7話 何でも屋の仕事
「あ、起きましたか」
僕が目を覚ますと、レイさんは暖炉の火石を温めて鍋をかき回していた。僕はまだ眠気のなかでぼんやりとその姿を見ている。
「お母さんの夢を見ていたかもしれない」
「お母さんの?」
「うん、もう居ないけど……」
そう言って僕がベッドから起き上がると、レイさんは深皿を渡してきた。
「どうぞ、見よう見まねで作りました」
「ありがとう」
それは干し肉だけのスープだった。大して美味しいものでは無かったけれど。
「どうです?」
「うん、美味しいよ」
僕はそう答えた。レイさんが自分に作ってくれたのが嬉しかったからだ。
「さ、明日からお仕事だからこれ食べたら寝るね」
レイさんはその夜もやっぱりベッドに潜り込んできたけれど、僕はもう抵抗しなかった。
「それじゃ、この水虫の薬はヤードさんに。歯痛の薬はアンサムさんに。間違えるなよ? そしてこの修理の終わった遠眼鏡はゲランスさんに届けてくれ。場所の地図はこれだ」
「はい、分かりました」
この何でも屋は本当に何でも扱っていて、ホーマさんも自分で把握していないようだった。街の人は困ったらホーマさんに相談して、手が終えなければ専門の店に行ったりするそうだ。
「で、レイ。あんたは店番。ワシは奥で井戸の滑車を直しているから客が来たら教えてくれ」
「はーい」
と、いう訳で僕の何でも屋さんの手伝いの日々がはじまった。最初は届けものだけだったけれど、時々ホーマさんの作る薬を作るのを手伝ったりもしはじめた。
「わあ……出来た!」
「それは滋養強壮の薬だぞい」
目の前にはピンク色の液体の入った瓶が並んでいる。後から気づいたのだけど、僕は薬を作る分には特に失敗したりしないという事だ。どうして魔法だとあんなにダメダメなんだろう。未だにドラゴンを召喚できた事が納得できない。
「レイ、あんたはもうちょっと愛想よくしてくれるといいんだがな」
レイさんは日がな一日カウンターでワインを飲んでいる。笑顔もなく接客もしないが隠れファンなのか、大して用事もないのに店にやってくる男が増えた。ホーマさんはそんな男たちにこの滋養強壮薬を売りつけるつもりらしい。
「よく頑張ってくれたの。一月分の賃金だ」
そうして一ヶ月。給料日がやってきた。
「ありがとうございます」
支払いは銀貨にしてもらった。金貨だと使いづらいしね。と、いう訳で僕とレイさんは久し振りに買い物に出ている。
「レイさんはまたワインを買うの?」
「ええ、まとめて買えば安くなるってこの間お客が言ってたし」
「そっか……」
市場につくと、僕達は別れて僕は食料品を買いに向かった。今日は市の日で普段見ない露店も並んでいる。
「ぼっちゃん、いろいろ面白いものがあるよ」
特に買うつもりもなく店先を冷やかしていたら、とある雑貨屋で声をかけられた。
「このゲームは面白いよ、どうだい」
雑貨屋のおばさんは遊戯盤をすすめてきたが、僕は別の物に目がいっていた。
「これ、ワインのカップですか?」
「ああ、そうだよ」
それは竜をあしらった陶器のカップだった。……レイさんにぴったりだな。
「これ、いくらですか」
「銀貨三枚」
「一枚にしてください」
「じゃあ銀貨二枚に負けてあげる」
僕はそのカップを買った。それからチーズとパンを買い足して、レイさんとの待ち合わせ場所に向かう。
「フィル、遅かったのね」
「うん……これを買ってたから」
そう言って僕はカップをレイさんに差し出した。
「初めてのお給料だし、レイさんにはお世話になっているから……」
「フィル!」
言い終わるか終わらないかの瞬間にレイさんは僕に抱きついた。身長差で胸の中に飛び込む感じになった僕は慌てて離れた。
「もう! レイさん!」
「すまなかった。これを私に?」
レイさんはカップを持って嬉しそうにしている。買って良かった。
「フィル、早く帰ろう。これでワインが飲みたい」
「うん、分かったよ」
僕とレイさんが店に戻ると、ホーマさんがなんだか難しい顔をしていた。
「うーむ……」
「どうしたんです?」
「フィルか、買い物はすんだのかい」
「ええ。それ売り物ですか?」
ホーマさんの前には赤い球体が置かれていた。宝石だろうか。
「いや、これは鑑定してくれとある男が持ち込んで来たんだが……ノームの知恵を持ってしてもなんだか分からないんじゃ」
「宝石じゃないんですか?」
「ワシもなにかの石かと思ったんだがな」
ホーマさんはコンコン、とその球体を軽く叩いた。
「……空洞みたいな音がしますね」
「だろう?」
僕とホーマさんが首を傾げていると、レイさんがこともなげに言った。
「それは卵だ」
「……卵!?」
僕が驚いて聞き返すと、レイさんは頷いた。
「ドラゴンの卵だな。まだ小さいが」
「ドラゴンの卵?」
僕とホーマさんは顔を見合わせた。
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