第102話 メイド(勇者)の告白
彼女と話をしなくてはならない。東雲真弓さん。
俺を裏切り、俺の左手を焼いた女性。俺が密かにあこがれていた女性。
あれは誤射だったのか、故意だったのか。それとも他に理由が?
何にせよあれが引き金だった。その後俺は勇人に殺されかけ、外敵に次元の裂け目に落とされた。あの時そのまま死ななかったのは奇跡と言う他ないだろう。
手にしていたエールを一気に煽り彼女の元へ向かう。
その足は震えている。真実を知るのが恐いのかもしれない。
でも、これ以上逃げる訳にもいかない。
彼女は西城、亮汰と話をしている様だ。
ライーザさんとメーシーは獣人たちと一緒にいるみたいだ。ライーザさんは少しの間大森林にいたからわかるがメーシーの適応力は流石だな。
とはいえエルフのメーシーと鴇族のミズホが知り合いだったようだし他にも知ってる獣人がいるのかもな。
東雲さんに関しては先のハビナとの一件もありその表情は若干曇っている様にも見えた。
「しかしよぉ。真弓ちゃんが元気になってホントに良かったぜ!一時はどうなるかと思ったけどな!」
「ありがとう。亮汰君。でも・・・本当に良かった、のかな?あんな事した私はあのまま・・・」
「何ゆうてんねん!あれは何かの間違いや!そうやろ!?まゆまゆ!」
「でも私は・・・あ!ぎ、銀次君!お疲れ様!」
同期でもある勇者勢と話している彼女に声を掛けようとすると先にこちらに気が付いたようだ。やはりというかその表情は固い。
「ああ、確かになれないスピーチなんてものをやらされたから疲れたかな。ところで今の話良かったら俺にも聞かせてくれないか?」
「・・・そっか。そうだよね。銀次君。今からちょっとだけ時間貰えるかな?」
東雲さんは意を決したように答えた。その目は先程までとは違っていて真っ直ぐ俺を見つめていた。
「構わない。元より俺もそのつもりだったからな。」
「ありがとう。じゃあ少し夜風に当たりたいな。」
夜風か。確かこの広間には外のテラスに続いていると職人のゲンから先程聞いたな。
「だったらあっちで話すか。」
「待ってや!ウチも行くで!」
西城が自分も話に加わりたいと言ってきた。俺は別に構わないが。
「ううん。香織は待ってて。銀次君とは二人でお話しさせて欲しい。」
彼女はきっぱりと断った。彼女にしてはめずらしく少し強い口調でだ。
「まゆまゆ・・・わかった。須藤、まゆまゆを許したってや・・・」
「・・・行こうか。」
西城の願いに返答せずに俺は東雲さんと二人でテラスへと出てきた。
外は月と星の明りで青白く綺麗に大森林を染めている。
他の獣老の領地とは違いまだ住人も職人以外はほとんどいない為、虫の声以外は聞こえず本当に静かだ。
「ん~っ。風が気持ちいい~。それに本当に綺麗。この2つのお月様を見るとやっぱりここは異世界なんだって実感するよね。」
東雲さんはそう言いながら身体いっぱいに風を浴びるように手を広げている。
メイド服特有の妙に丈の短いスカートがパタパタとはためき絶妙なラインを保っている。
そういえばこの世界には月が2つある。しかも両方とも大きさが元の世界の月と比べて3倍以上ある。2つとも目に出来るのは意外と珍しいのだが。
現実世界では潮の満ち引きだとかに影響があるらしいがこの世界ではわからない。
「ああ。ついこの間まで会社のデスクに噛り付いて仕事してたなんて嘘みたいだ。本当に色々あって変わったな。特に俺や勇人なんかは特にさ。」
あの何でも完璧にこなす勇人があそこまで変貌するとは誰が予想していただろうか。
俺にしてもこの世界に召喚された当初はどうかわからないが現在はこんな風に人に言いたい事言える様な人間ではなかった気がするし。
「そうかなぁ?銀次君も勇人君もあんまり変わって無い様に思うけどなぁ。」
東雲さんはその小さい手を顎に当ててうーん、と頭をかしげている。
いや、考えるまでも無く変わっただろう。
