第103話 忍ぶ者たち
「・・・私は銀次君を裏切った、と思う。」
彼女の口から出た言葉は俺にとって厳しい現実を叩きつけるものだった。
出来れば否定して欲しかった。あれは私じゃない、偽物とか幻の類だよ、って。
「私のせいで銀次君を深く傷つけちゃった・・・許して、なんて言わない。本当にごめんなさい。」
東雲さんは頭を下げた。許してくれとは言わないんだな。という事は本当に・・・
だがあの状況を見ればこの返答は予想出来た事ではある。あの場所にいた誰もが見ていたのだ。
実際の彼女が矢を放ち俺を貫くところを。
それに彼女は俺の事を好き、なんて嘘までついて俺を騙そうとしてきた。
やはり、彼女は俺の敵、だったのだ。
「そうか。わかった。」
俺は湧き上がる黒い感情に任せて刀を握り締めそのまま抜刀する。
その黒い刀身は夜空に浮かぶ2つの月に青白く照らされ濡れた様に光を纏っている。
『銀次よ。お前は本当にそれで・・・まぁ我にはどちらでもいいがな。』
突然リオウが声をかけてきた。リオウにも思う所があるのか。
「・・・さあな。だが俺は・・・!」
殺すのか?俺は死ななかったのに?なら俺と同じ様に手足を切り飛ばすか?だが悲しむ奴がいる。
誰が?西城?亮汰?じゃあ、今さら気にしないで、なんて許すのか?いや、俺は誓ったじゃないか!必ず後悔させてやると!
そうだ!だから・・・!俺は・・・!俺は・・・!
「銀次君。大丈夫だよ。こんな事しか出来なくて、ごめん。」
東雲さんは苦笑しながらそう言って目をすっと閉じた。
「東雲さん・・・!う、うおおおぉぉぉぉ!!」
俺自身どういった感情なのか曖昧なまま刀を振り上げ力任せに真っ直ぐに振りおろし―――――
ハビナ・バーサスside
我が父上レオン・バーサスと人間であるヴァルハート王国の王女、確かエミリアとかいったか。その二人が乾杯の音頭を取ると皆グラスを合わせ楽しそうに食事や酒を楽しんでいた。
今だ奴隷化は解けていないものの数百人もの同胞が戻ってきた。それにライーザさんやカオリ以外の人間の事はまだ良い感情は持っていないが王女の名の元、人間と協力関係を結ぶことになった様だ。
あ、そういえばカセって人間もここに来ていたな。頭は悪そうだけど悪い奴ではなさそうだ。
ほんの少し前までは考えられないくらいの変化。まあそれもこれも我が夫(になる予定)のギンさんの力があってこそだ!
初めて会った時は大森林の奥地の方だったかな。いつもの様に父上の部下を連れて大森林を探検していた時だった。
なぜあんな所に人間が?とも思ったがボロボロの服にひょろっとした体格の癖して随分と偉そうなやつだと思い勝負をしかけた。今思うと随分と無謀な事をしたものだ。
案の定ボコボコにされて家で泣いてたっけ。それまで喧嘩でほとんど負けた事が無かった私の自信は粉々になったんだ。これも前にギンさんに話したがきっと今まで喧嘩してきた奴らは皆私に父上の影を見ていた。気づいていながらも結局私は天狗になっていた。
獣人はほとんどそうだと思うけど強い者が好きだ。もちろんそれが全てではないけれど。私は家で泣きながらも私を倒したギンさんの事が頭から離れなくなっていた。
しばらくしてギンさんが家に来た時は運命かと思った。その後父上が逆上してさすがに父上はマズイと思ったけど父上まで倒された。命を懸けてまで挑んだ父上を圧倒しその上、不思議なスキルで亡くなりかけていた父上の命をも救ってくれた。
もうそれからはギンさんに夢中だ。私をパワーアップさせてくれたし、ずっと会いたかった母上も取戻し前述の同胞まで・・・そんなギンさんが人間の国の国王になると言う。
ギンさんは強いだけでなく優しい人だ。無愛想な所はあるけど本当に皆を思っている。
ギンさんならば国を良くしてくれるだろう。そして私は嫁としてギンさんの隣にいるのだ。むふふふふ。
だがそんな素晴らしい人である彼にはライバルが多いのが悩みだ。私のするどい獣人の勘ではきっとカオリはギンさんの事が好きだ。
カオリは良い奴だから第二夫人にぐらいならしてやってもいいかな。それとライーザさんもギンさんの騎士になると言いギンさんにべったりだからな。注意が必要だ。
あのミズホ様も冗談か本気かよく分からないがギンさんにアピールを仕掛けている。
まあ私にはハナちゃんと言う恋愛の達人が付いているからな。ハナちゃんの言う事を聞いていれば大体の女には負ける事はないだろう。さっきも重いだけで邪魔だと思っていた胸でギンさんを挟んだら嬉しそうだったし。
「む、あれは・・・!」
ガジュージ君たちと酒を飲みながらギンさんの思い出に浸っているとギンさんがカオリたちと一緒にいる一人の人間に声をかけているのが見えた。
「・・・そっか。そうだよね。銀次君。今からちょっとだけ時間貰えるかな?」
あれはギンさんやカオリと同じ勇者のシノノメマユミだ!
