18話 過去の霊

 父さんの記憶は曖昧だ。なにをしていたのかも良く知らない。後に引き取られた遠縁の親戚の家では『本の虫の変わり者』って言われていたけど。ただ、僕にはすごく優しかった気がする。そして僕が小さい頃に死んでしまった。

 そして母さんは体が弱かった。父さんの死後から体調を崩して、寝たきりの生活になってそのまま弱って死んでしまったのだ。

 

「……目が覚めちゃった」


 僕はベッドから起き上がった。背中があったかいな、と思ったらやっぱりレイさんがベッドに潜り込んでいた。


「家族……」


 あれから僕には家族に縁がない。レイさんは家族と言えるだろうか? いきなり現れたからまだそんな風には思えないけど、僕の周りは随分賑やかになったな。……ん? なにか外から音がする? 僕は窓を開けた。晩秋のひやりとした空気が僕の頬を撫でる。


「……ふう」


 いけない、ちょっと感傷的になってるな。シオンとレタとの別れが近づいてるせいかもしれない。


「おおおおおお……」

「ん?」

「……おおおおおお……」

「んん?」


 僕は耳を澄ませた。なんだこの声。これってもしかして、幽霊……。僕は慌てて窓をしめてしゃがみこんで耳をふさいだ。


「フィル」

「ひゃっ!?」

「……やっぱりお化けが怖いんですね」


 振り向くとそこには呆れた顔のレイさんが居た。


「いや……違くて……」

「どこが違うんですか」

「その……学園で死霊術を習った時に、僕こっそり練習したら宿舎中を低級霊でいっぱいにしちゃって……そのトラウマが」


 レイさんはしゃがみ込んで僕と視線を合わせて聞いて来た。


「なんでそんな事をしたんですか」

「……もしかしたら父さんと母さんの霊魂を呼び出せるかもしれないって思ったんだよ」

「……会いたいですか? ご両親に……」

「わかんない」


 僕は首を振った。本当に分からないや。寂しいと思うことはあっても、もう向こうは死んでいるんだし、何より一人でいる時間が長すぎた。


「それにしてもなんの音でしょうね」

「レイさんにも聞こえているの?」

「気になるから散歩ついでに見に行きましょうか」

「こんな夜中に?」

「私がついていれば大丈夫ですよ」


 そっか、レイさんがいれば危なくないか。よし、このままだと寝不足になりそうだから行ってみよう!


「いこうレイさん」

「はい分かりました」


 こうして僕達はこっそりと宿屋を抜け出した。


「こっちの方から音がしてくる」


 音のする方へと歩いていくと、そこには廃墟があった。


「原因はこれですね」


 その廃墟はところどころ焼け落ちて穴が空いていた。その穴から風が通り抜けて音を発していたのだ。


「耳障りですからなんとかしましょう」


 レイさんが手を振ると、瓦礫が浮き上がって廃墟の穴を埋めた。


「これであのうめき声は聞こえなくなるはずです」

「さすがレイさん」


 僕がレイさんに拍手を送っていると、後ろから声をかけられた。


「あの、すみません」

「わっ」

「……ああ、驚かせてしまいましたか?」


 そこに居たのは女性だった。こんな時間に危なくないか?


「どうしましたか? こんな時間に」

「ああ、子供を探していて……」

「子供ですか」

「テッド。テッド・マクミランと言います。金髪に青い眼の8歳の子なんですが姿が見えないのです」

「それは大変だ。一緒に衛兵の所に行きましょう」


 僕達は詰め所に向かった。家出だろうか、それとも誘拐だろうか。


「すいません!」

「どうした、こんな時間に女子供が出歩いて」

「それが、子供が一人行方不明らしいんです」

「ほうほう、それはどんな子供だい」


 親切そうな衛兵のおじさんはメモを片手に僕の話を聞いてくれた。


「金髪で、青い眼で8歳……名前は分かるか?」

「テッド・マクミランだそうです」

「テッド……? 本当にそう言ったのか?」

「……? はい、お母さんがそう言って、ずっと探してるって」

「ぼうや、たちの悪いいたずらは止しなさい」

「いや、いたずらじゃないです。そこに一緒に来て……あれ? どこ行った?」


 僕が振り返るとそこにはレイさんしか居なかった。


「あれ? あれ?」

「最初から二人だったぞ。それに……」


 衛兵のおじさんは僕を睨み付けた。


「テッド・マクミランは俺の事だ」

「えええ……?」


 って事は……さっきのはまさか……。


「フィル、いつまでも幽霊をかまってないで帰りましょう」

「やっぱりそうなの……?」


 僕は膝から崩れ落ちた。そんな僕をレイさんはひょいと持ち上げる。


「衛兵さん、失礼しました。帰ります」

「あ、ああ……」


 衛兵のおじさんはあっけに取られたような顔をしていた。


「さーて、とっとと寝ましょう」

「あ、うんそうだね……」

「添い寝はいりますか?」

「あ、うん。……いや! 大丈夫だから!」


 僕はレイさんに抱えられたまま宿に戻った。そしてめちゃくちゃ添い寝された。……今日ばかりはありがたかったけど!

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