30話 森とくまさん

「それじゃあホーマさん、しばらく留守にします」

「はいよ、魔法が使えるようになるといいな。フィル」

「はい」

「ところで一人多い気がするんじゃが……」

「はは……あれはあんまり気にしないでください」


 置いて行くと街で悪さをするって言うから連れて行くだけなんだけど。こいつは頭がおかしいみたいだし。本当にやりそうだ。そうして馬車は街を離れた。いざ、アルヴィーの師匠のいる隣国バスキへ。


「……で、あんたの事はなんて呼んだらいいのかな。名無しさん」

「ん? 名前は無いよ。名無しって呼べばいいさ」

「……」


 荷台に乗った名無しはゆうゆうとこう答えた。


「変な事をしたら即叩き落としますからね」

「おお怖い」


 名無しはにやにやと嬉しそうにしている。こいつどういう性癖してるんだろうね……。


「フィルは学園に居たんだろ? どうしてロージアンの街で働いていたんだ?」

「ああ、レイさんが学校を壊しちゃって追い出されたんだ」

「それは……大変だったな」


 もし学校に戻るとしたらあと2億9000万ゴルドが必要なのだ。全然届く気がしないけど……。


「フィル、アルヴィー……そろそろ今日止まる宿屋です」

「ああ、もうそんな進んだんだね」

「ちょっと俺は?」

「名無しは道端で寝て下さい」

「冷たいなあ」


 そう言いながら名無しはちょっと息が荒くなっている。


「うわあ……」


 この変態と一緒に旅をするのか。きっついなぁ……。するとレイさんがちょっとこっちを向いて名無しに言った。


「名無し、諦めて下さい。私はフィルみたいな子が好きなんです」

「お、おお……」

「妥協してもアルヴィーくらいです」


 なんの話してんだよ! 僕は御者台をぺしぺしと叩いた。


「さあ、今日の宿です。私はフィルと同じ部屋なので、名無しとアルヴィーは同じ部屋で寝て下さい」

「えっ嫌だよ!」


 アルヴィーがしつこく抵抗するので、全員同じ部屋に泊ることになった。


「さあ食事にしましょう」

「うん、お腹へった」


 夕食は宿でウサギのローストとパンを食べた。お肉はあっさりして味が濃い。この時期のウサギはいいね。


「椅子に座ってメシを食うのなんか久し振りだ」


 名無しはそう言いながら骨をいつまでもしゃぶっている。


「そう。この旅の間は椅子に座っててもいいと思うよ」


 というより座ってて下さい。気になるから。


「さ、フィル寝ましょう」

「あ、うん」


 僕は言われるがままにマギネを抱いてレイさんの胸元に潜り込んで眠ろうとした。


「フィル……いつもそうやって寝てるのか?」


 あ、しまった。アルヴィーも名無しもいるんだった。


「くそう、羨ましい。アルヴィー、ここで寝るといい」

「やだよ! なんでそうなるんだよ。お前おかしい」


 アルヴィーはぷんぷんと自分のベッドに潜り込んだ。


「ちぇー」


 名無しもなんだかぶつぶついいながら眠りについた。ああ、ややこしい旅になりそうだな。


「よく眠れましたか?」


 翌朝、宿の女将さんが朝食を用意しながら僕に聞いて来た。


「ええ、まあ一応」

「この先に化け物熊が出るらしいから気をつけてね」

「化け物熊?」

「街道の方にはあまり出ないそうだけど、用心はした方がいいよ。普通の熊の三倍くらいの大きさなんだって」

「へぇ……」


 熊自体を本物を見た事ないけど……大きいんだろうな。


「平気だよ、俺は魔法使いなんだ。そんな熊なんか蹴散らしてやるよ!」


 アルヴィーは宿の女将さんにそう言った。そうだった、ここにも好戦的なやつがいたんだった。


「それじゃ、お昼まで用意して貰ってありがとうね!」


 後で食べて、と手渡されたサンドイッチを抱えて僕達は宿を後にした。特になんの問題も無く道は進んでいく。


「そろそろお昼にしません?」

「賛成っ」


 丁度、小川が流れているところがあったので、僕達はお昼にする事にした。


「あ、僕ちょっとおトイレ……」

「あんまり離れるなよ」

「うん」


 僕がちょっと茂みでかがんでいると、ガザガサと茂みが動いた。


「う? まさか……」


 さっきの化け物熊だろうか? こんな時に……。


「うゆ? フィル!」

「マギネ……なぁんだ、びっくりさせないでよ」


 ひょこっよ顔を出したのはマギネだった。たんたんっと飛び跳ねて僕の所にきたマギネを抱っこする。


「みんなから離れちゃだめだろ?」

「まぎね、おおきい!」

「ん?」

「おおきい、みた!」

「んんん?」


 その時、もの凄い叫び声がしてメキメキっと木が折れる音がした。


「ぐあああああ!!!!」

「わああああ!!」


 これが化け物熊!! こんなに大きいだなんて聞いて無い! 僕は慌てて仲間の元に駆けだした。


「フィル!」


 アルヴィーが僕の後ろに迫っていた熊に氷の刃を突き刺した。ピキピキと熊が凍って行く。


「ごおおお!!」


 あれ? レイさんは? と思って辺りを見渡すと、熊の頭に蹴りを入れていた。は? 二頭出たの?


「フィル、もう一匹居るぞ!」


 名無しがナイフを投げ、三頭目の化け物熊の目を打ち抜いた。


「ナイフじゃどうにもならんなー」

「名無し、悠長な事を」

「それじゃ頭を使う事にするわ」


 名無しが出したのは今度は鎖つきの鉤爪だった。それが熊の肩に食い込む。


「よいしょっと!」


 鎖が熊の首に食い込む。名無しは何本も鉤爪を打ち込むが、決定打にはならないみたいだ。


「なーにをぐずぐずしてるんです」


 その熊の頭を踏みつぶしたのはレイさんだった。


「……俺は野っ原で戦うように出来てないんだよ」

「なさけない」

「うう、言うねぇ」


 名無しはまた頬を赤らめた。まったくこいつ……。ともあれ、僕達は化け物熊を三匹やっつける事に成功したのだった。

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