聞けばシノノメはまだ強くなかったギンさんを回復と偽って攻撃しその腕を焼いたと言う。絶対に許さん!
「ありがとう。じゃあ少し夜風に当たりたいな。」
シノノメはそう言ってギンさんと二人でテラスの方へ向かって行った。
獅子族である私の集中したハビナイヤーにかかれば会話を拾うくらいお手の物だ。
「あれ?ハビナちゃん、どこに・・・」
あれは、何か嫌な予感がする。一緒に話していたガジュージ君の声を背中で聞きながらまずはカオリの所へ向かった。
「おい!カオリ!ギンさんとあの女は二人で何しに行ったんだ!?」
「ハビナちゃん。あぁ、まゆまゆと須藤なら多分・・・あの時の事を話してるんやと思う。須藤、許してくれるかな?ちゃんと何があったのか話せば須藤だって分かってくれるよな?」
カオリは心配そうに目を伏せながら答えた。あの時・・・恐らくギンさんが裏切られた時の事か。許せる訳ないだろう?カオリは何を言っているんだ。同じ仲間の事が気になるのだろうが・・・
「そんなに気になるんならカオリも一緒に行って許しを乞えばいいじゃないか。ほら、行くぞ!」
「え・・・でも・・・まゆまゆに二人で話させてって言われたし・・・」
カオリの腕を掴み一緒に連れて行こうとするがなにやらもごもごするだけでテラスへ行こうとしない。なんでもハッキリ言うカオリらしくもない。
「どうした?もしかして・・・カオリは恐いのか?二人が相反する所を見るのが。どちらの事も好きだから。」
「そう・・・かもしれへん。で、でもウチはまゆまゆが心配なんや!須藤は別にや!」
カオリは顔を赤くしながら必死に言い訳をしているぞ。確かこれはハナちゃんが言っていたツンなんとかってやつじゃないか?
「だったら尚更だ!私に付いて来い!」
「や、ちょ、ちょっとハビナちゃん!引っ張らんといて!」
煮え切らないカオリを強引に引きずってテラスへ向かう。後ろでガジュージ君とカセのすすり泣くような声が聞こえた気がするが今は一大事なので気にしていられない。
よし、ここからは隠密行動だ。カオリにも注意を促す。
私達はギンさんとシノノメが話している少し後ろの柱の陰に身を潜めた。
「ここの辺りが限界か。カオリ、気配を極力殺すように。」
「全く・・・まあええわ。ハビナちゃんありがとな。」
そう言うと香織はすぅっと呼吸を落ち着けて気配を薄くした。うん。なかなかの腕前だ。誰かに気配の消し方を学んだことがあるのだろうか。
・・・結局あの時、俺は必要とされなかったって事だ。
ギンさんたちの会話をハビナイヤーで拾っているとギンさんの消え入りそうな声が聞こえてきた。
あの時、とはギンさんが仲間に裏切られた時の事だろうか。いくらギンさんがまだ強くなかったとはいえ同胞を切り捨てるとは本当に人間の考えは理解できない。強い者が守ればいいのだ。
違うよ!少なくとも私は必要だった!だって銀次君が好きだから!
「何!?」
突然おかしな言葉が聞こえてきた。しまった。少し大きい声を出してしまった。
気配を消している意味が無くなってしまう。幸いバレなかったようだが。
「ど、どうしたん?何かあったんか?」
カオリがびっくりしながら小声で聞いてくる。カオリにはさっきの会話は聞こえないみたいだ。
「あのメイド勇者がギンさんに告白した!やはり嫌な予感はこれだったのか!」
「え?なんやって!?なんでさっきの流れでそうなんねん!まさか、まゆまゆが二人きりにしてって言うたのは・・・」
カオリも慌てている。それはそうだろう。カオリもギンさんが好きだからな。
おのれあの女狐め!いや、どちらかと言うと顔は狐より狸っぽいかな。
「シノノメマユミ!ギンさんが強くなったからと言って掌を返すのか!もう我慢ならな・・・あれ?ギンさん、何を・・・」
私の怒りが頂点に達しようとし飛び出してやろうと思った矢先、ギンさんがシノノメに向かって刀を突き付けていた。
「ハビナちゃん?何が・・・って須藤何してんの!?」
銀次君。大丈夫だよ。こんな事しか出来なくて、ごめん。
東雲さん・・・!う、うおおおぉぉぉぉ!!
「嫌っ!ハビナちゃん!お願い!須藤を止めて!」
「チッ!間に合うか!?カオリも来い![ブーストダッシュ]!!」
カオリの懇願を聞きながらも何故かギンさんを止めなくてはならないように感じた。
シノノメは憎むべき敵だ。でもギンさんに殺させてはいけない。じゃないとギンさんは・・・
私はカオリの腕を掴みスキルで一気にギンさんの元へ加速した。
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