第71話 ルマハン草原事変




ついに俺が勇人に指定した日になった。現在の時間は正午より少し前。


大森林とヴァルハート王国の間にある草原には獣人たちと西城、ライーザさん、俺を含む大森林軍が集結していた。そういえばこの草原はルマハン草原という名前らしい。





まだ王国側の姿は見えていない。





俺たちの目の前には先日俺が設置した大規模魔法陣がある。攫ってきた亮汰と引き換えに王国側の奴隷獣人をその魔法陣に乗せて大森林に転移させればミッション完了だ。


何事もなければ、な。





大森林軍は総勢1000人程か。軍勢の数歩先には指揮官であるレオン、ガジュージと人間の西城、ライーザさんがいる。


俺は王国側に存在がばれるのを避けるためフードつきのマントをかぶり軍勢の中に紛れている。





先頭に立つレオンは腕を組み目をつぶり仁王立ちの状態であったがやがてくるりとこちらを向き深呼吸をする様に息を吸い込み草原に響き渡る声で叫んだ。





「皆の者!ついに人間共に卑劣にも捕えられ、理不尽に奴隷とされている我が同胞達を奪還する時が来た!!これはあるお方、皆も知っている獣老の一人、ギンジ殿の力添えがあってこその好機である!!」








うおおぉぉぉぉ!!





兄貴ぃぃぃぃ!!





最ッ高だぜぇぇぇえ!!





人間共め!ぶっ殺してやる!








獣人たちのボルテージは最高潮の様だ。





「はやる気持ちはわかる!だが焦ってはいけない。我らの目的は奴隷の解放だ!むやみに戦闘する事ではない!」





ガジュージが興奮する獣人たちに言い聞かせる様に言った。そうだ。あくまでも奴隷の奪還。それを成さねば意味が無い。





「みんな!絶対に皆の仲間を取り戻そうな!ウチがこんな事言えた義理やないけど精一杯頑張るからな!」





「私も今まで貴殿ら獣人には誤った認識を持っていた。だがそれは間違っていた!その事を王国の人間にも伝えたい!元ヴァルハートの騎士団長として!」





西城とライーザさんも獣人たちに向かって自分の想いを叫んでいる。誰が植えつけたのか知らないが人間達の獣人への間違った印象。それをぬぐいたいのだと。








いいぞ!カオリちゃん!!





よっ!安産型!!





騎士のねーちゃんも頼むぜ!





ふ、ふまれたい・・・!








意外、でもないか。獣人たちから西城とライーザさんにもエールが送られている。


二人ははっきりいっていい奴だと思う。西城は誰が安産型やねん!と怒ってるが。


しかしどうしていつも変なのが混じってるんだろうな。





「・・・!?来たぞ!王国軍だ!!」





ハビナが叫び指さす方を見て見ると草原の向こうから王国軍が数百人の奴隷獣人を連れて現れた。奴隷を抜いても目算で3000人程だろうか。


編成を見ると帝国から借り受けているという例の黒騎士たちの姿も多くみられる。





まだ遠巻きにしか見えないがその先頭には恐らく総帥である勇人の姿があった。が、おや?あいつを見てもそこまで怒りというかあのドス黒い感情が湧いてこないな・・・俺をどん底に叩き落とした奴、そいつを目にしただけで自分を抑えきれないかと危惧していたのだが・・・変だな?





やがて大規模魔法陣からやや離れた場所に陣を張った同盟軍の先頭にいる勇人が叫んだ。





「我ら王国の、いや、人間の希望である勇者カセを攫った卑劣な獣人共!!俺はヴァルハート・帝国同盟を率いる勇者ユウト・ジングウジである!」





確かに亮汰を攫って行ったのは間違ってはいない。だが・・・





「ふざけるな!先に我が同胞を奪っていったのは人間共!貴様らの方だ!」








そうだそうだ!





同胞を返せ!





ふざけんな!








勇人の言葉を受けてレオンが叫ぶ。獣人からすれば自分たちの仲間を使い強制的に奴隷として使われてきた。周りの獣人たちも怒りを抑えきれないようだ。





「静かにしろ!下等な獣共め!!こちらが名乗りをあげているにもかかわらずそちらの代表は名乗りもしない!獣は礼儀も知らぬようだな!」








全くこれだから獣人は!





獣臭ぇぞ!





暴れるしか能の無いくせによ!








