32話 魔法使えない

 僕達はヒューさんの家で、実験とやらをする事になった。ちなみにレイさんは名無しを見張ると言って外に出て行った。


「それじゃあ、最初は簡単だ。灯火の魔法をやってみよう。まずはアルヴィーから」

「え!? 俺?」


 アルヴィーがぶつぶつ言いながら、指の先に灯火を出した。これくらいなら僕にも出来る。


「出来ました」

「おお、フィル。やれば出来るじゃないか」

「これくらいなら魔法の適性がなくてもできると思うよ」

「そうなのか」


 ヒューさんは僕が灯火の魔法を出せた事を確認すると、今度は魔導書を開いた。


「それでは、風の魔方陣で小さな竜巻をつくって見てくれ」

「え、大丈夫ですかね」

「この部屋は私の障壁が守っているから大丈夫だよ。ではアルヴィーから」

「神よ、我が呼び声に答えその風を吹かせ。突風」


 すると、魔方陣を中心に小さな竜巻が起こった。


「うん、バランスもいい。よくコントロール出来てるよ」

「へへ……」

「今ので中級くらいの魔法だ。フィル君は学校でならったかな?」

「はい」

「それじゃやってみよう」


 あー、これやった事あるんだけど同級生のスカートがめくれて怒られたんだよなぁ。まぁ今日はスカートめくれて困る人は居ないからいいか。


「さ、遠慮なくやってごらん」

「はい、神よ、我が呼び声に答えその風を吹かせ。突風」


 すると、ふわっと魔方陣から風が起こった。が、すぐにそれはコントロールを失い、ただの暴風になって部屋中に吹き荒れた。


「あばばばばっ、フィル! これ止めろ!」

「出来ないんだよー!」

「はいはい、そうかそうか……」


 ヒュー先生が指をパチンと弾くと、すぐに風が止んだ。


「はーっ、はーっ。疲れた……」


 久し振りに魔法を行使した所為で、どっと疲労感が僕を襲う。


「うん、大体分かったよ」

「……え?」


 ヒューさんの言葉に僕は言葉を失った。分かったって……。僕の魔法が使えない訳が分かったって事?


「そ、それって僕も魔法を使えるようになるって事ですか?」

「うん」

「ほ、本当に……?」


 僕はじわっと涙が溢れてくるのを感じた。ずっとずっと使いたかった魔法が使えるようになるの……?


「フィル、泣くなよ」

「ああ、うん。嬉しくて……」


 僕はぐいっとこぼれる涙を拭った。


「そのまえに学校で教えない、魔法の事を説明させて貰いたい」

「学校で……教えない?」

「ああ、今の魔法使いの教育では一定水準の魔法使いを育てる事には長けているけど、それ以外を疎かにしがちだ。私達のような組織に所属しない魔法使いはそんな部分を研究していたりもするんだよ」


 ヒューさんはそう言って部屋の本棚を指差した。


「これらは私の研究の一部さ」

「これが一部……」


 僕は口をあんぐりと空けて、その膨大な資料や書き付けに見入った。


「どうだ、うちの師匠はすごいだろ?」

「う、うん」

 

 僕はただこくこくと頷くしか出来なかった。


「それでね、フィル君。魔法ってどういう訳で作動するか分かるかい?」

「ええと、呪文や魔方陣で現象を動かす……ですっけ」

「それって何を動かしているのかな……考えた事はある?」

「……いいえ」

「私達の間ではそれは魔素、と呼んでいる。それがこの世の理に影響しているんじゃないかってね」


 そう言いながら、ヒューさんは紙の上に簡単な絵図を書いた。


「火を灯したり、水を出したり、そういう単純な事はフィル君は問題なく出来るんじゃないかい?」

「はい、その通りです」

「それは、事象が単純で呪文も必要ないからだと思うよ」


 そう言えば、入学したての時はそこまで問題児じゃなかったんだよね。


「あの……魔方陣を書くのも出来ないんです。字はキチンと書けるんですけど」

「フィル君の何かが魔素を操るのを邪魔しているんだと思う。ごめんちょっと触るよ」


 ヒューさんは僕の背に手を置いた。


「この気の流れを整えてみよう……」


 ヒューさんの呼吸に合わせるように、じんじんと背中が熱くなる。


「さぁ、フィル君。さっきの突風の魔法を使って見て!」

「神よ、我が呼び声に答えその風を吹かせ。突風!」


 するとさっきアルヴィーがお手本でやったような小さな竜巻が起こった。


「嘘! 使えた!」

「やったなフィル!」


 僕とアルヴィーは手を取り合って喜んだ。良かった! これで僕も胸を張って魔法使いだって名乗れる!


「ちょっと待って、フィル君」

「どうしたんですか……わああ!」


 ヒューさんが僕を呼び止めた瞬間、竜巻が突然大きくなって暴れ出した。あわててヒューさんが風を消す。


「おかしい、さっきまでキチンと魔法を使えていたのに……。フィル君、もう一度君の体を診させてもらってもいいかい」

「はい……」


 何がいけなかったんだろう。僕はしょぼくれながらヒューさんに見て貰った。


「何かが封じられている……のかもしれない」

「封じられている?」

「ああ、フィル君の体の中に私では制御出来ないものが……。で、あるなら突然ドラゴンを召喚したというのも……」


 ヒューさんは灰色の眼を伏せて、しばらく考え込んだ。


「こう言った事に一番詳しい魔法使いを私は知っているんだが……」

「ほ、本当ですか?」

「ただね、その人の名前はラスティス・オルグレンと言うんだ」


 僕はその名前を聞いてごくりと唾を飲み込んだ。それは……僕の死んだお父さんの名前だったからだ。

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