33話 父の名

「その人の名前はラスティス・オルグレンと言うんだ」

「それは……父の名前です」


 ぼくはつっかえつっかえヒューさんに伝えた。


「……ラスティスが君のお父さんなのか……?」

「はい。もう7年前に亡くなりました」

「なんと……」


 ヒューさんが息を飲んだ。ああ、これじゃやっぱり僕は魔法使いにはなれないのかな。僕が肩を落とした。


「ありがとうございました……とりあえず原因が分かって良かったです」

「いやいや、フィル君。まだ諦めるのは早いぞ」

「……え?」

「ねぇ、フィル君。諦めるのはまだ早いと思わないか」


 ヒューさんはそんな事を言いながら僕を覗き混んできた。え? 僕のこの状態に一番詳しそうなのが僕の父さんで、その父さんはもう亡くなっている。


「僕はラスティスの研究所をいくつか知っているよ。息子の君にならその場所を教えてもいい」

「え……」

「ラスティスが何かを残しているかもしれない。どうだい、行って見ないか?」

「父さんの……」


 おぼろげな父さんの記憶。父さんが魔法使いだったって事すら僕は知らなかった。そんな父さんの研究を……。


「どうするんだよ、フィル」

「アルヴィー」

「行くなら付き合ってやってもいいぜ」


 そうか、僕は今一人じゃないんだ。アルヴィーもレイさんも居る。名無しはちょっと良く分かんないけど。


「ぼ、僕行きます! ヒューさん場所を教えて下さい」

「いいでしょう。でも今日はもう遅いから泊っていって下さい」

「はい」


 僕達が外に出るとすでに夕方になっていた。外では蔓にぐるぐる巻きの名無しをじーっと見つめているレイさんが居た。


「あ、レイさん! 終わりました!」

「どうでした?」

「魔法は使えませんでした! でも使えるようになるヒントを見つけに行こうと思います」

「そう……ですか」


 レイさんはにこりと笑ったが、いつものような元気が無い。


「レイさん、どうしたの?」

「あ、いえ……こいつの事を見張っていたら少し疲れました」


 そう言ってレイさんは名無しをツンとつま先で突いた。死体みたいだった名無しがビクンと動く。


「なぁ、フィル。レイさんは冷たいなぁ。俺がこんななのにずっと見てるだけなんだよー」


 うん、気持ち悪い。


「さあ、君たちの寝床を作ろうか」


 ヒューさんは家の横の木に囁きかけると木がぐんぐんと伸びていく。


「わぁ……」


 生い茂る葉っぱは屋根に、幹や枝は壁になって一軒の家が現れた。


「すごい!」


 木のドアを開けるとそこには木のベッドやテーブルもあった。


「自由に使ってくれ」

「ありがとうございます!」


 僕はヒューさんにお辞儀をした。


「俺は今日は師匠のとこに泊るよ」

「アルヴィー、せっかく出来たお友達じゃないのかい?」

「師匠のとこにくるのも久し振りなんだよ? 俺の部屋もまだあるでしょ?」


 アルヴィーがそう聞くと、ヒューさんは眼を逸らした。


「その……アルヴィーの部屋は……書類で埋まっていて……」

「えーっ!?」

「その、急に来るとは思わなかったから」

「そんなぁ、またこいつらと同じ部屋かよ!」


 アルヴィーは一つのベッドに触れると、そこに壁を作り出した。


「しかたない。これでいいか」

「アルヴィー、それはいい考えです」


 レイさんはそれを見て頷くと、もう一つのベッドに壁を作った。そしてもう一つのベッドに手をやると……檻を作った。


「名無しのお部屋はこれです」

「ひどい……だがそれがいい……」


 名無しも自分の部屋が気に入ったようだ。


「それじゃあ、食事にしましょう」


 ヒューさんの家にまた戻ると丸い泥人形がせっせと働いていた。


「これはゴーレムですか」

「はい。今夕食を作ってくれています」

「これだけの数を同時に動かせるなんて……」

「うちの師匠はすごいだろ? ちょっと片付けが下手くそだけど!」


 僕達はテーブルに着いて、ゴーレムの給仕を受けながら夕飯を頂いた。


「美味しい」

「この『ママ・ビアンカのレシピ』って本の料理をゴーレムに覚えさせたんだ」

「師匠はやたら細かい研究ができる癖に料理が壊滅的でさ、俺が考えたんだよ」

「へぇ……」


 この二人は家族みたいに過ごして来たんだよね。いいな、こういうの。


「フィルのお父さんはどんな人だったんだ」

「さぁ……魔法使いだって言う事もさっき知ったし……ただ優しくニコニコしていた印象かな」

「へえ……フィルも苦労してんだな。ちょっと甘えん坊なのは仕方ないか」

「僕……甘えん坊!?」

「だってレイさんと寝てるし」


 僕は頭を抱えた。あれは……レイさんが入って来ちゃうんだよ……!

 食事を終えた僕達は明日に備えて床に入った。


「なんか、森の中で寝ているみたい」


 緑の濃い香りの中で、眠るのは気持ちがよさそうだ。


「それじゃあ、お休み。アルヴィー……と、名無し」

「ああ、この閉塞感嫌いじゃないぜ」

「そう……」


 名無しは木の檻の中から手を振っていた。

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