第2話

前村長(セクター長)はこのような人物である。沼尾博行(ぬまお・ひろゆき)、1947年、栃木県生まれ、玉川大学文学部卒業、民間会社を経て、1972年宇都宮市役所入所。

教育委員会学校教育課、広報課を経て、89年に商業観光課観光係長となり「餃子のまちづくり」を仕掛ける。その後、農林振興課長、商工部長を経て㈱ロマンチック村社長を歴任、2007年3月末退任する。何年間か菅野君の上司であった。


菅野君の話によると、こういうことだ。

 栃木県には日光、那須という有名な観光地があるが、宇都宮市ではない。唯一の観光資源であった大谷石の採掘場跡地が、1990年に大規模な陥没に襲われるという事故があった。

 宇都宮は大谷石が特産品であり、メインの観光資源でもあった場所がこういった事故に見舞われ、観光課としては何とかイメージを払拭する打開策を検討するハメに至った。当時観光課係長であった沼尾氏はその任に着いた。ある研修会で宇都宮が餃子の消費量が全国一であるという家計調査に注目し、餃子で町おこしをしたらどうかという提案があった。沼尾氏自身、餃子が好きでよく食べ歩いていたこともあり、「これだ!」と直感的に感じ、餃子で町おこしをすることに決めた。「餃子で町おこし?」と訝る意見もあったが、沼尾氏は頓着しなかった。

まずは宇都宮市内の餃子店のマップ作りから始めた。そんな中、粘り強く店を回っているうちに5人の餃子店経営者が話を聞いてくれるようになった。彼らを中心に1993年に『宇都宮餃子会』が発足する。一旦協力することに決めた民間人のバイタリティーはすさまじく、市の予算が出るわけでもないが、揃いのTシャツを作り、イベント企画が催された。

 そんな時にブレイクするチャンスがやって来た。それは、当時人気タレントだった山田邦子が司会を務めていた人気番組『おまかせ!山田商会』で紹介されることが決まったのである。


 始まりは市内の高校生が文化祭を盛り上げてほしいと番組宛に手紙を送ったのがきっかけだった。その打ち合わせのため、商業観光課にやってきたテレビ東京のプロデューサへ、宇都宮餃子を全国にPRする絶好のチャンスと、沼尾氏は「宇都宮でいま一番のホットな話題は餃子だ」と熱く語った。その熱意が通じたのか、宇都宮の餃子を売るためのプロジェクトを組むという企画の番組が、7回連続放映で決定した。このプロジェクトは、市長にも承認を得て、市を挙げてのプロジェクトとなった。

 さすがはTV局である。早速、アピールに向け、CMソング、キャラクター、アイドルが作られた。「宇都宮市民の餃子に対する熱い思いを具体化したシンボルが欲しい」とプロデューサが言った。市は早速、駅前に今では有名になった『餃子の石像』を作った。このテレビ番組の放映に触発されたかのように、他社の取材も申し込まれ、芸能人が宇都宮を訪ね、餃子店を食べ歩く様子がたびたび放映されるようになった。これらによって、『餃子の街・宇都宮』の認知度は一気に高まり、餃子を食べに全国から多くの人が宇都宮を訪れるようになったのである。


 近藤君が家計調査で宇都宮が餃子の消費量が全国一になった理由を語ってくれた。近藤君は、山形出身だが、地元の女子学生と結婚して宇都宮に残った。地元の大手百貨店である『東武百貨店』の営業部長を勤めた人物である。空手2段、囲碁3段、寮では懲罰委員長を勤めた威風堂々の風格ある人物である。「誠」と書いた旗を背にする新選組近藤隊長といったところだ。順々とした語り口は、その山形訛りと相まって妙に説得力がある。

 彼によると、宇都宮市の餃子の始まりは、宇都宮師管区とする陸軍第14師団が、1940年(昭和15年)8月以降、衛戍地を満州としたことから宇都宮出身の将兵が帰国に際して本場の餃子の製法を持ち込んだのが始まりらしい。

 そして、栃木県は、ニラ、白菜、キャベツ、小麦の産地であり、戦後の食糧難の時代、材料を調達するのが容易であったこと。手軽でお年寄りから子どもまで安心して食べられたこと。貧しい生活のなかでも、栄養価の高い餃子は、食卓に欠かせない一品となり根付いたとのことである。

「北風よ、関西では野菜の具のメインは何を使う?」と、近藤君が質問してきた。

「キャベツと違うんか」と答えると、「やっぱりそうか、こっちでは白菜を使う。本場中国は白菜なのだ。最近3年ほど、餃子よく食べる日本一を浜松市に奪われていたのだ。宇都宮餃子の面子に関わると、官民あげての「餃子を食べよう!」運動があって、昨年首位に返り咲いたのだよ。その浜松がキャベツなんだ。西はキャベツなのかなぁー」と言った。


ここまでなら、ネットでも調べられる情報である。話はこれから続く。


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