第106話 器→勇者→勇者
「消エろ・・・!」
かなりの高度まで上昇し眼下のレオン達に向かって今まで以上の大きさの魔力球を放つ。
これで俺の邪魔をする者はいなくなるはずだ。
「銀次君、皆、ごめん、なさい・・・」
唯一魔力が残っているであろう東雲さんも力なく謝罪し俯いたまま。
「ぐっ・・・ここまで、か。」
「ハビナよ。すまぬ・・・!」
レオン達は迫りくる魔力球に目を伏せた。
「それでも何もしないよりはっ・・・!」
メーシーが慌てて防御魔法を張るが、少ない魔力で造ったそれは目の前の脅威に対してあまりに無力だ。
「全く・・・やっぱりこれだから乳がデッカイだけの勇者は駄目なのです!ワンワン!」
突然そう言ってスララはその小さい身体をぴょんと跳ねさせ、特大の魔力球の前に立ちはだかった。
「スララちゃん!?ダメだよ!私の後ろへ・・・!」
メーシーがスララを止めようとするが自身も体に力が入らない。
「大丈夫なのです!ホントはご主人様にこんなはしたない姿を見せたくなかったのですけど。」
スララはそう言うと眼前の魔力球を前に大きく息を吸い込み―――――
パクン
スララの口はその小さな体の数十倍の大きさに膨れ上がり俺の放った魔力球を一飲みにしてしまった。
「ナ、何・・・?スララ・・・?」
俺はあまりに突然な出来事に戸惑いを隠しきれないでいた。
「スララちゃん!大丈夫!?今凄くお口が・・・」
東雲さんがスララに慌てて駆け寄る。
「た、食べちゃった・・・?」
メーシーも目を白黒させている。
「だから大丈夫っていったのです!ケプ。・・・わぁ!はしたない!ご主人様のが濃くて量も凄いですから・・・ワンワンなのです!」
お腹をぱんぱんに膨らませてげっぷをするスララ。
ふと見るとスララのしっぽが強く発光している。一体あいつは何者なんだ・・・?
(『ふ。流石は「器」と言った所か。』)
「?」
今一瞬リオウの声が聞こえた気がしたが・・・まぁいい。ならば何度でも・・・チ、俺の魔力も余り残ってはいない様だ。
「良くわかんねぇが助かったぜ!」
「だが・・・今だギンジ殿の魔力は尽きぬ様だな。」
「スララ殿もあの様子では次を防ぐ事は・・・」
亮汰、レオン、プラネの3人がおぼつかない足取りで一歩前に出る。
だが事態を好転させる手立ては残っていなかった。
「コラ!そこのデッカイ勇者!あたちがこんなに恥ずかしい思いをしたのです!あなたもうじうじしてないでやる事やるのです!」
スララがぱんぱんの腹で横になりながら東雲さんに説教をしている。
「そう、だよね。こんな小さい身体でスララちゃんは・・・でも、わたしは・・・もう・・・」
彼女は地面に投げ打たれている弓矢を上から押さえつけ手を震わせる。
そうか。彼女は・・・なら俺が楽にして――――
――――楽に?本当に俺は何がしたいんだ?俺は彼女を殺そうとした。だが彼女も以前俺を殺そうとした。だから殺す?関係ない獣人達や皆も?
そして俺はハビナを殺してしまった。俺が、この手で。もう裏切りたくない。裏切られたくない。でも力がなきゃまた裏切られる。いやだ。だから俺は。でもその先には?
(『銀次よ。力の奔流に捕らわれるな。流されては竜装化は制御出来ぬ。自分の本当の気持ちを強く持て。思い出せ!!』)
リオウ・・・?俺は・・・
自分の中で答えの出ない押し問答を繰り返している間にも俺の身体は勝手に俺の全てを絞る取る様に魔力を高めていた。
「ヴ、ぐ、ガ、がアアアあぁぁァァ!!!」
文字通り俺の全てが左手に集まった。
(『銀次!!』)
・・・!?そうだ!!俺は、俺は本当は・・・
そして無慈悲にも俺の口はもたらす結果をなぞる様に詠唱をしてしまう。
「『
止めろ。止めてくれ。俺は、本当は、全てを
————————————守りたいんだ!!
