第70話 それぞれの想い
ミズホのスキル、脊黒羽のもう一つの特性である「羽を刺した相手を操る」という能力を使って門番の兵士を操った俺たちはそいつに連れられて会議室の前に来ていた。
途中、巡回の黒騎士が門番を見ていぶかしげな顔をしていたが(顔は見えないけど)門番は俺たちの事を「極上の奴隷を総帥に献上する奴隷商人」として押し切った。
ミズホめ、誰が奴隷商人だ。自分を「極上の」なんて言わせていたし。
「こ、ここが今現在総帥を含む議員の方たちが会議を行っている大会議室になります!ぶひぃ~!」
「お疲れ様。子豚ちゃん。いい子だったわね~。」
「は、はいぃ!ありがとうございます!」
「それじゃあギンジ君。この子豚ちゃんに伝えたい事を言って一緒に書状を渡して貰いましょう?それともこのままギンジ君が行っちゃう?」
本来ならそうしたいのは山々だが・・・恐らく今、俺は勇人を目の前にし交渉して立ち去るなんて事が出来るとは思えない。
あの日、暗い霧の中で俺に見せたあの表情、あの言葉、焼けた左腕を切り飛ばされた痛み、絶望感、それらを思い出してきて口の中がチリチリと乾く。自分の心臓の音が五月蠅い。思い出すだけで自分の感情が高まっているのを感じる。
目の前にしてしまったら止められない、抑えられないだろう。
そんな感情に身を任せてしまってもいいじゃないか、ともう一人の俺が囁くが・・・いや、それをやれば奴隷獣人は帰って来ない。後は王女とメーシー、それに東雲か。きっちり全員一度に奪還しなければどこかに移送されてしまう恐れもある。
それはイコール大森林にいる仲間を裏切る事になる。俺を信じ、なぜか慕ってくれるやつらを。
そうか、俺はあいつらを仲間だと感じているのか。元々俺が勝手に提案した事だ。絶対に成功させよう。
「ギンジ君?どうしたの?この子にはわたしとギンジ君の言う事を聞くようにしてあるから。」
「すまない。考え事をしていた。いいか?子豚ちゃん。この書状を持って勇人に対してこう言うんだ・・・」
俺は門番の兵士、もとい子豚ちゃんに勇人に伝えるべき内容を告げた。
奴がこの世界で上手くやろうとしているのならばこれで勇人は動くだろう。
子豚ちゃんはミズホに撫でられぶひぃと一鳴きすると会議室に走っていった。
「よし。戻ろうか。そういえばミズホ、あの子豚ちゃんはずっとあのままなのか?」
それはそれで不憫な気がする。
「あら~。心配いらないわ。あの羽が抜かれなければ2日、3日で元に戻るんじゃないかしら?多分ね~。」
まあ戻らなかったとしても別にいいか。新たな扉を開けてしまったのは申し訳ないが。
「そうか。じゃあ何か騒ぎになる前に戻ろう。・・・『
・・・・・
「うー。遅い!遅いぞ!ギンさんは大丈夫なのだろうか・・・人間の汚い罠に嵌められたりしていないだろうか・・・」
「大丈夫やってハビナちゃん!今の須藤がどうこうされるはずないやん!仮にも嫁を名乗るんやったらその胸みたいにドンと構えてればええんや!ジャナイトウチガ・・・」
「カオリ殿の言う通りだ。それにミズホ殿もついている。彼女の実力も計り知れない部分を感じるからな。」
「カオリやライーザさんの言う事はわかる!わかるが・・・」
「ただいま。」
「行ってきましたよ~。」
「・・・!?ギンさんー!」
取り急ぎ俺の領地にゲートで飛んできたが着いた瞬間突然ハビナが俺に抱きついてきた。
「お!?な、なんだ!やめろ!苦しい・・・」
「良かった!また以前の仲間に騙されたりしていないかと心配したぞ!」
「ぷはっ!全く、窒息させる気か!・・・ハビナのいう様な心配は今の俺にはまずありえない。それに俺が信じるのはリオウと・・・仲間のお前たちだ。」
「ギンジ殿・・・!あなたと共に必ず王国の再興を!」
「あはは!須藤がデレたで!」
「ご主人様ー!あたちはいつでもどこでもご主人様の味方なのです!」
「ハビナよ。私に劣らず良き夫を見つけたようだな?」
「ガハハ!プラネもこう言っているし俺もそう思うぞ!」
なんだか恥ずかしい事を言ってしまった気がするな。周りを良く見るとレオン、プラネの他にもサルパもいてうんうん頷いてるしガジュージは若干涙目だが・・・
