19話 サンレーム公国へ

 サンレーム公国からの返信が来たのはそれから二日後の事だった。


「すぐに迎えを寄越してくれるそうです」

「そうか、良かった」

「それで、フィル様とレイ様も一緒に入国して欲しいと手紙にあったのですが……」

「もちろん! 最後まで一緒にいるよ」


 そんな訳で僕達もサンレーム公国に向かう事になった。まぁ駄目だと言われても付いて行くつもりだったけどね。

 その翌日に、サンレーム公国の使いが宿にやってきた。恰幅のいい男は自分は外務卿だと名乗った。


「ティリキヤ王国の第6王女シオン・カーワ・ティリキヤ、ここまで大変な困難を乗り切り我が国にいらしてくれた事を光栄に思います」

「ありがとう、それもこのフィル様の手助けがあっての事です」

「フィル・オルグレン殿、姫から事情は聞きました。是非サンレームへ、歓待いたします」

「はい、よろしくお願いします」


 シオンとレタは仕度の為に一旦退出したので、僕は外務卿に話しかけた。


「サンレーム公国はどんな国ですか?」

「はい、土壌の水はけが良く、盆地で日当たりがいいことから葡萄などの果物が盛んです」

「たしかワインの名産地でしたね」

「ええ、我が国は醸造技術も国をあげて研究しています」


 うしろでレイさんがそわそわしているのを感じる。


「ところで、フィル殿はどういった経緯で……?」


 外務卿は不思議そうな顔で僕の顔を見た。無理も無い。もしかしたら外務卿は僕のことをもっと大人の男だと思っていたのかもしれない。僕はどうみても小汚いガキだもんなぁ。


「それはフィル様の下僕である私が説明しましょう」


 僕が答えあぐねていると、レイさんがずいっと身を乗り出した。


「このフィル様はこの歳で偉大な魔法使いなのです。シオン姫が捕らえられている事を知ったフィル様は悪漢どもをババーンとやっつけて彼女達を保護したのです」

「魔法使い、なるほど……」


 この国でもサンレームでも魔法使いの地位は比較的高い。生まれながらの才能と身につけた知識で、土木や警備や戦争に医療と様々な職業に従事している。中には僕くらいの歳で一人前、とされる事もあるのだ。僕は違うけど。そんな訳で外務卿は一応納得したようだった。


「レイさん、またそうやって……」

「おお、申し訳ありません出過ぎた事を」


 もう、レイさんはどうして僕に自分のやった事を押しつけるんだろう。目立ちたくないってのもあるんだろうけど、それにしたって……。


「おまたせいたしました」

「シオン! レタ!」


 僕はその姿を見て言葉を失った。びっしりと刺繍の入った金色のドレスのシオン、その横には黒のドレスを着込んだレタが控えている。どちらも良い生地をたっぷりと使ったものだった。


「おお、似合っていますぞ、それでは行きましょうか」

「はい」


 こうして僕達はサンレーム公国に入国した。サンレーム公国。ペリアーノ王国に臣従するものの、高い独立性を保ち豊かで美しい国だと言う。


「この所、隣国バスキとの衝突が増えてきたので、我々はティリキヤと同盟を組み挟み撃ちにすることにしたのです」


 馬車の中で外務卿はそう言った。その衝突が収まれば各国に平和が訪れるという。一人の少女を犠牲にして……。


「そうですか」


 僕は話を聞きながら、シオンの様子を見た。でも、シオンが今何を考えているのかよく分からなかった。旅の間はあんなに表情豊かだったのにな。


「フィル、ごとごとー」

「うん、もうちょっとだからね」


 マギネもシオンの異変に気づいたのか、僕の所にやってきてはしきりにそでを引っ張った。


「さあ、ようこそサンレームへ!」


 馬車はサンレーム公国の宮殿へと入って行った。白い美しい城。晩秋だというのに色とりどりの花が咲いている。


「わあ……」

「ぴよぴよ、あっこ!」


 マギネは庭に作られた池の白鳥が気になるみたいだ。食べちゃ駄目だぞ。マギネを押さえ込んでいる間に馬車はゆっくりと止まった。


「お疲れ様でした。お部屋を用意しておりますので、まずはそちらでおくつろぎ下さい。晩餐の時に大公からご挨拶させていただきます」

「は、はい」


 僕とレイさんはシオンたちと別れ、部屋に通された。


「……あのさ、今更気づいたんだけど言ってもいい?」

「なんです? フィル」


 レイさんが首を傾げた。


「僕達これから大公……つまりこの国の王様に会うんだよね!?」

「そうですね」

「どうしよう……!」


 僕は部屋のでっかい鏡を見た。うーん、失礼の無いように出来るかな。ツバをつけて慌てて寝癖をとかしてみる。


「フィル、本当に今更ですね」

「だって……!」


 その時、ノックの音が聞こえた。返事をすると侍女が三人やってきた。


「お着替えと、湯浴みの用意ができました、フィル様」

「うわぁ、ありがとう!」

「湯浴み……あなた達がフィル様をお風呂に入れるんですか……!?」

「ええ、そうですが?」


 侍女が戸惑った顔をした。こら、よその人に牙を剥くんじゃない。ハウスハウス!


「あ、自分達でやるので大丈夫です。着替えはそこに置いて下さい」


 僕はそう言って侍女達を下がらせた。ふう、あぶない。


「ではフィル、一緒にお風呂に入りましょう」

「入らないよ!」


 ああもう! 今度は僕があぶない!

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