43話 父の残したもの

「こんなの見た事ないや」


 僕とアルヴィーは不思議な魔法陣を前に頭をひねった。


「レイさんは何か分からないの?」

「私にも分かりません」

「そっかー。あ、もしかしてこうやって、魔力を流してみるとか?」

「わっ、馬鹿。うかつな事するなよ!」


 僕はさっきの結界の時のように魔法陣に触れてみたが、魔法陣は特に反応を示さなかった。


「なーんだ、何にも起きないや」


 だけどこんな思わせぶりな所にある魔法陣が何の意味もないとは思えない。


「フィル! ちょっと待って! なんか文字が動いてるぞ!」


 アルヴィーが僕の肩を掴んだ。確かに良く見ると文字と思しき線が微妙に動いている。


「これは……精霊文字です」


 その時後ろにいたレイさんが呟いた。


「精霊文字……って?」

「私達精霊が使う文字です。太古の昔に忘れられた文字……こんなものを使うのは……ラスティス……」

「それって……父さんが……?」


 ミミズかなにかの虫のようにのたうっていた魔法陣の文字が規則的に並んだ。レイさんが跪いてその文字をなぞる。


「精霊文字は生きているのです。書いた者がもうこの世にいなくても」

「レイさん、それが読めるの?」

「……ええ」

「読んで、レイさん。僕は父さんの言葉が知りたい」


 レイさんの金色の瞳が僕をじっと見つめた。僕は少し緊張してごくりと生唾を飲み込んだ。


「それでは読みます。少し分かりづらいかもしれませんが……『愛する者よ。風と土を頼りに私はここに来た。罪を抱え、その罪から逃れ、また私も闇に沈んだ。ここにいるのは小さい私の子だろう。私はお前に封じた罪を解き放たなくてはならない』」

「……罪?」

「続きます『糸杉の間の双子岩から西に五歩、北に四歩進め』」


 僕は周りを見渡した。するとその通りに岩があった。


「行って見よう!」


 僕達は父さんの書き置きの通りに進んだ。すると、草に隠れて扉が埋まっているのが見えた。


「これが……父さんの研究所の入り口……」

「フィル、気をつけて下さい」

「レイさん……罪ってなんだろう。父さんは何か罪を犯したんだろうか」

「……フィル」


 レイさんはふい、と視線をそらした。


「レイさん、何か知っているんだね」

「……仲に入ればわかります」

「レイさんから言う気はないんだ」


 僕はいつもみたいにはっきりしないレイさんにちょっとイライラした。一体何を隠しているんだろう?


「レイさんは僕の召喚獣だろう?」

「ええ。でも……これは約束なのです。ラスティスとの」

「父さんの? レイさんは父さんを知っているの?」

「……」

「レイさん!」


 再び黙ってしまったレイさんを僕は怒鳴りつけてしまった。なんだ? 何をそんなに僕は怒っているんだろう。


「もういい。中に入って確かめるから」

「それがいいでしょう」


 レイさんは目を伏せたまま、そう答えた。いつものように先を進んだり、後ろをついてくる気配もない。


「フィル、気をつけなよ!」

「ありがとうアルヴィー、ちょっとそこで待っていて」


 僕は古く、土に埋もれた扉をぎいっと開いて、一人中へとすすんだ。


「うわ、真っ暗だ」


 そう呟いた瞬間、ぽっ、ぽっと明かりがついた。


「これは……光石……」


 学校でも使われていた。でも、こんな長い間光を受けない所で光石が光るなんて変だ。


「うわあ……これ、全部本か……」


 光の中で浮かび上がったのは大量の本だった。試しに一冊手にとり、ページをめくってみる。


「読めない……これも精霊文字で書いてあるって事なのかな」


 その時、本棚の奥に扉がああるのに気づいた。不思議だ。何か呼ばれているような気がする。


「……父さん? そこにいるの?」


 気が付いたら僕はそう呼びかけていた。父さんは七年前に死んだ。そのはずなのに。僕は恐る恐るそのドアを開いた。ドアの奥はやはり真っ暗だ。


「明るくして」


 僕は試しにそう言ってみた。するとその声に反応するように部屋に明かりがついた。


「これは……棺?」


 部屋の中央にあったのは、どうみても棺だった。まさか、と僕は思った。だって父さんの葬式はきちんと村の教会でやったもの。小さかったけど、それはしっかりと覚えている。


「開けてみるしかないか……」


 僕は棺の蓋に手をかけた。長い年月の間に上をおおったほこりが舞い上がる。


「ごほっ、ごほっ」


 目にも入ったほこりを拭って僕が見たのは、やはり信じられないものだった。


「父さん……」


 そこには眠ったように目を瞑る父さんの姿があった。


「嘘だろ……」


 父さんはただ眠っているだけ、すぐに起き出しそうな姿でそこにいる。ぼくはそっとその頬に触れた。冷たい。やはり生きてはいないようだ。


「どうして父さんがこんな所に……」

「ラスティスが最後にし残した事を成すためでしょう」

「……レイさん!」

「ごめんなさい。やはり心配で来てしまいました」


 レイさんがやってきて、僕は不覚にもほっとしてしまった。こんな薄暗い地下で、父さんと思しき亡骸と二人きりなんて正直恐ろしかったから。


「父さんのし残した事ってなに? それが罪だとかなんとかと繋がる訳?」

「ええ、フィル。ラスティスの思いをどうか受け止めてあげて下さい」


 レイさんは静かにそう言った。

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