「チッ・・・!人間め・・・!殺されたいか!!」





「母上!気持ちはわかりますが抑えて下さい!」





ハビナと一緒に待機しているプラネも怒りを顕にしている。訳の分からない言いがかりをつけられて無理もないな。俺も逆襲とは別の意味でキレそうだ。





王国側の理不尽な挑発にその場も一色触発状態になっている。まずいな。


人質交換どころかこのまま戦争になりそうな雰囲気だ。





「ちょっと落ち着いてや!獣人の皆!あんたら戦争しにきたんちゃうやろ!?目的を見失ったらあかんってガジュージ君も言ってたやん!!」





西城が獣人たちをなだめる様に言う。





「ヴァルハートの騎士たちよ!私の事を覚えているだろうか!いや、私の事などどうでもいい!なぜお前たちは守るべき国民に重税を課し、自らの力で事を成さず獣人を奴隷とし、小国を蹂躙する帝国と同盟を組む!?誇り高きヴァルハートの騎士よ!今自分たちがしている事を今一度考えてみてくれ!」





「そうや!ここにいる獣人の皆はボロボロになったうちらを受け入れてくれた!皆が思ってるような野蛮な人たちやない!あんた達人間と同じや!本当にいい人たちなんや!勇者のウチが保障する!」








あれは・・・団長・・・!?





生きていたのか!





それにカオリ様!?療養なさっているはずじゃ・・・?





勇者様が・・・?





確かに俺たちは自分さえよければいいと・・・





騎士の・・・誇り・・・








ライーザさんと西城がヴァルハート側に向かって思いを叫んだ。


かつてヴァルハート王国の騎士団をまとめあげたライーザさんのカリスマと勇者として皆の為に闘ってきた西城の言葉にヴァルハート側の兵士達から動揺が起こっているのを感じるな。





「ええい!同盟軍諸君!騙されるな!あれはライーザ騎士団長と勇者サイジョウを語る偽物だ!優先するのは捕えられている勇者カセの奪還だ!獣人共!本当にカセを返す気があるのか!?早く無事な姿を見せて見ろ!」








そうだ!そうだ!早く勇者様を返せ!





大方もう殺して食っちまったんじゃねぇか!?





獣人共は野蛮で卑怯だ!








少し風向きが変わってきたか。そう思った時、動揺を抑えつける様に勇人が叫ぶ。


それに続いて黒騎士と呼ばれる帝国兵が他を扇動するように叫び始めた。





だがやっぱり何かおかしい。勇人ってこんなに小物臭かったか?








タマス・チコック





人間 男性





レベル 20





物攻  90





魔攻  70





防   50





敏   60





スキル 変化の粧





称号 モノマネ師








・・・何が勇者を語る偽物だ。あいつが偽物じゃないか。


竜眼で確認するとスキルに変化の粧とあるし称号のモノマネ師。


あれは勇人が使った影武者って所か。どうりであいつに何の感情も沸かない訳だ。





って事は本物の勇人はどこにいるんだ?隠れているか、もしくは・・・








「チッ!口五月蠅い人間たちめ・・・まともな交渉も出来んのか!」





レオンが舌打ちをしながら支持をだすとライドホークのピーちゃんに乗った亮汰が後方から現れ獣人たちと同盟軍の間で滞空した。ちなみにミズホが護衛兼操舵手でついている。


通常大森林から出ないピーちゃんだが奴隷たちを解放する間だけ亮汰をピーちゃんに乗せて貰えないかと俺が頼み込んだ。


ピーちゃんは初め亮汰を見てえらく渋ったがミズホと一緒ならとなんとか了解を貰えたのだ。





「皆!俺はここだ!獣人たちは俺を丁重に扱ってくれている!安心してくれ!」





同盟軍は初めてライドホークを見るものが大半な様で驚きの表情だ。





「さあ!カセ殿の安全は保障してある!そちらも今すぐに我が同胞を解放して貰おうか!!同胞をこちらに歩かせこの魔法陣に乗せるのだ!同時にカセ殿もそちらに降ろそう!」





レオンは亮汰と奴隷の交換をせまる。勇人、じゃなかった。偽物野郎はギリっと奥噛みすると兵士たちに指示を出した。





「ふん!奴隷共をあちらに歩かせろ!その後は・・・わかっているな?」





兵士たちはこくんと頷くと奴隷である獣人たちを解放した。

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