「ま、まぁ、とりあえず無事総帥殿に書状は渡ったはずだ。あとは2日後の正午を待つのみ。その時の流れは以前話したように頼む。」
皆は再度決意を固めるように力強く頷いてくれた。
「よし。2日後まで各自準備を進めていてくれ。朝一番またここに集まろう。俺は・・・最後に亮汰ともう一度話をしてくる。」
俺は自分の屋敷とは別の倉庫にいる亮汰を訪ねた。
「おい、起きてるか?」
扉を開けると亮汰は以外にも座禅を組んでいるかの様に静かに座っていた。
亮汰には見張りは付けているが俺の判断で、ある程度自由にしても問題ないだろうと拘束はしていない。
「ああ、銀次か。勇人には会えたのか?あいつちょっと変じゃなかったか?」
「いや、会わなかった。冷静を保つ自信がなかったからな。俺の目的は今も先も俺を裏切った奴への逆襲であるがこの闘いは俺を信じてくれた獣人たちの為でもある。先走って奴隷たちが亡き者にされたりしたらあいつらに顔向けできないからな。」
そう言うと亮汰は少し考えるそぶりをして静かに言った。
「そっか。なあ、銀次。俺たち訳の分かんねえうちにここに連れて来られてさ。勇者だ、救世主だなんて言われて。それで特別な存在だ!なんて正直、浮かれてたんだ。俺は。」
「・・・ああ、そうだな。」
実際俺だって当初は戸惑ってはいたが異世界召喚、勇者として俺たちを特別扱いしてくれる人々、それに俺の好きなゲームのような剣と魔法の世界。ワクワクしていたのは嘘ではない。
「初めは俺にしか出来ない事があるんだったら何とかしようと思った。だけどよ。帝国との同盟が決まってからは特に感じたんだが自分の権力に固執する政治家、その権力にすり寄ってくる女。ほかにもなんとなく俺たちのいた世界と変わんねえんだって思った。」
「・・・・」
「俺も知らない内に前にいた世界の自分に戻ってった。客の機嫌を取って仕事の一部として甘い汁を吸っていた頃のな。だから奴隷制度みてぇなものが帝国から入ってきてもこの世界の在り方なんだって思い込んでたんだ。」
まあ俺の知ってる亮汰はそういう印象だ。
「その顔は前から俺の事そういう目で見てやがったな!?まあ実際そうだよな。セク○ャバや○俗の領収書回すぐれえだからな。」
「馬鹿なんじゃないかと思ったよ。」
「チッ・・・!俺も通ればラッキーぐらいだったけどよ。それは良いとして、ここで獣人のガキ共と戯れてるうちにこいつらの親も奴隷としてひでえ目にあってたりするんじゃないのか?なんて考えてさ。実際何人かは親、兄弟が奴隷になってるガキもいたよ。」
「それを見て気が変わったと?」
「まあそんなとこだ。獣人のやつらって面白くて気の良い奴ばっかなんだよ。王国のギスギスしてたり勇者だからって腫物扱いしてくるやつもいねぇ。こいつらの力になりてぇってな。」
それは俺も思った事だ。鴇族の乱獲があったりで獣人が人間を嫌いになっても人間が獣人を差別する理由がない。
やはり人間は自分たちより秀でている者に徒党を組んで強く当たる傾向があるよな。身体的スペックじゃ獣人の方が高いから。
「・・・亮汰の考えはわかった。だが2日後の交渉の時に亮汰がそれを言ったらまずいな。加瀬総帥補佐は裏切った。助ける必要はないってなる可能性もある。」
そうすれば奴隷解放は決裂しただの戦争になってしまう。それじゃあ意味が無い。
「わかってるって!奴隷解放が成功したら俺も帝国へ行って奴隷制度の撤廃とかを訴えてみようと思ったりしてるんだぜ!その為にも2日後はおとなしく神輿になるさ。」
「そっか。」
そういう亮汰に頼むよと言い倉庫を後にした。何で俺は人質に頼むなんて言ってるんだ?
だがあの脳筋である亮汰も変わっていっている。
俺も変わっていくのだろうか。何かしら正当な理由があれば俺を裏切って俺の精神をどん底に叩き落とした連中を許すのだろうか。
それは無い。暗く汚い感情なのは分かっている。だが"逆襲"これが俺の生きている意味だ。
絶対に許さない。
リオウに力を貰ったあの時にそう誓ったはずだ。
(銀次よ。我はどこまでもお前と共にあろう。)
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