48話 魅了の悪魔セエレ

 翌朝。僕は結局いつものように僕にしがみついて寝ているレイさんを揺り動かした。


「ねぇ、レイさん……うわ、お酒臭い」

「うーん。では水浴びをして来よう」


 レイさんはスタスタと外に出ると、村の脇を流れている川で水浴びを始めた。ここに来てからレイさんは人間サイズではあるものの、翼や鱗や角を隠してない。


「なーんかのびのびしてんな」

「名無し」

「ここのみんなはレイさんを怖がらないからね」


 名無しと一緒に顔を洗っていると、アルヴィーが目をこすりながらやってきた。


「今日こそ悪魔を探しに行くんだろ?」

「うん。場所の目星は大体ついたよ」


 僕は東の方角を指差した。


「あっちの崖の方だってさ」

「ひえー、すごい崖」


 僕達は身支度を整えると、村長に挨拶をして村を離れた。再びレイさんに跨がって、切り立った崖に向かって羽ばたく。僕は指輪の光を都度確認しながらレイさんに方向を指示した。


「あっ、この辺じゃないか? フィル」


 アルヴィーが崖の崩れたところを指差した。


「うん、そうみたい」


 僕は空気を操作してふわりとレイさんの背中から降り立った。


「霊よ、神の名において風の精霊の助けを授けよ」


 アルヴィーも風魔法で足場の悪い崖に降り立つ。


「おおい、俺はどうしたらいいんだよ」

「名無しは私に掴まっていて下さい」

「いいのか?」


 名無しは人化したレイさんにしがみつきながら崖にたどり着いた。


「……ここだ」


 指輪は真っ直ぐに岩が崩れて重なり合ったところを指し示している。


「ここに悪魔が……ってなんの邪気もないようだけど」

「うん、俺もなんも感じない」

「とりあえず、この岩をどかしてしまおう」


 僕は重力を操作して岩をどけた。ひとーつ、ふたーつ。精霊魔法は便利だな。


「フィル、岩をこっちに向けんなよ!」


 レイさんにしがみついている名無しが怯えた声を出した。


「ごめんごめん! ……ん?」


 謝りながら三つ目の岩をどけた時だった。白い足が見えた気がしたのだ。


「なんかいる!」


 僕はもう一つ岩をどかした。そして現れたのは……青白い肌の女の子だった。


「これが……悪魔?」

「あっ、なんか鎖がついてる」


 アルヴィーが指差した先には鎖があった。その鎖は女の子の足首と赤いオーブを繋いでいた。


「あっ、フィル……むやみに近づくなよ!」


 アルヴィーがそう言った瞬間だった。僕の持っていた指輪が赤く輝くのと同時に赤いオーブが鼓動するように赤く光り始めた。


「反応してる……って事は」

「この子が悪魔」


 僕とアルヴィーは顔を見合わせた。その時、女の子がピクリ、と動いた。


『我が眠りを妨げるはお前か……』


 むくり、と起き上がりその子は言った。そして僕とアルヴィーの姿を見ると鼻で笑った。


『ふん、子供ではないか……我の名は魅了の悪魔セエレ……丁度良い。我が傀儡となるがよい』

「……」

『とりあえず、この忌々しい戒めを解く手伝いをせよ』

「……」

『どうした。この豊満で妖艶な我の姿に声も出ぬか子供らよ』

「ほうまん……?」

「ようえん……?」


 僕とアルヴィーが首を傾げたのは同時だった。なぜなら……さっきから偉そうにしている女の子は五歳くらいにしか見えなかったからだ。


「そんなちんちくりんで豊満とか言われても……」


 僕はレイさんのおかげ? で豊満には耐性があるぞ。


『何をいっておる……ん? なんだこの手は?』

「一回自分の姿をみた方がいいんじゃないの?」


 僕は空中に水鏡を出現させた。悪魔セエレはじーっと自分の姿に見入った。


『嘘だろう……これが我の姿……』


 絶句するセエレ。僕とアルヴィーがしばらく見守っていると、セエレはしくしく泣き出した。


『あの豊満な胸が……腰が……こんなちんちくりんになってしまって……どうしたと言うのだ……』

「封印された影響でしょう、その姿は」

「レイさん」


 レイさんは名無しを平らな岩にペイッと投げながら、悪魔セエレに語りかけた。


「悪魔は精霊に近いのです。その肉体は人のそれより本人の力によって変わりやすいのです」

『そ、それでは我は力を取り戻さなければずっとこの姿だと……?』

「でしょうね」


 それを聞いたセエレは地団駄を踏んだ。


『いやじゃああああ!! 悪魔王すら跪く美しき我がこんなちんちくりんの小娘の姿でいるなんて!』

「そうは言われてもなぁ……」


 僕はちょっと気の毒になりながら、セエレを半分封印しているのであろう鎖と赤いオーブをみた。


「どうして封印されたか覚えてる?」

『ああ、なにやら大規模は魔法陣に隙があったのでな、我はこの世に現れたのよ。久々に人間どもを食らってやろうとな』

「それで封印されたんだから仕方ないんじゃない?」

『こんな目にあうと分かっていれば来なかった! 我は魔界に帰りたい!』


 そう言って悪魔セエレはしくしくと泣くのであった。


「なんか弱い者いじめしてるみたいだなぁ……」

「フィル、見た目で惑わされてはなりませんよ。こいつは悪魔です。それもたちの悪い上級悪魔です」

「だよね……」


 僕は泣きわめく悪魔セエレを見て、これからどうしたものかと考えた。

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