「勇人君は元々人当たりがよくてお仕事も出来てた様に見えるけど内心では・・・ほら、銀次君も知ってたでしょ?時々勇人君が凄い恐い顔してるの。きっと勇人君は自分以外の人を今まで信じて来れなかったんじゃないかなぁって。」
驚いたな。東雲さんが勇人の事をそんな風に見ていたとは。
多分勇人の時折見せるあの人を見下すような顔を知っている人はほとんどいないと思っていた。本人も周りには気を付けていただろうし、特に女性の前では殊更気を使っていたはずだ。
「良く気づいたな。あいつも上手く隠してたと思ったけど。」
「私昔からなんとなくそういうのわかるんだ。」
「そうか。でも俺まで変わってないってのはどうなんだ?自分で言うのも何だが元々こんなに横柄な物言いはしてなかった自覚がある。」
しかし自分でも不思議だがなんでこんな感じになったのだろうか。リオウと契約してからだよな。
・・・わからん。裏切られてからの感情の変化が原因か?まあそんな事はどうでもいいか。
「銀次君は変わらないよ。確かにちょっと見た目とか雰囲気は変わったかもしれないけど。銀次君は以前と変わらない優しい人だよ。昔から。」
「俺が優しい?昔から?」
特に誰かに優しくした記憶はないんだけどな。それに昔からってなんだよ。東雲さんとは会社に入ってからの付き合いだ。まぁ言葉のあやだろう。
「あ・・・うん。香織からも色々聞いたよ。あんな事があった後でも香織やライーザさんの命を救ってくれて、二人のお願いを聞いて王女様やメーシー先生、それに私も助けてくれた。それに大森林の皆も銀次君の事を信用してるみたいだしね。」
いや、一度西城たちは放り出そうとしたんだが。あいつら覚えてないのか?
「それはその方が都合が良かったからだよ。完全な善意からじゃない。それに
「そんな事ないよ。力なんか無くっても銀次君はいつも自分に出来る事をやろうと精一杯やろうとしてるよ。この世界に来て初めて戦いを経験した時も周りを見て王女様のフォローしたり馬車移動の時は先頭に立って皆を休ませようとしてくれたりもしてた。」
「やれるのがそれくらいだったんだ!皆と違って俺が出来る事なんてほとんど無かった!俺だって本当はっ・・・!」
なんだろう。別に勇者としてじゃなくても出来る事があればいいと思っていた、はずだ。
「・・・結局あの時、俺は必要とされなかったって事だ。」
その結果として俺はああなったんだ。
「違うよ!少なくとも私は必要だった!だって銀次君が好きだから!・・・ハッ!?わ、私ったら・・・言っちゃった・・・」
「・・・え?今なんて・・・?」
東雲さんが俺を?ありえない。会社でだってそんなに話したことも無い。冗談に決まっている。
あ、同期として、友達として好きって意味なんだろう。じゃなきゃ意味が分からない。
危なかった。早とちりしてこちらが恥ずかしい思いをする所だったな。
・・・それに待てよ。よく考えるんだ。もし仮に彼女が言った事が本当だとしたら思い人に矢を討ち腕を焼くだろうか?焼かないよな。と、言う事は彼女の言っている事は嘘だ。また俺を騙すつもりだな。そうに違いない。
東雲さんをみると顔を真っ赤にして下を向いて恥ずかしそうに震えている。
だがもう俺は騙されないぞ。フフフ、童貞を舐めるなよ。
「ごめんね・・・突然変な事言って!今のは忘れて下さい!銀次君も私に聞きたい事あるんだよね?」
彼女は今だ顔を火照らせながら深々と頭を下げた。
突然おかしな事を言われた事で少し動揺してしまったな。よし、俺は冷静だ。多分。
「・・・話を戻そう。これから聞くことに正直に答えて欲しい。」
「わかった。約束するよ。」
東雲さんの顔はいつもの優しそうな顔に戻っていた。
さっきの事もあり俺は慎重にゆっくりと彼女に問いかけた。
「あんたは、俺を裏切ったのか?」
彼女は一瞬目を伏せたがすぐに顔を上げた。
「・・・私は銀次君を裏切った、と思う。」
そうか。
だとすれば俺は・・・
俺の心の奥底から黒い炎の様な感情がまたふつふつと湧きあがるのを感じた。
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