49話 帰還の魔法陣

 僕はしばらく考えて結論を出した。


「ねぇ、セエレ。僕達も君に食われる訳にはいかないから封印は解いてやれない。だけど、君を魔界に帰す事なら出来るかもしれない」

『帰れるのか? 魔界に……?』

「君がどんな魔法陣でやってきたのか分からないけど、来たのなら帰す事もできるんじゃないかな……。魔界に行ったらその封印も解けるんじゃない?」

『確かに……人間ごときの作った戒め、悪魔に解けん事はあるまい』


 悪魔セエレはこくこくと頷いた。


「おい……フィル、いいのか魔界に帰しちゃって」

「父さんが命を賭けた封印がこんな中途半端なんだ。この世界に居て貰わない方がいいって思わないか?」

「それは確かに……」


 僕は悪魔セエレを見つめた。今は害のないように見えるけど、所詮悪魔なのだ。


「で、帰還の魔法陣はフィルは分かるのか?」

「それが……やってみないと……アルヴィー、手伝って貰ってもいいかな」

「まじかぁ……」


 僕は崩れた崖を精霊魔法で修復し、足場を作った。


「名無し、しばらく泊まりがけになるかもしれない。君は近くの村に居た方がいいかも」

「ばか言うな。ここまできたら最後まで付き合うぜ」


 名無しはそう言うと、その場にすわり込んだ。


「じゃあ、テントでも張っててくれ」

「ああ」


 僕は収納から物資を取り出すと、名無しに預けた。帰還の魔法陣が完成するまでどれくらいかかるかわからない。何日か、それとも一月か……。


「イルム、伝言を頼む」

「はい主」


 イルムはアルヴィーが書いた手紙を持って、飛び去って行った。


「お師匠様にも加勢を頼んだ」

「ありがとうアルヴィー」

「私も手伝いますよ」

「ありがとう、レイさん」


 僕達は早速、アルヴィーにスタンダードな帰還の魔法陣を地面に書いてもらった。


「セエレ、これで帰れないかな」

『……無理じゃ、針穴から帰れといわれているもんじゃ』

「そっか……」


 次に僕が精霊文字を使って魔法陣を書いてみる。……あんなに魔法陣を書くのに苦労していたのが嘘みたいだった。


「これでどうだろう」

『たいして変わらん』

「うーん」

「もっと大規模な魔法陣が必要なのでしょうね」


 レイさんが見た事のない複雑な魔法陣を描いた。


「おお、この辺はどういう意味?」

「この世の端……みたいな意味でしょうか」

『この魔法陣でも無理だぞ。我がやってきたのはもっと大きく複雑なものだった』

「うーん」


 そこからはひたすら試行錯誤だった。アルヴィーの魔法の知識、そして僕の精霊魔法、レイさんの僕も知らない古代の言葉、それらをあれこれ組み合わせては魔法陣に書き加え、セエレに試して貰う、といった感じだ。


「もう暗い、今日はこの辺にしよう」

「はーっ、気が遠くなるな」

「うん、でも……僕、ちょっと面白いんだけど」

「……俺もだ」


 僕とアルヴィーは顔を見合わせてニッと笑った。目的が悪魔の帰還じゃなければもっと腰を落ち着けて、資料も集めて実験してみたい。


「いいかもなー、フィルと新しい魔法の研究をするのも」

「精霊魔法と現代魔法をかけあわせて……」

「おーい、晩飯できたぞ」


 僕達がそんな風に話し合っていると、名無しに声かけられた。


「なんか名無しがお母さんみたいになってるね」

「言ってやるなよ……」


 その日は名無しの作ったシチューを食べて、テントに潜り込んで眠った。翌朝からまた僕達は帰還の魔法陣の研究をはじめた。


「ちょっと俺、マギネを連れて狩りに行ってくる」

「怪我に気をつけてよ」

「ああ。毎日干し肉じゃ味気ないだろ」


 そう言って名無しは狩りに出かけた。


「はあ、今日も成果無しか……」

『本当にできるのかの』


 悪魔セエレもちょっと不安げな表情を浮かべた。


「俺は成果あり、だぞ」


 名無しはウサギと鳥を捕ってきた。マギネはウサギにかぶりついている。


「まぁ、あせらず行きましょう」


 レイさんはティリキヤの民の村でお土産に貰った酒を飲みながら僕達に言った。


「父さんは元々何かを召喚しようとしてたんだろうか」

「そうだろうな、その隙をついてアイツが現れたんだし」

「それが分かれば一気に分かる気がする」


 僕達はそれから幾日も魔法陣の作成に明け暮れていた。すると、山の向こうから、何かがやってきた。


「アルヴィー! あれは……」

「お師匠様だ!」


 それは空を飛ぶ帆船に乗って現れたヒューさんだった。


「諸君、帰還の魔法陣はできたかい?」

「いや、それが……」


 ヒューさんは船から下りると、僕達の作った魔法陣を眺めた。


「なかなか面白いものが出来てるね。でも上級悪魔の帰還には使えないだろうな」


 さすがアルヴィーのお師匠さんである。一発で僕達の魔法陣の粗を見つけたようだ。


「父さんは何かを召還しようとしていたようです。それであの悪魔を召喚してしまったと」

「ラスティスが……」

「なにか知りませんか、ヒューさん」


 僕は最後の望みをかけて、ヒューさんに聞いた。


「そうだな……直接関係あるか分からないが、ラスティスが『大奥義書』グラン・グリモアールを知らないか、と訪ねてきた事があった」

『大奥義書』グラン・グリモアール……なんでそんなものを……」


 僕は物置に無造作に置かれた財宝の数々を思い出していた。

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