第3話 柏木春子と死神『レオン』



安田佑都と柏木春子は同じ町に住んでいた

面識はまったくない

同じ時期にこの町で暮らしていたというだけなのだ。


安田春子昭和11年5月14日生まれの83歳


春子の夫、昭吉は15年ほど前にこの世を去り

春子はこの広い屋敷に1人で暮らしていた。

(正確には死神も一緒に)

手先の器用だった昭吉がひとりで作りあげた庭も今は荒れ果てて昔の美しかった姿も雑草で覆い隠されておりました。

生活には苦労しないくらいのお金も残されていたので、贅沢しなければ生きて行くことに不安はなかったのです。


昭吉と春子は東北の田舎町で生まれ育ちそして出会い結ばれた。

春子の父親は神社などの鳥居なども作る石材業を営んでいたので春子は裕福な家庭でなに不自由なく育った。


初めて出会ったのは昭吉10歳、春子8歳の時だった、使用人として雇われたのが

昭吉の母親タミ

父親の顔も知らない昭吉とタミはたった二人の家族だった。


住み込みの使用人のタミと息子の昭吉に与えられたのは、朽ち果てそうな納戸だったが、母と子は幸せだった。



春子と昭吉は二人で遊ぶことはほとんどなかったのだが、小学校には二人で通学する事になった、娘を愛する父親は護衛役に昭吉と通学するのを認めたのだ。


二人はほとんど話すこともなく、同じ道を毎日歩いた


でも、その頃から二人は恋に落ちていたのかもしれない。


時は過ぎ、春子17歳昭吉19歳の時に、春子に縁談の話が持ち上がった


昭吉の母親タミは、息子が春子に恋をしていることに気づいていた。

そして春子も昭吉に恋をしていることも


祝言をあげるのは春子が18歳になったあとの6月に決まっていた

春子の気持ちも気づかぬ父親だったのだ


ある日タミは息子に聞いた、「春子ちゃんをこのまま嫁がせていいの?」

「母さんは好きな人、あなたの父さんとは結ばれなかった、スゴくつらかったの」「でもあなたを生むことができて幸せだった、大事な息子の悲しい顔はみたくないの」

「二人で逃げなさい!母さんのことは心配しなくていいから」

母と息子は抱き合って泣いた


次の日に昭吉は春子に思いを伝えた


春子は泣きながらうなづいた


「私は昭吉さんについて行きます」



二人はその日の夜に育った町を離れた



春子の朝の日課は仏壇に手を合わせ

昭吉に声をかける

「お父さん…昭吉さんそろそろ迎えに来て下さい」


その後ろ姿をみているのは、春子とともに生まれた死神だった

まじめなサラリーマンのような風貌ふうぼうで名前は「レオン」


春子は数年前から認知症を患っていた


処方された薬アリセプトは認知症の薬だと春子は知っていたのだが、飲む量は確実に増えていた


あと、どのくらいで記憶は無くなるのかしら


春子は不安だったのだ。





それでは第38,456回の死神報告会議を初めます


司会進行はマリオンとは違うタイプだがピンクのショートカットの綺麗な死神だ、そしてNice bodyであった


そして中央の花に囲まれた大きな椅子に座っているのは「マリオン」

相変わらず天使のような美しさである



今回の会合は保留になっている未執行の案件の進捗情報しんちょくじょうほうを報告してもらうためです。

1人づつ報告して下さい


25人目に呼ばれたのは


「柏木春子担当"レオン"前に」


「ところでどうなのレオン?」

マリオンは聞く

「はい、春子様は今年に入り認知症の進行がかなりすすんでおります」

「昔の事を話されることが多くなっておられますし毎日、昭吉さんを思い出して泣いておられます」

「僕は春子様が一番美しくて幸せだった記憶に包まれた時に最後を迎えてもらいたいと思ってます」


「レオンはまじめで優しいのね、それはきっと優しい春子さんと一緒に生まれずっとそばで見ていたからでしょうね」


死神にも苦悩はある

どんなに幸せになって欲しくても、どんなに生きていて欲しくても全ての条件が揃えば、ハンコを押さざるをえないからだ。


「柏木春子さんの事はレオン、あなたが良くわかってるから任せるわね」


「よく頑張ったわねレオン」





その数ヶ月後"レオン"はハンコを押した


昭吉と春子の幸せそうな笑顔を見届けてから


春子とともに死神"レオン"はこの世から消滅した


2019年6月18日(火曜日)





一方

安田佑都の家では死神"クレイジーダイヤモンド"が正座させられて説教の真っ最中だった


「勝手に僕のパソコンでエロゲーすんのは止めてくれよ」

「…佑都君ごめんなさい」

「あ~!もう一つのゲームのレベル上げは助かるから続けていいけど」

佑都と死神は二人で笑った


この生活もまんざら悪くないなと佑都も思い出していたのだ。






あの日死神のポケットにはハンコがちゃんと入っていた事も


あえて押さなかった事も


その時佑都は知らなかったのだ。

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