二話 むかえに行こう
その日の夜に、ぼくはさっそく家を出た。
長いお出かけになるかもしれないから、ごはんをいっぱい食べてきてる。
ところであの空には、どうやって行けばいいんだろう?
ぼくは、ほかのネコたちに聞いてみることにした。
「あの、すみません」
「なんだい?」
そのネコは、いちばん体が細いネコで、短いグレーの毛を持ってる。
ぼくがケンカを始めた時に、いつもそっとアインツをはなしてくれるお兄さんネコだ。
「あの空の、光ってるところに行きたいんだ。どうやって行けるか、知らない?」
ぼくが聞くと、お兄さんネコは首を横にふった。
「知らないなあ。プルミエルは星の川に行きたいの? あそこは行かないほうが、いいと思うよ」
「それでも行かなくちゃ。アインツがおりられなくて、こまってるんだ」
「たしかに、高いところだからなあ」
お兄さんネコは、夜空を見上げて言う。
ぼくも、お兄さんネコみたいに夜空を見上げた。
すごく、高くてとおい。
あんなところに、アインツはどうやってのぼって行ったんだろう。
まったく、せわがやけるなあ、とぼくが思った時に。
お兄さんネコが、あっそうだ、と言った。
「プルミエル、姉さんネコに聞いてみたら? あのネコは色んなところに行ってるから、星の川にも行ったことが、あるかもしれないよ?」
「そうだね。そうしてみるよ。ありがとう」
お兄さんネコとさよならすると、ぼくは姉さんネコのところに行く。
姉さんネコは、いちばんこわいネコで、黒と茶色のシマシマな毛を持ってる。
おこった時は、すっごくこわい。
ぼくは何回もおこられた。
でも姉さんネコは物知りだから。
おこらせなければ、いろんなことを教えてくれる。
会いに行くのは、ちょっとこわいけど。
ぼくは兄ちゃんだ。
アインツを、たすけてあげなくちゃ。
姉さんネコは、レンガのへいの上で、ちょこんと座っていた。
「あらプルミエル。今日は一匹なのかしら。アインツは?」
ゆったりとしっぽをくねらせる姉さんネコ。
今日はおこってないみたい。
ぼくは、姉さんネコを見上げて答えた。
「アインツは、星の川まで行っておりられなくなったんだ。ぼくがアインツをつれてかえって来るから、星の川までどうやって行ったらいいのか、知ってたら教えてほしいんだけど。ダメですか?」
それでも、ぼくにとって姉さんネコは、やっぱりちょっとこわくて。
シュンと、しっぽがさがりながら、おそるおそる聞いてみたら。
姉さんネコは、うーん、と言って首をかたむけた。
そのあと、ピョコンとへいからおりてくると、ストンとぼくの前に飛びおりてくる。
「教えてあげてもいいけれど、ちゃんとかえって来られるかしら。どうやって行くのかは教えてあげられるけれど、かえる方法は知らないのよ」
「それでもいいよ。おしえて!」
ぼくが、しっぽをグイッと上げて、いっしょうけんめいにお願いしたら。
姉さんネコは、しょうがないわね、と言いながらおしえてくれた。
「まずは鳥のせなかに、のせてもらうのよ」
姉さんネコに言われたとおり、ぼくは大きな鳥さんのせなかに、のせてもらうことにした。
ぼくは、大きな大きな木の、高いところにあるえだの上に立っている鳥を見つける。
はいいろの羽をていねいにたたんで、かたほうの目をつむって、ねたフリをしていた。
ぼくが木のねっこから、おーい、と声をかける。
「おーい、はいいろの鳥さん。星の川まで行きたいんだ。キミのせなかに、ぼくをのせてよ」
「星の川? あんなに、とおいトコロまで何をしに行くんだよ?」
「弟をたすけに行くんだ」
それはたいへんだ、と言って鳥さんは、ぼくをせなかにのせてくれた。
やさしい鳥さんでよかった。
これで、アインツのところへ行ける。
ぼくは木をスルスルのぼって、鳥さんのせなかまでピョーンとジャンプすると。
鳥さんのあったかい、せなかの上にすわりこんだ。
「スピード出すよ。つかまって。ツメは立てないで。イタイからね」
ぼくは、うん、と言ってうなずくと。
鳥さんのせなかにハナと前足を、そっともぐらせて、しっかりとつかまる。
鳥さんがビュンと飛ぶと、あっという間に夜空をのぼっていった。
風がピュウピュウ、ぼくの頭に当たっていく。
でも、まちはどんどん、小さくなった。
小さくなって、小さくなって。
電気や、赤青黄色のしんごうの光が、ただピカピカ光ってるのしか見えない。
「わあ! キレイ!」
ぼくが、おどろいていると、鳥さんが言う。
「そうだろう? 空から見下ろしたまちは、ネコには見られないもんな」
鳥さんのことばに、うんうん、となんどもうなずくぼく。
だけど、鳥さんといっしょに空を飛ぶのは、もうおしまいだ。
気がついたら、ぼくと鳥さんは、さいしょの雲のとなりにいた。
