三話 ただいまをしよう
月の池の向こうがわは、白くて冷たい雲じゃなくて、まっ黒であたたかい土だった。
土はサクサクしていて、少し走りにくい。
黒い土の上を走って走って、ころんでも走って。
いよいよ星の川が見えた。
星の川は、五色に光る砂が、サラサラ流れている。
青、赤、黄、白、紫の色をした、コンペイトウみたいな砂が、スーッと流れて。
耳をすませたら、だれかのねがいごとが、聞こえてきそうだ。
とってもキレイで、すてきなところ。
ここにアインツが、いるはずだ!
よし、さがそう!
「アインツ! どこだ、どこにいるんだ! 兄ちゃんがむかえに来たぞ! いっしょにかえろう!」
ぼくはあたりを見回して、大きな声でアインツをよぶ。
すると。
黒い土の上を、きれいなクロネコがかけてきた。
クロネコは、サラサラ流れる星の川の、さらに上のほうから、やって来る。
クロネコは、目をキラキラかがやかせて、兄ちゃん兄ちゃん、とぼくをよんだ。
ああ、ああ、アインツだ、ぼくの弟だ!
「アインツ!!」
「兄ちゃん!!」
走ってきたアインツと、体をこすり合わせる。
アインツのまっくろな毛は、黒い土の上に立っていても、すぐに分かった。
アインツの毛はいちばんキレイだから、ツヤがぜんぜん、ちがうんだ。
アインツの毛は、星の川の光をあびて、いっそうキレイに美しくかがやく。
アインツのやわらかな、におい。
アインツのポカポカした、温度。
アインツの高く、すんだ声。
ああ、アインツだ、アインツだ。
なみだが出そうになりながら、ぼくはアインツと向き合った。
アインツは、さっきよりも、うんと目をキラキラかがやかせながら、ぼくに言う。
「会いに来てくれたの? うれしいニャ」
ぼくは、かるく首を横にふった。
「ちがうよ。むかえに来たんだ。こんな高いところに、アインツが一匹で来ちゃダメだろ。こわくて、おりてこられなかったんだよな? でも、もうだいじょうぶだ。さあ、いっしょに直次の家にかえろう!」
ぼくは、むねをはってアインツに言ったけれど。
アインツは、悲しそうに笑って、フルフルと首を横にふった。
「兄ちゃん、ごめんなさいニャ。ボク、ずっとここにいなきゃいけなくニャったんだ。もう、兄ちゃんと直次のところには、かえれニャい」
それを聞いたぼくは、思わずカッとなって、体じゅうの毛をブワッと立てる。
このすがたは弟に、いかくをしてしまうことになる。
でも、おこったぼくには、じぶんが何をしているのか、れいせいに考えられない。
ぼくは、トゲトゲした大声を出して、さけぶようアインツに、どなった。
「なんで、そんなこと言うんだよ! アインツは、兄ちゃんの言うこと聞けないのか? アインツはぼくの弟だ! いますぐ兄ちゃんといっしょに直次のところに、かえるんだ!!」
アインツは、すっかり小さくなっていた。
ごめんなさい、ごめんなさい、とアインツがぼくにあやまるけれど。
アインツは一歩も、動こうとしない。
ぼくは、アインツの首のうしろにかみついて、むりやり連れてかえろうとした。
すると、星の川の下のほうから、スズを付けたネコが、こっちへやってくる。
チャリン、チャリン、とスズの音をひびかせながら、歩いてきたそのネコは。
おびえているアインツを見ながら、ぼくに言った。
「そのクロネコは、九回目になったんだ。だから、きみといっしょには、もういられないよ。どんなにねがっても、どんなにそうしたいと思っていても、もう、その子にはできないんだ。一回目のキミとは、ちがってね」
長い黄色の毛を持つそのネコは、すごくやさしい声でぼくに、そう言う。
黄色いネコは、目の前に座ると、アインツとぼくの頭に、前足をポンと置いた。
ぼくは、もう一度アインツを見る。
そこでぼくは、やっと、黄色いネコの言ったことが、うそじゃないのがわかった。
だって、アインツが声も出さずに、ボロボロ、ボロボロ、なみだをこぼしていたから。
くやしくて、くやしくて、たまらない時は、ぼくだって、声なんか出ないまま泣いちゃう。
ケンカで負けて、ケガしたところがいたくて、でも心はもっともっと、いたくて。
そういう時は、むねがずっしりと重たくて、しんぞうがギュウキュウされてるみたいになって。
つらくて、くるしくて、でもどうしたらいいのかが、わからない。
そんな時は、なみだは出ても、声は出ないんだ。
アインツは、低く低くしゃがんで、ぼくにまた言う。
「兄ちゃん、ごめんなさい。かえれなくなって、ほんとうに、ごめんなさい」
アインツのことばを聞いて、ぼくも泣いた。
アインツの首をつかまえていた口をはなす。
かわりに、ニャアニャアと、とっても弱そうな声が出た。
いろいろな気持ちが、ぼくの心をいっぱいにしていく。
もう、アインツといっしょにあそべないんだ。
もう、アインツとかけっこができないんだ。
もう、アインツといっしょにごはんを食べられないんだ。
もう、もう、アインツと何もできないんだ・・・。
そう思ったら、すっごくさみしくて、すっごくかなしくて、すっごくくるしい、と思った。
でも、どんなふうに思っても、ぼくたちはいっしょに、いられない。
ぼくとアインツは泣いた。
すごくすごく泣いた。
黄色いネコは、ぼくたちをはげまそうと、やさしくやさしく、かたりかけてくれる。
ぼくが、ここに来るまでに、追いこしてきたほかのネコたちも。
うしろから、次つぎとやって来て。
ぼくたちのそばに集まり、よりそってくれた。
また会えるよ、とか、いつかいっしょにいられる日が来るよ、とか、色々言ってくれた。
ぼくはそんな、たくさんのことばに、少しずつ元気をもらって、泣くのをやめる。
まだ泣いているアインツの顔をなめて、なみだをかわかしてあげた。
「アインツ、兄ちゃんかえるよ。直次のところに行かなきゃ。アインツは一匹で、だいじょうぶか?」
アインツもがんばって泣くのをやめると。
ぼくの目をしっかりと見て、大きく、大きく、うなずいた。
「うん!」
ぼくは、あんしんしてニッコリ笑った。
「兄ちゃん! 大きくなったら、いつかまた、いっしょにあそぼうね!」
・・・きっと、約束だぞ。
アインツのことばに、ぼくはなんて返事をしたのか、おぼえていない。
気がついたら、ぼくは直次の、うでの中で目を覚ましたんだ。
ぼくは、いつのまに眠っていたんだろう?
いろいろと、わからないことがあったから、その日の夜は、また外に出た。
姉さんネコに、アインツのことをぜんぶ話す。
姉さんネコは、ぼくの話を聞くと、ぼくの顔を見ながら、にんまり笑って言った。
「プルミエル。あんたはいちばん、ゆうかんなネコだったんだね。いいぼうけんの話じゃないか」
どうしてだかわからないけれど、次の日からぼくは、外のネコにバカにされなくなった。
みんな、ぼくのことをほめる。
うれしいんだけど、ちょっと、どんな顔をしたらいいのかなって、まよった。
姉さんネコが言ったことばのイミは、ずっと大人になってから、わかった。
「ネコのねがいごと」終わり。
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