44話 蘇る魔力

「フィル、ラスティスの抱えている青い宝玉に触れてください」

「これ……?」


 レイさんの言う通り、父さんの胸には青のオーブが抱えられていた。僕はそっとそれに触れる。


「ああっ、何これ……」


 まるで何百、何千という手で体の中をかき回されているような感覚が起こる。その薄気味悪さに僕はうめいた。


「げほっ、げほっ」

「フィル、もう少しですから耐えてください」


 レイさんの声がする。僕は床をのたうち周りながらその感覚に耐えた。――キン。とどこかで何かが割れたような音がした。同時に僕の体の異変も収まった。それどころか……。


「何、何かが僕の中で渦巻いている……」

「それが……フィル、あなたの本来の魔力です」


 僕は掌を見つめた。水、と思い浮かべると水がしたたり落ちた。やがてそれは球体になり、花の形になり、鳥の姿になり僕の手から羽ばたく。――すべて僕の思った通りだった。


「精霊魔法。それが本来フィルがラスティスから受け継いだものです」

「父さんの……」


 僕は棺の中の父さんを見つめた。すると、その遺体がサラサラと崩れ去っていく。


「父さん! 父さん!」

「ラスティスは役目を終えたのです」


 父さんの姿をしていた砂の塊の上に残ったオーブを僕は手にした。すると棺の中の砂がさーっと動いていく。


「また、精霊文字……」

「今度は自分で読めますね、フィル」

「うん」


 不思議な事にさっきまで読めなかった文字が読める。僕は精霊文字の列をたどった。


「研究の最中、私は悪魔を召喚してしまった。この世に混乱と邪悪をもたらす悪魔だ。私は自分の魔力と生命をかけてこの悪魔を封印した。しかし、また再び目を覚ますかもしれない。私は自分の小さな息子に残りの魔力とともに彼の魔力を封印した。しかし強大な力は小さな体では持ちこたえられないかもしれない。彼が自分の力でここにたどり着くまで鍵をかける事にする。いつか、彼がここにくるまで……その導きを私の召喚獣レイに託して」


 僕はレイさんを見上げた。レイさんは金色の瞳から涙を流していた。


「レイさんは……父さんの召喚獣だったんだね。だからあの時僕の前に現れた」

「はい……フィル、あなたの魔力の波動を辿って……」

「父さん……」


 僕がどうがんばっても魔法が使えないのは僕のせいではなかったのか……。


「ラスティスを……私は愛していました。人間のような感情とはまた違うかもしれませんが……そしてフィル。フィルも愛しています」

「ずっと黙ってたの……辛かったよね」


 僕はいつも抱きしめてくれるレイさんを逆に抱きしめた。レイさんの涙が僕の肩を濡らした。


「レイさん、僕もレイさんの事が好きだよ。いつも一緒にいてくれてありがとう」


 レイさんはそれを聞くとにっこりと笑った。いつもの、僕を思いやってくれる微笑みだ。


「……ところで、封印した悪魔ってどこにいるんだろう」

「それは私にも分かりません」

「この部屋のどこかにヒントがあるのかもしれないな」


 僕は本棚のあった部屋に移動した。さっき開いたままになっていた本にふと触れる。すると、本の中身が蠢いた。


「なんだこれ……中に入ってくる……」


 そう、本に書いた内容が一斉に僕の頭の中に入ってきたのだ。


「はぁ……はぁ……」

「フィル、焦ってはいけません。頭がおかしくなってしまいますよ」

「うん」

「一度、外に出ましょう。みんな心配しているはずです」

「そ、そうか……」


 すっかり忘れていた。僕にはほかにも仲間がいるっていう事を。僕達が地下から出ると、アルヴィーが駆け寄ってきた。


「大丈夫か!?」

「うん、大丈夫。魔法も使えるようになったよ」

「そうか! 良かったなあ……!」


 アルヴィーの目にじわっと涙が浮かぶ。……どうかしていた。なんでこんないい友達の事を忘れていたんだろう。


「ぴい」

「マギネもお留守番えらいぞ」

『フィル、大変だったね』

「え?」

『マギネはおそとにいただけ。役に立ってない』


 マギネの言葉が……いや、言っている事が直接分かるようになっていた。これも精霊魔法が使えるようになった影響だろうか。


「フィル、魔法が使えるようになったってんなら見せてくれよ」


 木の上にいた名無しがそう言った。そうだよね。その為にここに来たんだから。僕は名無しのいる木に触れた。すると木の根がぐんぐんと伸びて、壁を作り、屋根を作った。


「おお、すごい」

「まだ中には父さんの研究が残っているんだ。それを手に入れるのに、多分数日かかる」

「それまでここに居ろって?」

「うん」

「しょーがねーなー」


 名無しは馬車に向かうと毛布や鍋を取りだした。


「いいか、無理はすんなよ。あとメシはちゃんと食え」

「うん、分かったよ名無し」


 その日はもう地下には戻らず、僕が即興で作った木の家で休む事にした。食事の後、僕は地下であった事をみんなに話した。


「悪魔……か」


 アルヴィーが難しそうな顔をしている。さすがのアルヴィーも悪魔を相手にした事はないらしい。


「それがどこに封印されているかわからないんだ。だからとりあえず父さんの研究をあさって見ようと思って」

「フィル、あぜらなくてもいいんですよ。悪魔が出現したのならすぐにわかりますから」

「うん……でも父さんが僕に託したのならやり遂げたいんだ」


 僕はたき火を見つめながら、父さんの遺体の顔を思い出していた。

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