36話 マレアの身の上
僕達は次の街の門をくぐった。空は鈍色で今にも雪が降りそうだ。
「宿を取る前にマレアの服を買おう」
「あのっ、そんな悪いです……」
「いいのいいの。僕等も防寒着買うからついでだよ」
そう言って僕達は古着屋さんで、厚手のセーターとか手袋と一緒にマレアに毛織物のワンピースと靴を買った。
「……ありがとうございます」
「マレア、これもあげるよ」
アルヴィーがマレアに差し出したのは色鮮やかな刺繍の帽子だった。
「ほ、ほら! 耳気にしてたし……これ耳当てがついてるから」
「いいんですか」
「いいんだよ!」
アルヴィーは無理矢理にマレアに帽子をかぶせた。
「さ、とっとと宿を探そうぜ! このままじゃ凍えちゃう」
アルヴィーはちょっと気恥ずかしいのか、大声でそう言いながら先に進んだ。んもう、素直じゃないんだから。
「似合うよ、帽子。じゃあ宿に行こう」
そうして宿で一息着いた頃、僕の部屋に全員集まって貰った。
「それで、マレア。君は一体何者なんだい?」
僕がそう聞くと、マレアはびくっと震えた。ああ、直球過ぎたかな。
「その耳と髪。珍しいけど、最初からそうだったの?」
「いいえ……最初は灰色の髪で耳も普通でした。大きくなるにしたがってだんだん代わって来て……」
「お父さんやお母さんは?」
「流行病で……その原因も私のせいだと言われて、森に生け贄に出されたのです」
「生け贄なんて効果あるかよ」
アルヴィーが顔をしかめて言った。確かにその通りだ。
「厄介払いの口実だったんじゃないかと思います。私……村に帰る訳にはいきません……」
マレアはそこまで言うと、ガバッと僕達に頭を下げた。
「お願いです! 皆さんの旅のお供をさせて下さい。下働きでもなんでもしますから!」
「うん、途中で放り投げたりしないから安心してよ」
僕はマレアの肩に手をやって頭をあげさせた。
「僕はフィル。魔法の使えない魔法使いだよ。僕もずっと居場所がなかったんだ。だから気持ちは分かるよ」
「魔法が使えない……」
「うん。この旅は僕が魔法を使える方法を探す旅なんだ。急ぐ旅じゃないし、君が気が済むまでいたらいい」
麦芽そう言うと、マレアの綺麗な紫色の眼からぽろぽろと涙がこぼれた。
「あ、フィルなに泣かせてるんだよ! もう……。あ、俺はアルヴィー、魔法が使える魔法使いだよ。俺もなりゆきでこの旅にくっついてる」
「私はレイです。私はフィルの召喚獣なので当然の権利としてフィルにくっついています。そしてあっちにいるのが名無し。なんでここにいるのかわかりません」
レイさんがそう言うと、マレアはぷっと吹きだした。
「まあそんな感じだから! 気楽にしててよ」
「よろしく……お願いします」
マレアがもう一度笑顔で頭を下げたのを確認して、僕達はそれぞれの部屋に解散した。
「ねぇ……レイさん」
「なんですかフィル」
「マレアが平穏に暮らせるとしたらどこだろう」
「うーん……あそこまでニンフの血が強く出ているとなると、ニンフの里に行くとか……」
「それってどこにあるの?」
「さあ。谷深い森の奥なんかにあると思いますが……」
そっかあ、レイさんでも分からないか。旅の行く先々で聞いてみるしかないかな。その日は話はそこまでで切り上げて、僕達は眠った。
「ぴい!」
「うーん、マギネ。まだ早いよー」
僕が寝ぼけ眼をこすりながらマギネを探すと、窓の所にマギネがよじ登っていた。その外は真っ白な雪景色だ。
「うわあ、つもったな。昨日あったかい服買い足しておいて正解だ」
「フィル、なに?」
「これは雪だよ」
「うーき?」
「雪っていって冷たい雨だよ」
そう言って窓を開けてマギネに雪を触らせてやると、マギネは飛び上がった。
「ちべたい!」
「そうだね」
朝からそんな風にマギネとじゃれ合っていると、ノックの音がした。
「はーい?」
「フィルさん、もう起きていますか」
マレアの声だ。
「うん、どうしたの?」
「あの、私お茶を淹れたので皆さんもいかがかと……」
「あ、もう暖炉に火を入れたの? ちょっとお湯湧かすくらいなら火石のコンロがあったのに」
「……あ、違うんです……。その私の特技というか……見ててください」
マレアはカップを乗せたトレイをテーブルに一旦置くと、一つのカップを手に取った。
「見ていてください」
マレアの眼が怪しく光る。すると、手の中のカップのお茶がぼこぼこと煮え立った。
「マレア、魔法が使えるの?」
「気が付いたら出来ていたんです。他に氷を作ったり、火を出したりできます」
「……それは精霊魔法ですねぇ」
「レイさん!」
気が付いたらレイさんが背後に立っていた。
「え、精霊魔法って何?」
「要するに私が使っている魔法と系統は同じといういう事です」
「へえー」
「私が呪文を使った事ありますか?」
「そう言えばないな」
じゃあ、マレアとレイさんって近い存在なのかな。
「でも、これくらいしか出来ないんですよ」
「人の血が混ざってそれだけ出来れば大したものですよ」
レイさんは愛用のグラスを出してワインを注ぐとクッと軽く力を入れる。するとあっという間にワインに湯気が立った。
「昨日ね、レイさんとニンフの里があったら訪ねてみようって話してたんだ」
「ニンフの里……そこなら私は暮らしていけるでしょうか」
「きっとね」
僕はマレアが持って来たお茶を飲みながら、雪で白く染まった街を見下ろした。
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