8話 ドラゴンの卵

「ドラゴンの卵だって?」


 僕は驚いてレイさんを見た。


「うむ、ただし私の様な精霊に近いドラゴンでは無く、いわゆる飛竜、ワイバーンと言われるものです」

「なんでこんな所に持ち込まれるんです?」

「さぁ……私が分かるのはこの真っ赤な卵の色からしてここから遙か東の小国テェリキヤの山岳地帯のワイバーンだろうという事」


 僕とホーマさんはうーん、と目を見合わせた。


「そりゃあ……こんな所に持ち込まれるようなもんではないのう」

「その男もこれがなんなのか、価値も分からず持って来たのでしょう」

「という事は全うな手に入れ方をした訳でもなさそうじゃな」


 僕はレイさんを見た。ああ、駄目だ。まったく興味がなさそうだ。


「ねぇ、レイさん。これを持ち込んだ人は必ずこの店に戻ってくると思うんだ」

「そうなんですか」

「レイさん、その男にどこでこれを手に入れたか聞き出してくれないかな」


 レイさんはうーん、と少し考えた。


「それは命令ですか」


 そうか、忘れそうになるけどレイさんは僕の召喚獣だっけ。僕は大きく頷いた。


「そうだよ。殺さないで、出所を聞き出すんだ」

「多少の怪我は?」

「相手次第だね……」

「分かりました、やりましょう。早くフィルの買ってくれたカップでワインを飲みたいですし」


 やっとレイさんがやると言ってくれたので、僕はホーマさんを見た。


「これを持ち込んだ男は夕方にまた来るといっておったよ」

「それじゃ待ち伏せだ」


 僕達はカウンターの奥の部屋に入って、男がやってくるのを待った。


「なんだか色んなものがありますね」

「ホーマさんもどこに何があるのか分かってないみたいですよ」

「ふーん」


 適当な図鑑を眺めたり、あやしげな標本を見つけたりしているうちに表に動きがあった。


「おお、あんたか。待っておったぞい」

「爺さん、結局あれは何だった? いくらで売れる?」

「それはなぁ……」


 ホーマさんが後ろ手でさっと合図を送ると、レイさんが男の前に立った。


「うん? なんだいお嬢さん」

「これをどこで手に入れた?」

「うーん、それは仕事の上の秘密だよ」


 その瞬間、レイさんはシュッと小さなナイフを男の首筋に当てた。


「お前の都合は聞いてない。どこで手に入れたか教えろ」

「なんだと?」

「動くな。知ってるぞ、人間は首のここを一気にかっさばくとあっという間に死ぬ」


 レイさんは身じろぎもせず、低いトーンで男を脅した。ひええ、怖い。


「まあ……まあまあ落ち着いて」

「言ったろう、お前の都合は聞いてない」


 レイさんがナイフを男の首に近づけるとプッと皮膚が切れ、血が流れた。


「レイさん、殺しちゃだめです!」

「フィル出てきてはいけません」


 僕がレイさんに声をかけた一瞬の隙をついて、男が僕を捕まえようとした。しかし、一瞬で後ろ手に手をひねり挙げられて悲鳴をあげた。


「いだだだだ……!!」

「どこから持って来たか言いなさい。言わなければ殺します」

「待ってくれ! 言う! 言うから!」


 男は涙目になりながらぶんぶんと首を振った。


「ほれ、これを使いなさい」


 ホーマさんが奥から手錠を持ってきた。レイさんは容赦なくその手錠を男に填めた。


「さ、吐いてください」

「……先日捕まえた変な格好のガキ共が持ってたんだよ。ありゃきっと異民族だ」

「同じ人間ではないですか」

「ふん……」


 男が鼻をならした所をホーマさんがゴンと頭を叩いた。


「お前達、その子供らをどうした」

「……売り払おうと思って閉じ込めてる」

「よくこの街に入れたな」

「それはそのう……蛇の道は蛇よ」


 ホーマさんはそれを聞いて顔をしかめるともう一度男の頭をぶん殴った。なんて事だろう。僕もレイさんがいなければこんな風に捕まっていたかもしれない。


「レイさん、僕その子達を助けたい。力を貸してくれる!?」


 僕はレイさんに訴えた。レイさんはふわっと柔らかく微笑んだ。


「……それは命令ですね?」

「そうだよ」

「それじゃあ行きましょう」


 レイさんは男を三発程殴って居場所を聞いた。


「ホーマさんはどうする?」

「この男を見張らなきゃならんな」


 三人でロープでグルグル巻きにすると、僕とレイさんは子供達がつかまっているという一角に向けて駆けだした。


「レイさん、街の中で殺しをしたら駄目だからね」

「面倒ですけど、フィルが言うならしかたありませんね」


 僕達はやがてじめじめした裏通りに入っていった。


「このへんかー、いかにもって感じだな」

「三つの百合の文様のドアの家……ここですね」


 僕達はボロ屋の前に立った。ここに閉じ込められてるのか……。


「正面から行きます?」

「そうですね」


 と、いう訳で僕はそのドアをノックした。すると柄の悪い男がドアを開けた。


「……ああ!? なんだぼうず」

「何でも屋の使いで来ました」

「はあ? トマスが行ったろ、なんの用だ」

「子供達を解放して貰いたくて」

「は?」


 僕が男と離している間にレイさんが後ろにサッと回って男の首を締め上げた。


「ぐっ……」


 男はうめき声を上げて、失神したのか動かなくなった。


「どうした!?」


 その声を聞きつけて奥から仲間がやってきた。


「フィルが殺すなというから、手加減してあげますよ」


 レイさんは男達に向かってそう言い放つとにっこりと微笑んだ。

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