34話 アルヴィーの召喚獣

「……まだ夜か」


 僕はふと夜中に眼を覚ました。傍らにはマギネとレイさんが寝息をたてている。


「ふふ、鼻ちょうちん出てる」

「……ぴい」


 お腹丸出しのマギネに毛布をかぶせて、僕は外に出た。


「よお」


 唐突に声がして僕はびくりとした。……そこには名無しが一人で立っていた。


「ねぇ、名無し。あんたはいつまでついてくるの?」

「さぁな……」

「さあなって……。僕達これからまた旅に出るつもりなんだけど」

「俺は今まで人に執着した事はなかったんだ。でもな、レイさんはなんか違うんだよなー」

「適当な所で切り上げなよ、僕だっていつもレイさんをおさえられないかもしれないし」

「なぁ、レイさんはお前のなんなんだ? 姉弟じゃなさそうだし……」


 名無しが探るような眼でこっちを見てくる。もういいかな言っても。


「レイさんは僕の召喚獣なんだ」

「……? 召喚獣ってあの、魔法使いが連れてる猫とかの?」

「うん」

「……人間だぞ?」

「人間じゃないんだよ」


 僕と名無しの間に奇妙な空気が流れた。


「そうです。私は人間じゃありません」

「わっ、レイさん」

「フィル。夜中に変な人といてはいけませんよ」


 振り返ると、そこにはレイさんがいた。


「名無し、私は人間ではないので。残念でした」

「どう見たって女じゃないか」

「ほう……私の変身も大した物ですね」


 レイさんは名無しの前に立ちはだかると、ミシミシと鱗を出現させた。禍々しいような黒い鱗に赤い角。


「この通り、私はドラゴンです。もうロージアンの街に帰りなさい」

「……まじか」


 名無しはしばらく無言で立ち尽くした。そして笑い出した。


「はははっ、ドラゴンと旅……おとぎ話かよ。いいじゃねえか。俺はまだ付いて行くぜ」

「名無し、あんたを連れて行くメリットがないんだけど」

「んじゃ、俺は御者でもやるよ。それでいいだろ」

「……悪さをしないなら」

「んじゃ決まり!」


 そう言って名無しは家の中に戻っていった。はぁ、マイペースなやつだ。


「フィル、甘いですね」

「こんなとこで放り出すのもちょっとかわいそうだと思って……」

「さ、明日も早いですよ。私達も寝ましょう」

「うん」


 僕は高く昇った月を見上げてからベッドへと戻った。




「さぁ、皆さん旅支度は大丈夫ですか?」

「はい、泊めていただいてありがとうございました」

「それでは私から旅の無事を祈って、贈り物をしましょう」


 ヒューさんが僕の首から書けていた旅人のネックレスを手に取った。ふうっとヒューさんがそれを撫でると赤紫色に変化した。


「魔除けの護符を書き加えました。何かの役に立てばいいんですが」

「ありがとうございます」

「それからアルヴィー」

「俺?」

「君に召喚獣を持つことを許します。大事にするんですよ」

「わーい! 本当??」


 そういえばアルヴィーは召喚獣を連れていないな。ヒューさんから許しが出ていなかったのか。


「それではアルヴィー、この魔法陣に手を置いて下さい」

「はい。霊よ、神の名において我に従う魔獣を召還する。我の求めに答えよ!」


 魔法陣から光が発生し、やがて収まるとそこには一羽のフクロウが居た。


「……フクロウだ」

「私は知恵の精イルム、あなたが私の主か」

「ああ、よろしくな」


 イルムは銀色の翼を羽ばたかせてアルヴィーの肩に舞い降りた。


「ぴぃ!」

「おや……ワイバーンの子か」

「ぴい!」


 イルムがマギネに挨拶すると、マギネは小さな鉤爪を振った。


「それじゃあ気を付けていってらっしゃい」

「はいヒューさん」

「はい師匠!」


 そうして僕達は一路、父さんの残した研究所に向かって馬車を走らせた。


「場所はバスキの北東、メッロ近辺の森!」

「ほら名無し! 道間違えんなよ」


 アルヴィーが御者台の名無しに向かって大声をあげた。


「へぇへぇ」


 父さんのゆかりの地かぁ……。きっと母さんも生きていたら行きたかっただろうな。


「フィル、おしりが痛くなるといけません、さあ膝の上に」

「いいよ! いままで大丈夫だったし!」

「むう。そうですか……」

「フィル、お前大変だな」


 そんなアルヴィーの同情の視線を向けられながら、馬車は走る。


「それにしてもアルヴィーの召喚獣、かっこいいね」

「うん、よかったフクロウで。な、イルム」

「ありがたき幸せ」


 イルムの羽毛はふかふかで気持ち良さそうだ。


「アルヴィー……ちょっと触っていい?」

「ああ、いいけど……」


 僕はおそるおそるイルムの首筋に触った。うわあもっふもっふだ。指が埋まってく……。


「む……フィル殿……眠くなります……」

「フィル、それくらいで終わり!」


 僕のフィンガーテクでうとうととし始めたイルムをアルヴィーは取り上げた。


「ああ、怖いお兄ちゃんでちゅたねー」

「我が主、召喚獣はペットではありませぬ」

「ぐっ」

「アルヴィー、言われてやんのー」


 僕がけらけらと笑うと、アルヴィーは心底悔しそうな顔で僕を小突いた。


「くそ! 笑うな!」

「ほらほら二人とも。ふざけていると馬車からころげ落ちますよ」


 そんな僕達はレイさんから注意されながら旅を続けるのであった。

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