6話 お買い物

「人間がいっぱいだな」


 レイさんは市場に出るとあたりを見渡した。


「さて何を買おう。食器は一揃い揃ってるから、鍋がいるかな」


 僕達は金物屋に向かった。鍋を一つ買った。そして野菜を少々。


「これで煮炊きは一応大丈夫だ。あとは桶にバケツに石鹸かな」


 今度は雑貨屋でそれらを買い求める。ついでに枕ももう一つ必要だと気づいて買い足した。


「どれ重い物は私に渡しなさい」

「ありがとうレイさん」


 僕は荷物を怪力のレイさんに任せた。ここまでの買い物で所持金は半分くらいになってしまった。


「あとは給料が出るまで節約だな……レイさん、何を見てるの」

「ん……あれ」


 レイさんが見ていたのは古着屋だった。レイさんも着替えが欲しいのかな。


「この上着、フィルが着ていたのに似ていますね」

「そういえばそうだね」


 レイさんは深い青のジャケットを手に取った。


「これを買いましょう」

「レイさん、レイさんには少し小さいですよ」

「何を言っているの。フィル、あなたのよ」


 レイさんは当然のように言うけど、僕は今新しい服を買えるくらいの余裕は無い。


「僕は今着ているのがあるから良いですよ」

「私がフィルに買ってあげるのよ」

「レイさんのお金はレイさんに使ってください」

「いいの、他に欲しいものもないし。フィルだって二人で使う物も買ったでしょ」


 そう言ってレイさんは強引に僕の上着を古着屋から買い上げた。


「もう……。ありがとうございます、大事に着ます」

「私はこれを買ったからもういいんだ」


 レイさんはいつの間にかワインの小さい樽を抱えていた。


「じゃあ戻りますか」


 僕達は買ったものをホーマさんの店の二階に置かせて貰ってから、宿屋に荷物を取りに行った。


「あら、もう仕事が見つかったの。あのノームのお爺さん偏屈なのにねぇ」


 宿屋の女将さんはそう言って喜んでくれた。すんなり採用になったのはレイさんのおかげかもしれない。


「それじゃあお世話になりました」


 僕は女将さんに頭を下げて宿を後にした。そして新居へと移る。


「けほけほ……ちょっとほこりっぽいな」

「私に任せてください、フィル」


 レイさんはさっと手を振った。すると部屋が一瞬で大掃除をしたようになった。


「浄化魔法かー……」

「そうです。フィルは使えないのですか」

「僕、操作がへったくそで……掃除前より汚しちゃうんだ」

「そうですか。今度一緒に練習しましょう」

「……そうだね」


 レイさんにはそう答えたけど、練習なら何度もやったんだ。その度に同室のサイラスから文句を言われていたんだけど。


「ホーマさん、引っ越し完了です」

「ほうほう、そうか。早かったの」

「大して荷物もありませんから」

「そうか、ではこれは引っ越し祝いだ」


 ホーマさんはナッツのケーキを渡してくれた。


「うちの家内の得意料理なんだ。きりきり働いてくれればまた持ってくるぞい」

「ありがとうございます」

「では、ここの鍵を渡しておく。店番をよろしくな。分かってると思うが店の物には手を付けないように」

「はい、分かりました」


 ホーマさんは長い髭を撫でながらうやうやしく鍵を渡してきた。紐のついたそれを、僕は首からかけて服の中に収めた。


「では、仕事は明日からだから、よろしくたのむぞ」

「はい。じゃあ、荷物を整理でもしています」


 僕がホーマさんに挨拶をして部屋に戻ると、レイさんは早速ワイン樽の封を切って飲んでいた。


「まったく昼間から……」

「硬いことを言わない。これはいつ飲んでも美味しい」


 僕はまた小言を言いそうになったが、レイさんのお金で買ったんだし好きにさせる事にした。


「はぁ、お腹空いた。このケーキでお昼にするか」


 僕は持っていた小さなナイフでケーキを切ると口に放り込んだ。


「んん!? 美味しい」


 いったいこれはなんというナッツなんだろう。コクがあり香ばしい丸いナッツがぎっしりと入っている。一切れで十分なくらいの重量感だ。


「ねぇ、レイさん」

「どうしたの、フィル」

「なんか……みんな親切で、僕ちょっと戸惑ってる」

「人間は助け合う生き物でしょ」

「そうなんだけど……」


 僕はごろりとベッドに転がった。するとレイさんがやってきて僕をひざまくらした。


「なんていうか、学校ではずっと競争で……僕は人の足を引っ張るばかりだったんだ」

「フィルが人の役に立ちたいと思えばそうする事はそんなに難しくないのよ」

「そうかな……僕、分かんないや」


 レイさんの白くて細い指が僕の髪を梳いている。ふとももの柔らかさに安堵感を覚えながら、僕は目を閉じた。


「フィル、いっぺんに色々あったから疲れているんじゃない?」

「そうかも……」


 静かに規則的に頭を撫でられていると、眠気が襲ってきた。僕はそのまま、レイさんの膝の上で眠りに落ちていった。

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