上を見れば、白い雲のたなが、なんだんも、なんだんもある。
次は、このたなをのぼって、あの金色の、丸い月の池まで行かなくちゃ。
ぼくは、鳥さんのせなかをおりて、雲の上にのる。
ふりむくと、鳥さんがツバサをフワリフワリとあおがせて、ぼくを見ていた。
鳥さんは、ニッと笑っている。
「キミをつれて行けるのはここまで。クロネコくん、きっと弟をたすけるんだぞ」
「うん! ありがとう鳥さん!」
鳥さんとさよならすると、ぼくは雲の上を歩く。
フワフワで、ちょびっとだけ、つめたい雲の上。
とっても気持ちいい。
下を見ると、いろいろな光がピカピカ光ってる。
ぼくはそれを見ながら歩いていたけれど、ふと、よいしょよいしょ、と言う声が聞こえた。
だれの声だろう、と思って雲のたなを見上げると。
ずっと向こうに、知らない白ネコが立っている。
ちょっと見ただけでは、ネコか雲か分からない、まっしろでフワフワな毛のネコ。
ぼくは走って、そのネコのところまで行った。
「キミも星の川に行くの?」
ぼくが聞くと、白ネコは目を細くして、しっぽをふった。
そうだね、と答えた白ネコの声は、とっても低くてガラガラしてて、ゆっくりだ。
どうやら、おばあちゃんネコらしい。
「アタシは星の川へ行くのは、もう八回目になるよ。なんど行ってもステキなところさ。次に来た時には、アタシは星の川に住むんだ」
「ぼくは星の川にすんだりしない。直次がいる家にかえるよ。弟が星の川にいるから、兄ちゃんのぼくが、むかえに行くんだ。弟と二匹で、かえるんだよ」
そう言ったぼくのことばを聞いて、おばあちゃんネコは、少ししずかになりながら。
ずっと上を見上げて、すわる。
きゅうに歩くのをやめたおばあちゃんネコを、ふしぎに思って。
ぼくはおばあちゃんの横から、顔をのぞきこんで聞いてみる。
「おばあちゃん? どうしたの?」
でもおばあちゃんは、ぼくのしつもんに答えてくれない。
まるで、ひとりごとをつぶやくように、ぼくに言った。
「そうだね。どちらにしろ、早く行ったほうがいい。ぼうや、アタシのことは放って、先にお行き。弟くんに会えるといいね」
よくわからないけど、先に行きなさい、っておばあちゃんネコが言うから。
ぼくは元気よく、へんじした。
「うん! ばいばい、おばあちゃん!」
ぼくは、タッタッタッと走り出す。
雲のたなをピョンピョン飛びこえて、どんどん上にあがった。
家がまた、ずうっと、とおくなる。
雲のたなをのぼっていると、ときどきほかのネコと出会ったけれど。
みんな、早く行けって、ぼくに言った。
だからぼくは、どんどん先にすすんで行く。
そうして、ぜんぶで七匹のネコとすれちがうと、まんまるな月の池の前まで来た。
金色に光る月の池は、まぶしくてクラクラしそうだ。
この池をわたれば、星の川まであとちょっと、だけど。
月の池は、とっても広い。
もしも、池のとちゅうで泳げなくなったら、ぼくはどうなっちゃうのかな。
この池の水をゴクゴクのんでみたら、水がぜんぶ、なくなったりするかもしれない。
池の水面をじっと見つめると、ぼくの顔がうつった。
黒い毛の中に白い点が見える。
「だいじょうぶ、だよ」
とぼくは、ぼくに向けて言った。
ぼくはアインツじゃないから、おくびょうじゃない。
こんな池だって、怖くなんかない!
今までぼくは、いろんなことをしてきたんだ。
ケンカだって、このあいだは勝てた。
虫も、つかまえたことがある。
ごはんをよこどりするのは、悪いことだから、さすがに、できなかったけれど。
それでも、ぼくなら出来るはずだ!
ゆうきを出して、ぼくは月の池に飛びこんだ。
ジャパンッと、水が大きくはねる。
池の水は、すごく、すごく、ヒヤリとつめたくて。
ぼくは、さむくて、さむくて、ブルブル体をふるわせた。
しっぽをピンと立てて水面から出すけれど、夜空の空気は、ちっとも、あたたかくない。
水をかく前足も後ろ足も止まっちゃいそうだけど。
がんばって、がんばって、いっしょうけんめい動かした。
パシャパシャ、バシャバシャ、向こうぎしは、まだまだとおい。
パシャパシャ、バシャバシャ、ようやく半分。
パシャパシャ、バシャバシャ、あともう少し。
パシャパシャ、バシャバシャ。
「ついたー!」
プルルルル、と体をふるわせて、水をはじく。
さあ、アインツのところへ行こう!
ぼくは、さむくてカチカチに固まりそうな足を動かす。
ちょっと、動かしづらい、けれど、うん。
まだ、だいじょうぶ。
カクカクと動く足を前にすすめて、ぼくは星の川をめざした。
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