40話 マレアの生き方
「やめてください!」
その時、叫んだのはマレアだった。
「フィルさん達は私を助けてここにやって来たんですよ!」
「そうです。そうです。そういうのは私がやりますから」
レイさんは僕とアルヴィーをひょいっと担ぐと天幕へと運んだ。
「マレア、今日は休みましょう」
「レイさん……」
「シプレー、そこの黒ずくめの男は置いて行きますので好きにどうぞ」
「ちょっと待ってよ、レイさぁん!」
名無しの悲鳴が遠くで聞こえるなか、僕達は天幕の中のベッドに寝かされた。
「フィル、水を飲みます?」
「あ……お願いします」
レイさんから受け取った水を飲むと少しだけ気分が良くなった。マレアもアルヴィーに水を差し出す。
「ごめんなさい……」
「マレア、泣かないで」
「だって……アルヴィーさん……」
レイさんはそんな泣いているマレアの肩を掴んだ。
「マレア、同じ様に見えても精霊と人とでは常識が違う。流れている時も。シプレー達も悪気があってやった訳じゃないんですよ」
「……レイさんもそうなんですか?」
「そうね。そういう所はきっとありますね」
レイさんがマレアを抱きしめて、背中をさすっているのを眺めながら、僕とアルヴィーは襲ってくる眠気に耐えきれず、気を失った。
「フィル、調子はどうですか」
「ん……朝か……大丈夫なんでもないよ」
シプレーの言う通り、朝になったら体の重さも眠気も吹っ飛んでいた。
「あれ、マレアは?」
「ちょっと頭を冷やしてくるとかなんとか。イルムが側についています」
「そう……」
なら安心だ。アルヴィーはまだ大口を開けて眠っているし、その横でやっぱりお腹を丸出しにしてマギネも眠っている。
「羽根が邪魔じゃないのかな……」
野生のかけらもないマギネの寝相に吹き出しそうになりながら、僕も天幕を出た。
「うーん、やっぱりここはあったかいや」
そのまま小川に顔を洗おうとてくてく歩いていると、頭上から声がした。
「ちっ、呑気なおこちゃまだぜ」
「……名無し」
「俺は昨日は一睡も出来なかったぞ、ちくしょう」
「僕達に遠慮しなくたってよかったのに」
僕ももう十二歳だ。その辺はなんとなく察するよ。
「馬鹿野郎、俺はレイさんがいいんだっつーの。なんだその顔」
「いや……このままマレアをここに置いて行っていいのかなって……」
「そりゃあ、あの子が決める事だろう。見た目で好奇の目に晒されて人里に住むか、ここでここの掟に従って生活するか」
「うん……」
僕としてはここではマレアは安心して暮らしていけないんじゃないかって思ってしまっている。でもそれは人間の僕の感覚なんだよな。僕はぐるぐる回る思考を断ち切るように小川で顔を洗った。
「あっ、フィルさん名無しさんここにいたんですね」
「マレア」
寝癖をとかしていると向こうからマレアとシプレーがやって来た。
「昨日は済まなかった」
「あ、いえ……」
なんとも言えない空気が僕とシプレーさんの間に漂った。その空気を打ち破るように、マレアが声を発した。
「フィルさん、私決めました」
「マレア……それは自分のこと?」
「そうです。シプレーさんやこの里の人達と相談して決めました。自分がどうしたいのか」
その目は昨日しくしくと泣いていたマレアと違って、力強い輝きに満ちていた。
「みんなの前で言いたいので、フィルさんも名無しさんも天幕まで来て下さい」
「う、うん。分かった」
僕と名無しが天幕に到着すると、すでに皆起きてマレアを待っているようだった。
「それで、マレア。君はどうするの?」
「私は……里に住むニンフになります」
「里に……?」
「はい。私は人間として生きてきたから……どうしてもここの決まりに馴染めない所があるって分かりました。だからここを出て行きますって最初はシプレーさんに言ったんですけど……」
そう言ってマレアは天幕の入り口をちらりと見た。そこから入って来たのは昨夜の踊り子、シェーヌだった。
「ニンフにはもう一つ生きる道があるって私が教えてやったのさ。私みたいに人里で踊り子をして冬はここで過ごす。そんな生き方もあるってね」
「シェーヌさんが自分のいる楽団に私を連れて行ってくれるって言うんです……シェーヌさんがいれば私はひとりぼっちじゃないし」
マレアは時々つっかえながら自分の考えを述べた。
「マレア、疑いたいわけじゃねーけど、そのシェーヌは信用できるのか? もしかしたらお前を売り払っちまうかもしれないぞ」
「アルヴィーさん、それは大丈夫です」
「私達は男は裏切っても仲間は裏切らないのさ」
「ふん……」
「それに……私、いつかシェーヌさんみたいに踊ってみたいんです」
そう言うと、マレアの頬が赤く染まった。
「そしたら……皆さんに見て貰いたい……今はなんのお返しも出来ないけど……」
「マレア、その気持ちだけでも嬉しいよ」
「フィルさん」
こうしてマレアはニンフとして生きる事になった。ただし、人里に住むニンフとして。この冬はこの里に留まって、シェーヌから踊りのいろはを学ぶそうだ。
「みなさん! 本当に! ありがとうございました!」
里の谷間にマレアの声が響いた。
「マレアー! 嫌になったらロージアンの街に手紙を出しなよ!」
「アルヴィーさん、ありがとう。でも私、頑張ります!」
僕達はお互いの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。
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