第2話
私が3歳になるころ、ヤスさんはやめてどこかへ行ってしまった。
父はどんどんアルコールへの依存を高めていき、
その2年後、隣町である茨木市の一戸建てに、家族四人は引っ越したのだ。
猥雑な摂津市とは違い、閑静な住宅街は子どもの目にも寂しい。
そして、8歳の小学生である私に、母はいつものように愚痴った。
「でもね。お父さん、いい人よ」母は幸薄く笑った。
「そうやね」と私。
「頭を撫でてくれたり。いまでも覚えてるし」
すると、母はぎょっとして私を見た。
「お父さんは、あんたの頭を撫でたりしないわよ」
「え、でも覚えてるもん。頭の上の手のひらとか」
「それは、勘違いやない?お父さんは決してそういう人じゃない」
私は仰天した。
だって、いまでもたしかに覚えてる。
「そんなことないよ。お母さんが知らないだけで。最近はしてくれないけど。
肩車してくれたりもしたもん。頭のてっぺんが見えたの、なんとなく覚えてるもん。
で、落ちそうになって、思わず頭をつかんでしまったり・・・」
と、私はクスクス思い出し笑いをした。
と、母の顔はみるみる歪んだ。
「それはお父さんじゃないね~~」と、母は絶句した。
私は尚も反論を試みる。
「そんなことないよ。最近はしてくれないけど。
お母さんが見てないだけで。
でも、肩車は私が大きくなったからやけど、頭は撫でてくれてもいいんやない?
まだ小学生やもんって思うけど」と、何某の期待を込めて私は続けた。
その夜、母は父に問いかけた。
「お父さん、この子に、惠美子の頭を撫でたりしたことあった?」
すると、無機質な表情でテレビ画面を見つめていた父は、吐き出すように言った。
「なんでや?なんで俺がそんなことをせないかんのや?」
盃を持つ手が、一瞬、とまる。
悪い兆候だ。
「せな、あかんとか、そういうことじゃないのよ。」
母が何かとりなすように言う。
父は盃をグイっと口元に当てた。
「ないな。繁治ならあるかの。跡継ぎやから」。
私は首を出した亀が甲羅へと首を戻すように、
内気な愛情をそろそろと元に戻す。
「ないな。ない。一度もないよ」
「この子は、あるって言い張るんだけど?」
すると、父は間髪入れずに言う。
「ヤスやろう。ヤスは惠美子を可愛がっとったやろう。ヤスやな」
父は悪いだけの人でもない。
それは自分だったと嘘をつく狡猾さは持ち合わせていないのった。
そういう父親らしいことをしてやってくれと、母は懇願した。
が、それが父の気に障った。
「なんでや?こうやって養ってるやろう。
子どもの機嫌をとる親がどこにおんのや?」
が、そのうちテレビ番組の楽しさに有頂天になった父は、
トイレへと通りすがり、私の頭をごしごし乱暴に撫でた。
この人ではなかった。
私はずっと勘違いをしていた。
大変だ!私は父親でない赤の他人と暮らしている・・・
もうこの家にはいられない。
何かの発作のように、私は周囲をキョロキョロ見回すも、
家には誰一人いない。
家族の他は。
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