷いてくれていた。

それから暫くして俺が会社を転々としながら30歳になった冬の雪深い夜に祖母が亡くなったと知らせがあった。ここ何年かは認知症が進んで施設に入って暮らしていたけど亡くなる前日まで90歳過ぎてるのに元気にはしゃいでたらしい。そんな祖母でも夜に少し熱を出したと思ったら次の日には亡くなっていたらしい。親から又聞きした事なので詳細な事まで分からないけどたった一つ分かってるのはもうあの祖母の暖かくて優しい笑みを見る事は写真でしか出来なくなったという事だ。

暫くして納骨も終わり少し落ち着いたところで祖母の遺品整理を手伝いに祖母の居ない祖母の家に行った。

幼い頃の親父の写真やまだ赤ん坊だった俺を優しく抱きしめてくれてる祖母の写真など、どんな物を見ても祖母との思い出が蘇って来て目頭が熱くなる。そんな時…。

「裕太あんたこの箱…」

と母が押入れの奥から取り出したその箱は忘れるはずもないあの指輪などが入った大切な大切な箱だ。

「この箱の中身はおばあちゃんが将来あんたのお嫁さんにっておばあちゃんが言ってた物だろあんたが大切に保管してなさいもういい歳だしちゃんとそういう事も出来るでしょ」

まぁ祖母が残してくれたものだし銀行に貸金庫でも作ってその時が来るまで大切に保管する位なら俺にも出来る。そう思って箱の中身を改めて親族皆んなで覗いた時だった。

あれだけキラキラしていた箱の中身には薄っぺらい紙が一枚と1万円札が2枚だけが指輪などと変わって入っていた。その三つ折りにされていた紙を開いてみるとあまり見慣れない文字がまず目に飛び込んできた。


古物台帳


それはリサイクルショップや古物商などが買い付けの時などに使う物だとは後から知った。そこには見覚えのある祖母の文字と共に2年前の日付で祖母との貴金属の買取の記録が残っていた。が…

「何よこのダイヤ0.5カラ2500円って他にもかまぼこ金500円⁉︎あれだけの物がこんな二束三文な訳ないじゃ無い!」

母は、勿論の事父親も周りの親戚も大激怒だった。おばあちゃんは、騙されたんだ!詐欺だともうパニック状態である。

父親が古物台帳を読んでそこに書いてあった電話番号の会社に電話を掛けた。どうせ詐欺なのだから繋がらないだろうと思っていたら意外な事に数コールで女性の声が返ってきた。

「お電話ありがとうございます。こちらリサイクルショップ五界堂です」

リサイクルショップ五界堂、後から調べたら分かった事で出張買取が主なリサイクルショップらしい。評判の方は…まぁ想像していた通り最悪な評判だ。

「ちょっと聞きたいんですが以前そちらでうちの母の所に貴金属を買いに来たみたいなんだけどね馬鹿みたいに安い値段で買い叩かれたみたいなんで返して欲しいんですよ。現金は、手付かずで残ってます」

父は何時もはあまり怒ったりは、しないタイプの人だがこの時ばかりはかなり声を荒げて話していた。それでも冷静に話を進めようと必死に感情を押し殺しているのは側から見ててもわかる。

「かしこまりましたそれでは、お客様の名前とご利用になられた日付それと古物台帳の右上に書いてあるNo.をお読みいただいてもらってよろしいでしょうか」

あくまで事務的に淡々と話す女性に父は言われた通りのことを伝えた。

「確かにこちらの記録にもお客様とのお買取の記録が残っております」

良かったちゃんと記録は残っているらしい。しかし…

「こちらのお買取の取引は2年以上前でお買取させていただいた商品も残っていませんし何よりもクーリングオフの期間を過ぎているのでお返しする事も出来ません」

ただ淡々とこんな事慣れてますとでも言うように業務的な声だけが返ってくる。

「ふざけるなっ!こんなの詐欺じゃないか!分からない老人捕まえて騙して買い叩くなんて詐欺以外あり得ないだろっ!」

父は、感情を抑える事も忘れてただひたすらに怒鳴りまくっていた。しかし電話の相手もそんな事は何時ものことなのか

「当社としてはお客様にご納得して頂いた上で買わせて頂いますし何よりもお客様のお母様が納得されたからこそその金額でお譲り頂いております。それに必ずスタッフには、クーリングオフの説明もさせて頂いておりますしこちらからも買い付け後に改めてクーリングオフがないかご確認のお電話をさせて頂いておりますのでそこで問題なかった為に商談が成立しております」

それが本当なのかどうかはその場に居なかった自分達には決して知る由がないが本人が納得して売った上にクーリングオフもしなかったのなら最早法律的にも問題が無いのかもしれないがだからハイそうですかといかないのが人間というものだろう。

父だってそんな事は分かっているのだろうが納得する訳にはいかない。

親族が怒りに震え弁護士だ裁判だと話している間

俺は古物台帳の紙を眺めていた。そこには


アポインター 寺島進

クローザー 河原太一


と祖母以外にも2人の名前が書かれていた。この2人は何を思いどんな風に祖母に近寄ったのだろうか…。喧騒の中ただ静かに俺はその箱と紙を信じられない位静かに眺めていた。

そして結論から言えば祖母の貴金属は返ってくる事は無かった。


そして1年後…



俺は転職してアポインターになった。




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