40話 名無しの事情
「マレア、大丈夫かな……」
「大丈夫だよ、アルヴィー。人は居場所があれば強くなれるもんだよ」
「それは経験談か? フィル」
「……うん」
僕達はまた馬車に揺られながら旅路を進んでいる。マギネが規則的な揺れに荷物の間でうつらうつらしてしている。イルムがそれに寄り添っているのを見ていると、まるで親子のようだ。
「なんか悪いね、マギネの面倒見て貰っちゃって……」
「ああ。まぁ今の所用事はないし」
「触ってもいい……?」
「それは駄目」
ちぇー、イルムのふこふこの羽毛を見てると触りたくなるんだよね。
「さぁ、次の街に着きますよ」
「うん。そろそろ食べ物とか補充しないとね」
馬車は次の街へと入っていった。
「はー、尻がいたい」
名無しがうーんと体を伸ばす。今回の街はなんの特徴もない街だ。特にトラブルはないだろう。
「僕達は宿屋を探すから、名無しとアルヴィーは買い出しに行ってきてよ」
「いいのか、おつりちょろまかすかもしれんぞ」
名無しがちょっと意地悪くそう言ったのを聞いて僕はぽかんとしてしまった。
「名無しはそんな事しないでしょ」
「お、おう……」
真っ向からそう答えると、名無しは居心地悪そうに頬を掻いた。
「じゃ、お願いね」
買い物をふたりに任せて、僕とレイさんは宿屋を探しに街を散策した。
「おじさん、僕ら宿屋を探してるんですけど……どこかいいところ知りませんか。予算はそこそこで」
すると、通りすがりのおじさんは僕達を値踏みするように見てから答えた。
「メシの美味い所なら、そこのはす向かい、部屋が綺麗なのはその右隣がおすすめだよ」
「ありがとうございます」
宿探しも板について来た。こういうのは地元の人に聞くのが一番だ。
「どっちにしようかな」
「ご飯が美味しいところがいいんでしょう? フィル」
「えへ、分かっちゃった?」
「フィルはけっこうくいしんぼうですからね」
うーん、って言うよりまともなご飯を食べれなかった時期があったから食い意地がはっているのかもしれない。
「それにしても……」
「うん?」
「ほっぺたがぷにぷにしてきましたね」
「嘘!?」
「いいんですよ、抱き心地もいいですし」
「むー……」
僕は自分のほっぺたをつまんだ。僕はおでぶさんになってしまったのか?
「フィルはまだまだ成長期でしょう、気にしなくていいですよ」
「うん」
「いずれ……背も高くなるでしょうね」
「どうかな……父さんは大きく見えたけど、ちっちゃい頃の記憶だから」
「なりますよ、きっと」
レイさんはそう言って僕の頭をなでた。うむむ、でっかく成長してこれができないようにしなければ。
「さ、部屋は空いてますでしょうか」
「ああ、そうだ。早く部屋を押さえないと」
こうして僕達は宿屋の部屋をとった。二部屋しか空いていなかったからまたアルヴィーに文句を言われそうだけど。
「それじゃ、この宿の特製挽肉のパイだよっ」
「おお、美味しそう」
威勢のいい女将さんが出してくれたパイは生地はサクサク、中身の挽肉あんは肉汁がたっぷり。
「ううん、おいしーい」
「付け合わせの酢キャベツと一緒に食べても美味しいよ」
女将さんの言う通りにしてみると、さっぱりとしたアクセントが加わってこれもまたいい。
「お兄さん、エールも一緒にどうだい。パイに良く合うよ」
「俺は……」
名無しはちょっと困った風に眉を下げた。そう言えば名無しが酒を飲んでいる所を見た事がない。
「もしかして、名無しお酒飲めないの?」
「いや、そんな事はないんだが……」
「じゃあ飲んじゃいなよ。今日一日御者をして疲れたでしょ?」
僕がそう言うと、名無しはしばらく僕を見つめた。あれ? なんかおかしな事を言ったかな。
「……それじゃ一杯だけ」
「あいよ!」
名無しの前にエールのジョッキが置かれる。名無しは何か覚悟を決めるようにそれを口にして、パイをかじった。
「ふう、美味い」
「そうでしょう。お代わりもまだあるからね!」
陽気な女将さんに微笑みかけられて、名無しはあいまいに笑った。
「……なんでお酒飲めるのに飲まないの?」
「ん……。それは……酒を飲んでる最中に殺された奴を多く見てきたからかな……」
「こんなところで名無しを殺そうなんて人はいないと思うよ」
「うん。そうだな……そうなんだけど」
そう言って名無しは自分の手を見つめた。いつもひょうひょうとふざけた様子の名無しからは考えられないような暗い顔をしている。
「なぁ、フィル。人を殺すってのは……自分が殺されてもいいって事なんだよ。少なくとも俺はそう考えてる」
「名無し……」
「だから俺は……」
僕は、名無しがどこか人間らしくなく振る舞う訳が少しだけ分かった気がした。
「どこでどう死ぬなんて俺には選べないけど、どうせならレイさんみたいに強いやつに殺されたいな」
「名無し、そんな事言わないでよ。名無しはもう旅の仲間だ。死んで欲しいなんで思わないよ」
「……ありがとな、フィル」
名無しはそう言って、残りのエールを飲み干した。
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