31話 森の魔法使い

「どうする、これ」

「毛皮とかが売れるかもしれません。次の街まで持って行きましょう」


 レイさんが三匹の熊の死体を収納した。本当に便利だなぁ。次の街はここから一日馬車で走れば着く。


「じゃあ、売れたらちょっといい宿に泊ろうか!」

「それだったら三部屋とってくれよ! 俺こいつと同室なのいやだ!」

「それもそうだね……」


 次の街の検問を抜けて、僕達は肉屋に熊を持ち込んだ。


「これ、あんた達が仕留めたのかい」

「はい、売れますか?」

「ああ、肉は臭いけど毛皮と肝は使えるからな、一頭につき金貨3枚を払おう」

「おーっ」


 お、思わぬ副収入だ。そこでその日はアルヴィーの個室を用意した。


「これで安眠ができる。あ、フィルはいつものようにしてなよ」

「うう……」


 そんな事もありながら、馬車は国境を目指して行く。


「さあ、そろそろ国境だけど……アルヴィー、検問があるけど大丈夫?」


 街と街の検問はゆるいけど、国の境となれば話は別だ。サンレーム公国の時は向こうから迎えがきたからそのまま通ったけど。


「え、そこは適当なとこで飛び越えていくよ」

「えっ」

「まぁ面倒だしな。検問は」


 名無しも当然のように頷いた。まぁ名無しはすねに無数に傷があるだろうけど……。


「それじゃあ僕はどうしたらいいのさ」

「私が抱きかかえて壁を越えますよ、フィル」

「こんなんでいいの……?」


 僕達は国境で夜を待ち、衛兵の目を盗んで侵入した。


「ふう、心臓に悪い」

「フィルは真面目すぎますよ」


 レイさんは僕を抱えたまま、呆れた声を出した。そうなのかなぁ。僕達は深夜に宿を取る訳にもいかないのでそのまま国境の町を抜けて野宿をした。


「はーあ、朝日が眩しい」

「野宿なんて久し振りにした」


 アルヴィーと僕はまだ寝ぼけ眼だ。名無しは寝ているのかなんなのか良く分からないが、朝っぱらから鳥を仕留めてさばいている。


「スープ飲むか?」

「変な物入れてないよね……?」

「入れるつもりならもっと上手くやるさ」


 スープとパンで朝食を済ませて、僕は地図を開いた。


「アルヴィー、君の師匠はどの辺にいるの?」

「この辺の森にいると思う」

「森……?」

「魔法使いには多いんだよ、森に住んでる人」


 確かに森は静かだし、魔法の研究にはもってこいなのかもしれない。僕達はその森を目指して馬車を進めた。


「この辺までだなー。馬車が使えるの」

「すっごい森だね」


 ギリギリまで獣道みたいなところを馬車を走らせていたが、ここからは徒歩だ。


「それじゃいきましょう」

「マギネ、迷子にならないようにね」

「フィル! ぴい!」


 マギネを抱いて森の中を行く。まだ昼間のはずなのに、木が鬱蒼と茂っているせいで薄暗い。


「本当にここに人が住んでるの?」

「うーん、この辺だったと思うんだけど」


 アルヴィーがキョロキョロと辺りを見渡した。すると突然、木がざわざわと揺れだした。


「なんだ……? うわっ」


 木がうねうねと枝を伸ばして僕達を捕まえようとしてくる。


「神よ、我の願いに応えて炎の矢を飛ばせ!」


 アルヴィーの炎の矢が僕につかみかかった木を打ち払った。


「フィルに怪我があったらどうするんです」


 レイさんが氷の息を吐くと、周囲の木は動きを止めた。すると、ぱちぱちと拍手の音が聞こえる。


「お見事。アルヴィーは火事の心配をちょっとした方がいいね」


 そこにいたのは長い灰色の髪をした眼鏡の男だった。


「お師匠さま!」

「おかえり、アルヴィー」


 この人が、アルヴィーのお師匠さま? もっとお爺さんだと思っていた。見た目はレイさんと同じくらいに見える。


「私は魔法使いヒュー・ヴァレイ・エバンズ。お連れ様もどうぞ、我があばらやへ。お茶でも淹れましょう」


 ヒューさんはゆったりと微笑んで僕達を家に案内した。


「あっと、その前に」


 ヒューさんが掌に何か書き付けると、木の上からぼとりと名無しが落ちてきた。その体には木の蔓がぐるんぐるんに巻き付いている。


「そこの人はお話が終わるまでそこにいて下さいね」

「ずるいぞー!」


 名無しはなにやらわめいていたけどまあいいや。ここからはレイさんの秘密とかも話さなきゃだしね。


「あの……僕、フィルといいます」

「君だね。魔法が使えない魔法使いというのは」

「はい、アルヴィーがもしかしたら師匠ならなんとか出来るかも知れないというので来ました」

「うーん、使えるように出来るかは分からないけど、使えないというのは興味があるね。詳しく話を聞こうか。その前にこれをおあがり」


 ヒューさんは木の実のクッキーとお茶を出してくれた。わぁ、蜂蜜の自然な甘さが美味しい。


「そちらのお嬢さんはいらないのかな?」

「……人間ではないのでいらないです」

「やっぱりね……その感じだと……トレントではないね、人魚? それとも……」

「ドラゴンです」

「ドラゴン……!?」


 ヒューさんはその答えを聞いて息を飲んだ。


「私はフィルの使い魔のドラゴンです」

「ドラゴンが使い魔……なのに魔法が使えない……うーん、これは面白いぞ」


 ヒューさんのその髪と同じ灰色の瞳が好奇心に燃えて僕を捕らえた。レイさんの存在はヒューさんの探究心を大いに刺激したらしい。


「では、フィル君。いくつかの実験をしよう」


 ヒューさんはそう言って、いくつかの本を取り出した。

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