25話 銀のスプーン

「す……すみません……」


 その日来たお客はひどく顔色が悪かった。男はふらつきながら店内に入った。


「どうしました」

「ちょっと水を貰えませんか」

「あ、はい。どうぞ」


 そのお客は私た水を飲むと、げーっと嘔吐した。


「……!? 大丈夫ですか?」

「フィル、ちょっと待て」


 駆け寄った僕をホーマさんが止めた。そして男を横たわらせると、その口元を嗅いだ。


「フィル、銀のスプーンがあったろう。あれを持ってこい」

「う、うん」


 僕が言われた通りに銀のスプーンを持ってくると、ホーマさんは男の口に差し込んだ。


「……あ、変色した!」

「おそらくはヒ素だの……フィル、毒消しのポーションと水をいっぱい持って来てくれ」

「はい!」


 僕はいわれた通りもものを持って来た。ホーマさんは水で薄めたポーションを男に飲ませて何度も吐き出させた。


「ふう……こんなもんかな」


 男はぐったりとしながらも、小さな声でありがとうと言った。


「しかしやっかいだのー。ヒ素を盛るとは」

「ええ、恐ろしいですね」


 僕とホーマさんが顔を見合わせていると、店に飛び込んで来た人物がいた。


「ジャスター様!」

「ああ、君知り合い?」


 それは金髪に青い眼の美少年だった。


「ひとりで出歩いてはいけないとあれほど言ったのに!」

「すまない……アルヴィー……そこの料理屋で昼食をとったら途端に気分が悪く……」

「……! 料理屋ですね!」

「ちょっと待って!」


 僕はその子をあわてて止めた。


「そこの料理屋なら僕もよく知ってる。毒を入れるような人じゃないよ。それに料理屋で死人がでたなんていったら店が潰れるよ」

「……怪しい人物がいなかったか聞くだけだ。この人を頼む」


 そう言ってその少年……アルヴィーは姿を消した。そう姿を消したんだ。


「魔法使い……?」

「そのようだな」

「レイさん」


 レイさんは床で倒れている男に触れた。柔らかい光が男を包み、やがて消える。これは治癒魔法だ。


「これで大丈夫だろう」

「あ、ありがとうございます」


 男はもう完璧に毒が抜けたらしく、むくりと起き上がった。


「謝礼は後から家のものに持たせます」

「あの……あなたは?」

「私はジャスター。このロージアンの街の領主の弟です」

「領主様の……弟」


 僕はポカンと口を開けた。そんな人が何をふらふらしているんだ。


「あの、さっきのは……」

「ああ、護衛に雇った魔法使いだよ。私には敵が多くてね」

「あの歳で……って事は『はぐれ魔法使い』?」

「その言い方は好きじゃない」


 振り向くとそこにはアルヴィーが居た。


「っていうかお前もそうじゃないのか?」

「僕は……まあ、その……」

「お前の言う通り、犯人は料理屋じゃなかった。怪しい人物も知らんとさ」

「何したの?」

「自白剤を飲ませた」

「そんな乱暴な!」


 僕が声をあげると、アルヴィーはうるさそうに顔をしかめた。


「とにかく、礼を言う。ジャスター様行きましょう」

「あ、ああ」


 アルヴィーはジャスターに肩を貸すと、店を出て行った。


「フィル、『はぐれ魔法使い』ってなんじゃ」

「学園で育成されていない魔法使いの事です。魔法使いの個人的な弟子な事が多くて……能力は高いけど、使用する魔法が偏っている事が多いと言われています」

「ほう……」

「僕は魔法が使えないからはぐれ魔法使いとも言えないんですが……」


 僕はレイさんを見た。僕がまともに魔法を行使できたのはレイさんを召喚した時だけだ。


「それにしても領主の弟を殺そうとする人なんているんですね」

「おお、噂は聞いてるぞ。領主様の弟は兄を手伝ってこのロージアンの街を治めているが、洗練潔白な人物だと」

「そんな人なのに?」

「だからじゃよ、片腹痛い人物には目障りなんじゃろ」

「ふうん……」


 僕がジャスターさんの出て行った方をじっと見ていると、レイさんがポンを僕の肩を叩いた。


「フィル、また顔を突っ込むつもりですね」

「……レイさん。レイさんは嫌?」

「フィルがやりたいのなら私は協力しますよ」


 僕はこの街が好きだ。この街で肩を寄せ合って生活する人達は助け合って暮らしている。


「ジャスターさんを助けることはこの街の為になると思うんだ」

「そうですか、じゃあ夜にでも様子を見に行きましょう」

「むん! まぎねも!」

「マギネはだめだよ、お留守番」

「むう……」


 と、いう訳で夜中になったら領主館に行ってみる事にした。


「でもどうやってジャスターさんの様子を見るの?」


 僕がそう聞くと、レイさんは口元に指を当ててウインクした。


「大丈夫、目立たないように行く方法があります」

「隠れて侵入するつもり?」

「もちろん」

「はぁあああ……」


 いいのかな? ま、街の平和の為なら仕方ないか!

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