―――――
(『克服したな。・・・だが、間に合わなかったか。』)
全てを込めた巨大な光竜が放たれる。
直後、全魔力が尽きフッと竜装化が解け、ゆっくりと地面へと降下していく。
が、放たれてしまった竜言語魔法は呻りを上げ、文字通りレオン達を殲滅せんと進んでしまっていた。
最後の最後で意識が覚醒した事が幸いしたのか光竜の進行速度はそこまで速くは無い。
かなりの高度から放った事もありレオン達が傷ついていなければ避ける事は出来たかもしれないが・・・いや、避けたとしてもアレはこの辺り一帯を軽く吹き飛ばす威力があるはずだが。
「に、逃げろ・・・」
魔力が尽きた事で身体に力が入らない。目もかすむ。口の中もカラカラだ。舌もひび割れ、かすれた声でそれを言うだけで精一杯だった。
「皆・・・本当に、ごめん。」
終わった。そう思った直後、本来ならばここにいるはずの無い人物の声が響いた。
「ギンさん!!」
そこにいたのはゼェゼェと息を切らせた西城に背負われるハビナの姿があった。
ハビナは西城よりも大きく肩で息をしながら青白い顔をしている。
何故ここに・・・と言うか生きて・・・生きていてくれたのか。
声を掛けたいが掛ける言葉も口を開く体力も残っていない。
巨大な光の竜が刻一刻と迫っている中、ハビナが力の限り叫んだ。
「シノノメマユミィ!!貴様!何をやっている!!」
「ハビナちゃん・・・!け、怪我はもういいの!?」
東雲さんもハビナの登場に驚きつつ深手であったはずの傷を案じる。
「わたしの事はどうでもいい!!何故、貴様は何もしない!?今この状況を打開できるのは、ギンさんを助けられるのはシノノメマユミ!お前だけなんだぞ!それを・・・ゴホッ!ガハッ・・・!」
ハビナの口から鮮血が噴き出す。やはり俺の付けた傷は相当深い様で本来なら動く事など出来る状態ではないはずだ。
「ハビナちゃん!もう喋ったらあかん!ライーザさんが全力で回復してくれたけどまた傷が開いたら・・・!」
西城が抱えていたハビナをそっと地面に降ろし優しく顔を撫でる。ハビナの上半身には包帯が巻かれており胸の辺りから腹にかけてジクジクと血が滲んでいる。
「い、いいんだ・・・カオリ。それよりも・・・シノノメマユミ!聞け!正直貴様は好かん!ギンさんを裏切った張本人の一人だからな!」
「・・・」
ハビナの言葉に東雲さんはまた俯いてしまう。それでもハビナは続ける。
「だが!わたしにはわかる。貴様は本当にギンさんを思っているのだと。」
「うん。そうだね。でも実際に私は銀次君を裏切った。・・・もう、嫌なの!好きな人に私の矢が刺さる瞬間が!また誰かにその痛みを与えてしまうのが!」
東雲さんが子供が駄々をこねる様にイヤイヤと頭を大きく振る。
「だからまた裏切るのか!?二度も!ギンさんを!出来るのに諦めるのは、ぐふっ・・・はぁ、はぁ・・・裏切りだと言っている!!」
「!?」
ハビナの絶叫とも言える言葉に東雲さんは雷に打たれたようにハッとし立ち上がった。
彼女のその瞳には先程とは違い力強い光がたたえられている。
「ハビナちゃん!もうこれ以上あかんで!」
「あぁ・・・わかっている。ギンさんの嫁になるまで死ぬわけにはいかないから、な。」
「もう分かったから!」
「頼むぞ。マユミ・・・」
ハビナは限界が来たのか静かに目を塞いだ。その顔は良く見ると少しだけ微笑みを浮かべていた。
「ありがとう。ハビナちゃん。私はもう逃げない。裏切らない!」
東雲さんは地面に転がっていた弓を乱暴にガシャンと拾い、ある人物に向けて力強く弓をしならせる。
俺の放った超巨大光竜はすぐ間近まで迫っていた。
「あなたしかいない!お願いッ!亮汰君!」
「[マジックアロー:
腕の震えなど一切なく真っ直ぐに淡い緑色に輝く魔法矢が亮汰に向かって飛んでゆく。
「亮汰君、任せちゃってごめんね。後は、お願いね・・・」
東雲さんも俺やハビナの様に全てを先の一撃に賭けたのだろう。
そのまま意識を失いパタリと倒れ込んだ。
彼女の放った矢は亮汰の目の前でパァンと弾けその効果を発する。
「真弓ちゃん・・・うぉ!なんだこれ!?力だけじゃねぇ!魔力まで全快してやがる!おっしゃ!これなら!!」
力なく膝を付いていた亮汰がまるで羽の生えた様にぴょーんと起き上がり、気合と共にスキルを使用した。
「俺がコレで止める!!おおおおおお!![
轟音と共に亮汰の身体から金色のオーラが吹き上がる。スキルの発動を確認し眼前に迫る光竜を睨み付け、吠えた。
「っっしゃあっ!!いくぜ!!」
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