Chapter 3: 叔父の脳内
この世でもし天使が実在するならば、それは姪であろう。
ニ歳のアンジェラを初めて見た時、そう思った。亡くなった母親に似た赤い髪に透き通る緑の眼。細い指とぷるんとしたピンクの唇。窓からさす光が彼女の頭を光輪で照らした様だった。
涙を流させる奴には鉄杭を。悪意ある輩にはギロチンを!
……おっと。いけない。いけない。彼女に相応しい理想の叔父でなければいけない。
筋肉は鍛え、一日三食怠らず、魔石の効率化を編み出し、ボロンでの事業も軌道に乗った。面倒を見ていた父が亡くなったと聞いたが、駆け付けられなかった。申し分のない事をした。そしてやっと遠い国にいる姪を迎えられると思った矢先、ボロンの環境省の野郎共が魔石発掘を規制すると言い出した。政府の中でもあいつらはほぼ無法状態の連中だった。
魔石の品質が不安定だと?
なら、純度が更に高い奥から採ってこれば良い。
危険度は増すが、下層に行くほど魔獣や壁から魔石が摘出できる確率が多いと聞く。多少の犠牲は大丈夫だろう。こちらはその分投資しているからな。
それだけだ。
おっと、仕事の事はもう良いだろう。
心配なのは、ある日を境に姪は急変した。
髪を茶色染め、眼は魔法で黒にした。
なっ、なんという事だ!
反抗期か!呪いか?
聖人を呼べ!病ならば、薬師を!金は惜しまないぞ!
冒険者になると言い、数年は家を空けた。
そして、最近やっと気付いたらしい。あれは彼女に向いてない。
花が似合う可憐な姪だ。野蛮な冒険者は悪影響だ。
やっと帰って来たよ、天国にいる最愛なる妹とロベルトよ。
しかしな……数年ぶりにやっと逢えた姪は、何故か顔を合わせてくれない。
♾♾♾
「私が怒っている理由が分かりますか?」
アンジェラは頰を膨らませてソファに足を組んで座っていた。昨日のドレスよりもう少し簡素な感じの深緑のドレスになっていた。先ほどから部屋を往復していた彼女の叔父の足が止まる。
「候補者が足りないか?」エリック S. バロンは山積みになった書類を見てため息をついた。「隣国からの貴族も入れたのだがな」
部屋の片隅では蜘蛛型の機械が箒を持ち、掃除する。最近、油をさしたので動きがスムーズだ。
エリック S. バロンの髪は年とともに薄くなったが、元々はやや金色が入った茶色。口元にある髭がポイントの四十代後半の男だった。
「お気遣いは嬉しいのですが、私はただの社交界の花となるのは興味ありません。そして、時期はもう手遅れです」
ツンと横を向いた姪も一見、悪くないとエリックは思った。
「冒険者だった時、どれぐらいの業績を上げたのか?」
「魔法が封印されていますから、今お見せできませんが……」
「君の口からで良い」
きっとスライムレベルだろう。
「最近とったのは、えーっと……ファイヤーリザードとワイバーン」
ーーん?
「それとフェンリル……の尻尾です」
ーーんん?
「今の私の実力では、それぐらいかも」
「えっ、あぁ。そうかもな。で、何故ーー尻尾なのかね? 」
「倒した証拠とはいえ無駄な殺傷は良くないですし、それに私の魔法で治る範囲ですから」
少し前にフォルンの西部に凶暴化している魔獣の報告があったが、黒色の土竜や白色のフェンリル。最近聞かなくなったと思っていたが……
風と治癒魔法。
それがアンジェラの特性だった。
ただし、聖魔法系は闇には毒だと聞いていたが……
「モフちゃんは兎と同じで眉間のここを撫でられるのがすごく好きだったので」
「『モフちゃん』? 」
「フェンリルです。お手が上手でしたよ」
調教までしていましただと?
一瞬、尾をふる巨大な魔獣を想像し、エリックは身震いする。
専門外だ。
エリックは直感で語った。
「連れてこられなかったのは残念でした」
天災で業績悪化します。
「それより、昨日の事故は何だったのですか?叔父様の商会からの魔石が暴走、爆破って大問題ですよ」
アンジェラは見抜いていた。魔石はまだまだ新しく、安定化してない。特に魔具がある限り一般人は事故対策が出来てない。
「それでも流通するのは低価格であり、大量生産できるから。多かれ少なかれ我が商会がしなくても、他の誰かが実行していただろう」
魔石の流通をストップさせると労働者が文句を言う。経済にも悪影響しかねない。
「解決策は、品質向上だ。より良い品質の魔石をこの下の洞窟で発見、発掘。それが全てを解決してくれる。ただ、それは上からの許可がいる」
「魔石発掘の管理は誰がしているのですか?」
「ボロンの環境省だっ!」
エリックは吐き出す様に言う。それに対してアンジェラは首をかしげる。
アンジェラは思い出した。ドゴグさんの名刺。『マーカス』に相談したらいいかな?アンジェラはドゴグより年配の男性を想像した。
「――そこでだ。私は大切な姪に相応しい相手との婚姻を拒否する事に納得していない。もし、それが私と縁を切る程苦痛ならば、ここボロンでの発掘調査を手伝い、認められろ。洞窟内ではまだ魔獣が沢山おり、冒険者としてまた一時的に活動する事になる。そこで成果を出さなければ、諦めなさい」
心を鬼にするのは辛いのぉ。。。
その途端、アンジェラは満面の笑顔で叔父の両手を掴んで飛び跳ねた。
「ありがとう、バロン叔父さん!」
天使!
「あは……」アンジェラの緑色の目が泳いだ。「私、行きますね」
アンジェラは早足で木製の階段を駆け下り、外に出た。
彼女は煉瓦が敷き詰められた地面に両足をつけると辺りを見渡す。そして、誰も見てないと分かると片腕を伸ばしでストレッチする。彼女の目尻には少し涙が出る。
「うーん!やっぱり外の方が良いかも。少し話を盛りすぎたかな……ごめんなさい、エリック叔父様。でも、今はまだ時間がいるの……」
アンジェラは気分を切り替えた。
「早速、環境省に行ってみよ」
バスはもう懲り懲りだったのでアンジェラは歩くことにした。
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