35話 生け贄の少女
「それじゃ、そろそろ昼休憩にしよう」
「うん」
僕達はちょうどいい木陰でたき火を熾すと、お茶を沸かして塩漬け肉を炙った。
「ほら、マギネ肉だよ」
「んやー!」
「塩漬けの肉じゃ食べないか……困ったなあ」
僕がぽりぽりと頬を掻いているとイルムがバサッと森へ飛んでいった。
「イルムもご飯かな」
僕はシオンみたいに真顔でねずみをさばいたり出来ないからなぁ、と考えているとすぐにイルムが戻って来た。
「わー、リスを捕って来たんだ」
イルムはぽいっとリスをマギネに投げて寄越した。
「まんま!」
マギネがリスを捕まえようとすると、リスは逃げ出してしまう。それをイルムはまた捕まえてマギネに投げて寄越す。何回かそれを繰り返して、ようやくマギネはリスをゲットした。
「イルム、もしかして狩りを教えてくれたの?」
「いずれ自分でやらないといけませんが……ひとまずは」
か、かっこいい……。うちのちょっと常識が可笑しい召喚獣とは大違いだ。僕はアルヴィーをちょっと羨ましいと思った。そしてまたイルムは自分の獲物の為に森へと飛んでいった。
「アルヴィー、イルムは賢い召喚獣だね」
「うん!」
僕がアルヴィーにイルムを褒めているその時だった。イルムがちょっと慌てたように飛んできた。
「主、フィル。森の向こうに子供が一人で居ます!」
「ええ?」
僕とアルヴィーは顔を見合わせた。この近くには村もない。明かに不自然だ。
「とにかく行こう!」
「私も行きます」
レイさんも僕等と一緒に立ち上がった。荷物と馬車を名無しに任せて、僕達は森の奥に向かった。
「グルルルル……」
「あ、危ない!」
僕達がそこにたどり着いた時、女の子が一人で狼に睨まれていた。
「霊よ、神の名において氷の刃を我に与えよ!」
アルヴィーが氷魔法を狼にけしかけると狼はキャインと鳴いて森の奥に逃げていった。
「大丈夫?」
「……ありがとうございました」
僕はその女の子を見て驚いた。透けるような肌に薄い紫の髪と瞳。
「かっかわいい……」
僕より先にそう呟いたのはアルヴィーだった。こんな時に……と思った瞬間、ふわりとそのかぶっていたフードがはずれた。
「あっ……」
そこに現れたのは長い尖った耳だった。彼女はすぐにフードをかぶり耳を隠した。
「エ、エルフ……?」
僕は首を傾げた。レイさんは僕の後ろから彼女を確認すると、こう言った。
「うーん、彼女にはニンフの血が流れているようですね」
「ふーん、ところでなんでこんな所にいるの? 危ないよ?」
僕がそう言うと、彼女は震えながら答えた。
「村の農作物の出来が良くなくて……私は生け贄に森に出されたの……」
「生け贄……?」
「元々この容姿で私は厄介者だったから……」
そこまで言うと女の子はしくしくと泣き始めた。
「フィル、レイ。この子連れて行こうよ。そうじゃないと狼か熊に食われちゃう」
「うん、そうだね。君、名前は?」
「……マレア」
「そうか、ここは危ないから僕達と一緒に行こう。いいかい」
僕がそう言うと、マレアはこくんと頷いた。薄いボロボロのワンピースにフード付きのマント。足下は裸足だ。もうすぐ冬だというのにこれでは風邪も心配だ。
僕等はマレアを連れて、馬車へと戻った。
「なんだお前等、森まで行ってなにしてんのかと思ったら人間ひろってきたのか」
「名無し、そこの毛布取ってくれる?」
「あいよっ」
僕は名無しが投げてよこした毛布でマレアを包んでやった。
「次の街でもうちょっとあったかい服を買おうね」
「あの……あなたたちは……?」
マレアが不思議そうな顔で僕達を見つめていた。うーんこのでこぼこメンバーだもんな。少なくとも盗賊には見えないと思うけど。
「北の方に用事があるんだ。ただの旅人だよ」
マレアはそうですか、と呟いて馬車の片隅にしゃがみこんだ。
「じゃあ出発しよう」
とにかく近くの街に行くのが先決だ。
「フィル、だれー?」
「マレアだよ、マギネ」
「マレー!」
マギネはとことことマレアの所に近づいた。マレアはびくっと身を震わせる。
「その子はマギネ。僕等の旅の仲間だよ。噛んだりしないから安心して」
「マレー! あっこー」
「抱っこしてくれってさ」
マレアは怖々と手を広げるとマギネはその胸に飛び込んだ。
「んふふふふー。ぴいぴい」
マギネにとっては体格が近いシオンを思い出させるのかもしれない。なんだか幸せそうだ。
「こんな感じで寄せ集めみたいな面子だからさ、気楽にしてていいよ。もうちょっと詳しい訳は宿に着いたら聞くけどさ」
僕がそう言うと、マレアはこくんと頷いた。さっきよりは警戒心が解けたみたいだ。
「さ、名無し。今日は雪が降るかもしれない」
「急がなきゃな」
名無しは鞭を振るうと、馬はスピードをあげて次の街へと急いだ。
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