17話 城塞都市ミンガルド

「シオン、シオン」


 マギネの定位置はシオンの肩の上になったみたいだ。まだまだ大きくなるそうなので、今のうちだけだろうけど。


「ワイバーンってなにを食べるんだろう」

「肉ですよ、このような新鮮な肉だとなおいいです」


 レイさんは手綱を握っていながら、一瞬飛び降りてねずみを捕まえてまた御者台に戻るという離れ業をやってのけた。

 ……本当はレイさんは馬車なんか要らないのかもしれない。


「すごいけど安全運転でね」

「わかっています」


 レイさんは鼻歌交じりにねずみの首を折って、こっちに投げてよこした。


「ぎゃっ!!」


 僕は思わず悲鳴を上げたけれど、シオンは小刀を出してスッスッとねずみの皮を剥いでマギネに与えた。


「うま、うま、うま」

「シオンはお姫様なのによく平気だね」

「ワイバーンの世話は王族の嗜みですから」

「へぇ」


 おいしそうにねずみを食べているマギネはかわいいけどね。


「あっ、次の街が見えて来ました!」


 街道の向こうに堅牢な市壁を備えた街が見えてきた。次の目的地は城塞都市ミンガルド。国境最後の都市だ。と、いう事は……。


「この街での滞在が最後になるね」

「ええ、フィル様、レイ様ありがとうございました」


 シオンが頭を下げる。


「いやいや、サンレーム公国でちゃんとシオン達が幸せになれるかどうか見届けてからさよならだからね!」


 僕がそう言うと、シオンは頷いた。


「この街から手紙を出して迎えに来て貰います。嫁入り道具も何もかも盗賊に持っていかれてしまいましたし、私を私だと証明するのはマギネくらいしかいませんから」

「そうか……なんだかドキドキするな……」

「フィル達、街の中に入りますよ」


 馬車はとうとう最後の都市、ミンガルドの中に入った。


「うわあ……」


 そこは迷路のような街だった。何度も城壁を築いては拡張していったのだろう。石造りの壁と壁の隙間に家が建ち並んでいる。

 僕達はそんな積み木のようになっている宿の一つを取った。


「それじゃあ、手紙を書きますので」

「うん、ゆっくり書きなよ」


 シオン達が手紙を書いている間に僕とレイさんは街のなかをぶらつく事にした。


「この都市は火魔法の行使が厳禁だって入り口の衛兵が言ってたね」

「これだけ建物が密集していたらそうでしょうね。宿も火石しかありませんでした」

「ああ、あの火石ストーブすごかったね。ちょっと欲しいかも。煤も出ないしいいよね」

「市場を見てみますか?」

「うん、そうしよう」


 僕達はプラプラと市場の方に向かった。


「すいません、火石のストーブはどこで買えますか?」


 街の人に聞くと道具屋のある場所を教えてくれた。そこに向かうと、大きな暖炉から手持ちサイズの携帯用まで様々な火石のストーブが売っていた。


「僕とレイさんだけなら小さいサイズのでいいか」


 僕達はそこで小さめのサイズのを選んだ。店員さんに頼んで包んで貰う。


「お買い上げありがとうございます」

「色々種類があるので迷っちゃいました」

「ここでこれだけ火石ストーブが作られるようになったのは訳がありましてね」

「へぇ?」

「昔、ヒドい火事があったのです。そこで焼け死んだ幽霊が火石のストーブを作れと言ったとかなんとか……まあ昔話ですけどね」


 ふうん、そうか……。幽霊……。


「あら、フィル。お化けが怖いんですか」

「そそそ、そんな事ないよ」

「大丈夫、私がついてますから。ぴったりくっついて……ふふ」


 うーん、僕はお化けより厄介なのに憑かれているかもな。そんな風に考えながら僕は宿へと戻った。


「あ、おかえりなさい」

「どう。手紙書き終わった?」

「ええ。さっき出して来ました。……それは?」

「火石のストーブだよ。ここの都市の名物みたいなものなんだって」

「名物ですか」

「ティリキヤの名物ってなあに?」


 僕はふとシオンにそう聞いた。見た事のない異国。どんな風景なんだろう?


「そうですね、山岳地帯ですので貴石とか……木工品なんかも有名ですね。それからキレイな水で仕込んだお酒とか」

「へぇ……」


 いつかレイさんと行ってみようかな。お酒が好きなレイさんは喜ぶかもしれない。


「じゃあ、手紙の返事が来るまでここで待機だね」

「そうなりますね」

「シオン達も街の様子を見てくるといいよ。迷路みたいで面白かったよ」

「はい、そうします。自由に街を歩けるのもここまでかも知れませんしね」


 シオンはそう言ってにっこりと笑った。


「……政略結婚かぁ」


 その夜、僕はベッドに寝っ転がってシオンに決められた結婚について考えて居た。お互いの国の結びつきを強化するための嫁入り。


「私は長いこと生きていましたが」


 窓の外を眺めながらワインを飲んでいたレイさんがふと呟いた。


「人間の夫婦はいまだに良く分かりません。好き合っても後に憎しみあう事もあるし、裕福でも不幸な結婚もあるし、貧しくても仲の良い夫婦もいます」

「夫婦かあ……僕の父さんと母さんは……」

「フィルの?」

「……なんでもない。僕、もう寝るよ」


 僕は父さんと母さんの事をちょっと口にしかけて……そしてやめた。二人とももうこの世にはいないんだもの。その事を考える度、僕は悲しくなってしまうんだ。

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