42話 狼の群れ

 ナイフを退けた魔狼達はじりじりと僕達に迫ってきていた。


「霊よ、神の名の下に氷の刃を我に与えよ!」


 アルヴィーの手に氷の刃が出現する。その切っ先が魔狼を襲った。それは奴らの肉を裂いた。


「よし、魔法は効くな。霊よ、神の名の下に氷の大剣を!」


 アルヴィーはさらに大きな氷の刃を出し、魔狼に向けて放った。二匹の魔狼の胴体がそれで真っ二つになって倒れた。


「よっし!」

「あ、アルヴィー! 後ろ!」


 喜ぼながら僕を振り返ったアルヴィーの後ろに別の魔狼が襲いかかった。すると、その目に銀の太い針が突き刺さる。


「グオオオオ!」

「おーい、敵に囲まれている時に油断は禁物だぜ」

「う……」

「それにしても呪い師のババアの言う通りにして良かったぜ。本当に化け物によく効くんだな」


 そう良いながら名無しは手元の銀の針を弄んでいる。


「それは?」

「聖別された銀だってさ。こんなのもあるぜ」


 名無しは小ぶりのナイフを取りだした。それも銀で出来ているのだろう、ひらりと飛び上がった名無しは魔狼の喉元を切り裂いた。


「さあ、ワンちゃん。遊ぼうぜ」

「グオオオオ!」


 残りの魔狼が一斉に名無しに襲いかかる。


「甘い! 俺を殺したかったら本気で来い!」


 名無しは倒した魔狼の上から飛び上がると別の魔狼の眼球を突き刺した。血しぶきが名無しの顔にもかかる。しかし、魔狼もやられっぱなしでは無かった。その鋭い爪が名無しの肩をえぐった。


「名無し!」

「フィル、そこを絶対に動かないで下さい」


 その時、僕の側にいたレイさんが名無しに駆け寄った。そして残った魔狼の頭をむんずと引っつかむと森のはるか彼方に投げ飛ばした。


「ふう……」

「なんだよ、レイさん……最初っから本気出してくれよ……」

「私はフィルを守るためにいるのです」

「はは、そうだったな……」


 名無しの出血は結構なものだった。


「名無し、こんな無茶して……」

「チビちゃんが怪我したらレイさんが怒ると思ってさ……」

「レイさん、名無しを治してやって」

「はい、分かりました」


 レイさんが名無しの肩に手をやると、光が傷口を包んだ。


「へへ……役得だな」

「だまらないと治療をやめますよ」

「おお、怖い」


 名無しの怪我はすぐに治った。僕達は目の前にひろがる『入らずの森』を見つめた。


「……この先は結界だっけ」

「ああ」

「フィル、みんな。私の後ろに居て下さい」


 レイさんが僕等を後ろに下がらせて、森に向かって手を伸ばした。すると何も無い所でレイさんの手が阻まれているのが分かる。


「これは、相当強力な結界ですね……」


 そのままレイさんはグッと手を差し入れる。するとバチバチッとその周りに火花が散った。


「レイさん……」

「フィル、まだです。下がってなさい」

「駄目だよ、レイさん! 無理しないで!」


 僕がそう言ったのは、派手な火花と共に、レイさんの手が黒く変色していたからだ。


「大丈夫です。これは一時的に人化が解けているだけです」

「でも、鱗が!」


 レイさんの鱗……なにものも通さない鋼鉄のような黒い鱗が煙をあげて焦げていた。


「レイさん、やめて!」

「フィル!」


 僕はたまらくなってレイさんと結界の間に手を挟んだ。きっと衝撃がくる……と僕は覚悟して目を閉じた。


「……あれ?」


 しかし、何も起こらなかった。それどころか、結界自体も姿を消してしまったようだ。


「なんで?」

「フィル、これはあなたのお父さんの張った結界……おそらくフィルに反応しているのでしょう」

「なあんだ」


 僕は拍子抜けして座り込んだ。そして黒く変色してしまったレイさんの手を見る。


「それなら最初から僕がいけばよかった」

「あくまで結果論です。フィルが結界に弾かれる可能性があるかぎり私が先に行くべきです」


 レイさんは自分の手をすっとなでると、元の通りの白い手に戻った。


「でも……これで父さんの研修所にたどり着ける訳だ」


 僕達は森の中へと入った。獣も通らないような道しかない。


「おい、ここさっき通ったぞ」


 名無しが指差した所には、さっきの銀針が刺さっていた。


「イルム!」

「はい、主」


 アルヴィーの合図でイルムが空高く舞う。


「北の方角に開けたところがあります」

「とりあえず、そこにむかうか?」

「そうだね」


 今度はイルムを先頭にして僕達は森の中を進んだ。


「あ……ここだ……」


 唐突に森が切れ、開けた場所が現れた。


「ここが研究所なのかな?」

「けどなんもないぞ」


 アルヴィーが周りをキョロキョロと見渡す。


「イルム、ほかに何かなかったのか?」

「はい。ここの他には目立つ物はありませんでした」


 僕はその場所の中心にたった。下には草が生い茂っている。


「あれ、これなんだろ?」


 草に覆われたその影に、小さな石版があるのが見えた。


「これ、魔法陣だ……。アルヴィー! みんな!」

「なんだ?」

「これを見てよ!」


 僕は草をかき分けて、魔法陣を見せた。


「なんだこの魔法陣……読めないぞ」

「アルヴィーも?」

「おまえもか」


 それは、僕もアルヴィーも見た事のない言語で書かれた魔法陣だった。

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