39話 宴の夜

「なんでここはこんなに暖かいのですか」


 ニンフのみんなは皆薄着だ。僕もちょっと汗ばむくらいなのはなにもたき火のせいだけではない。


「私達は風や地の力を操ってここを通年緑に保っているんだよ」

「へーえ」


 それがレイさんの言っていた精霊魔法ってやつか。こんな風に長期間自然に関与できるなんてすごいな。


「さぁ、お腹一杯食べなさい」


 食卓の上はウサギのローストに新鮮な野菜が一緒に盛られている、といった具合だった。


「フィル、このレタスしゃっきしゃきだ。冬とは思えないよ」

「アルヴィー、ウサギもすんごく脂がのってる」


 僕達は出された料理に舌鼓を打った。


「ぴぃー」

「まぁ、かわいい。いっぱいお食べ」


 マギネも生肉を綺麗なニンフのお姉さんに食べさせてもらって満足そうだ。


「はーい、あーん」

「自分でっ、自分で食べるからっ」


 その横で慌てているのは名無しだ。


「食べさせてくれるというのだから食べさせて貰えばいいじゃないですか」

「俺は! レイさんに食べさせて貰いたいの」

「私はフィルにならやりますが……」

「ああ!! くやじい!」


 またレイさんに適当にあしらわれてわめいている。なんだか不憫にも思えてきた。


「ねぇ、フィルさん」

「どうしたの、マレア」

「私、ここなら目立ちませんね」

「うん、そうだね。その帽子、とっちゃったら?」

「え……でもアルヴィーさんがせっかくくれたのに……」


 戸惑うマレアを見たアルヴィーはそっとマレアの帽子をとった。


「暑いだろ」

「アルヴィーさん……」


 その時、賑やかが太鼓の音が鳴り響いた。


「わっ、びっくりした」

「フィル君、ニンフの踊りを見た事あるかい?」

「え? いいえ」


 僕がそう言うと、シプレーさんは手拍子を始めた。


「さぁ、お客人に見て貰おう! みんな、気合いを入れろ!」

「あい!」


 その声を合図に笛や鈴が鳴り出す。独特なリズムが谷に響き渡る。


「ホウ! ホウ! ホウ!」


 一人のニンフがかがり火の前に躍り出て、長い布をはためかせながらくるくると舞う。布や衣装に縫い込まれた鈴がチリチリと音を立てて太鼓のリズムに溶け込んでいく。

 他のニンフ達は環になってステップを踏み、中央のニンフが移動すると次々と踊りに加わっていった。


「あんた達は幸運だ。今は冬だから、里一番の踊り手シェーヌが帰って来ている」

「いつもは居ないんですか?」

「ああ、彼女は典型的な街に住むニンフだよ。普段は大きな街で踊り子をしているのさ」

「へえ」

「ほら、シェーヌの踊りがはじまる……」


 里長の視線の先にはエメラルドのような髪をしたニンフが金色の衣装を纏って立っていた。


「ホウ! シェーヌ!」

「ルルルル!」


 独特のはやし声がやがて歌声のように重なり、シェーヌはつま先で地面を叩いた。その足に填めた足環がリイン、と音を鳴らす。


『あの火の様に 身を焦がせ あの水のように たおやかに そして風のように 私は誘う』


 シェーヌの涼やかな歌声と共に、指先は火のように、腰は水のうねりのように、そしてまるで体重など存在していないかのように軽やかにシェーヌは舞った。


「はぁぁぁ……すごい」

「この世のものとは思えないなあ、フィル」


 アルヴィーも僕も口をあんぐりと空けてそれに見入っていた。シェーヌは場の喝采を浴びて下がっていった。


「それじゃあ、新しい仲間にも一つ舞って貰おうか」

「えっ」


 シプレーさんの言葉に、マレアが驚いて顔を上げた。


「私、踊れませんよ」

「大丈夫、私についておいで」


 シプレーさんはマレアの手を取ると、広場の中央に進んだ。


「さあ、新しい仲間! マレアを迎えよう」

「ホウ! ホウ!」


 シプレーさんはマレアに自分の真似をするようにと促した。たどたどしい足取りで、マレアはそれを模倣する。


「マレア、自分の血に委ねなさい。そうすれば、次にどう踊るのか分かるはず」

「血……」

「そう、その身に流れるニンフの血に。火と地と水と風がそこにあるように」


 すると、マレアの動きが変った。マレアの手は水をたぐるようになめらかに動き、地面に染み込むかのように身を伏せ、波のように舞った。


「……マレア」

「私……今、自分じゃないみたいでした」

「あんたは多分、海辺かどこかのニンフの血なんだね。よく分かったよ」


 火照る頬を抑えながら、マレアが戻ってきた。僕とアルヴィーは手を叩いてそれを迎えた。


「すごいよマレア! あんな才能があったんだ」

「アルヴィーさん……ありがと……」


 かがり火は赤々とニンフの里の森を照らし、音楽が空に響き渡る。


「良いところじゃないか」

「マレア、良かったね」


 そう、僕とアルヴィーが言った時だった。ぐらん、と視界がぼやける。


「あ……れ……」

「フィルさん? アルヴィーさん?」


 どうしたんだろ、まるでお酒でも飲んだみたいだ。


「効いてきたみたいだね」


 そう言いながら近づいてくるのはシプレーさんだった。


「ニンフの里の特製の秘薬だよ。なに、心配しなくても朝には元に戻っているよ」

「なんでこんな……」

「それはね、私達がニンフだからだよ……」

「ニンフだから……?」

「そう、人間の男を誘い私達は繁殖している……君たちは少し小さいけれど……」


 そ、そんなぁ……。

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