第6話 帰還不能点~Point of no return

 やがてバスは静かに動き出し、運転士は案内放送を始める。


「高速バスターミナルからご乗車のお客様、お待たせ致しました。このバスは『Overwrite Express』、貴方の人生のターニングポイント行きです。途中『帰還不能点ポイント・オブ・ノーリターン』を経由致します。お降りの際は降車ボタンでお知らせください」


 勝間田にとって今思い浮かぶ人生のターニングポイントは、自分勝手な理由で彼女を振ってしまった場面しか思い浮かばない。だけど『帰還不能点ポイント・オブ・ノーリターン』って何だ?と疑問に思ったことが見透かされたように的確な案内放送が続く。


「なお『帰還不能点ポイント・オブ・ノーリターン』を過ぎますと、貴方の人生に重大な影響を及ぼしますが、その際乗車券の払い戻しや人生の進路変更・引き返しその他一切の要求には応じられませんので予めご了承ください」


 勝間田は自棄酒やけざけを痛飲するほど現状に疲れていたこともあり『人生に重大な影響』と言われても、それでもその先に辿り着きたいと思い始めていた。


 彼が思索を巡らせる間にも案内放送は続く。


「これより先、高速道路を利用します。走行中は揺れますので、シートベルトの着用をお願い致します。担当させていただきます乗務員は『神』です。それでは、狭い車内ではございますが『Overwrite Express』で少しでも快適な人生をお過ごしください」


 乗ってしまってから考えるのもどうかと思うが、時々帰省で乗る高速バスとどこか違う……と勝間田が思っている間に、バスは見慣れた道から都市高速に入り、ぐんぐん速度をあげて進む。


 高速バスターミナルを出て30分ほどで都市高速のインターチェンジを降りる。直後に運転士より

「ご乗車お疲れさまでした。間もなく『帰還不能点ポイント・オブ・ノーリターン』到着です。お降りのお客様は降車ボタンでお知らせください」

 と案内があったものの、着いた先は……何と勝間田のアパート前。ここで降りればタクシー代やホテル代を節約できるが、それは彼にとってクリスマスケーキのノルマや彼女のいないクリスマス……すなわち厳しい現実が乗降扉の向こうで確実に待っている。


 もうあんな生活は御免だ!

 

 迷うこと無く彼は降車ボタンを押さなかった。運転士はもう一度

帰還不能点ポイント・オブ・ノーリターン、お降りの方はおられませんか?」

 と確認し、勝間田が降車ボタンに手を伸ばさないのを車内ミラーで確認すると

「お知らせ無いので通過致します」

 とアナウンスし、続けて自動放送装置を作動させる。

「これより先、速道路に入りますと揺れます。シートベルトを締め、自分の気持ちをしっかり整理してください」

 合成された機械の声が話す内容をよく考えると、激しく揺れるのがバスなのか自分の気持ちなのか、どっちのことを言っているのか分からない。


 ただ、今の時点で確実に言えることはバスは勝間田のアパートを通過した、つまり運転士の言う『帰還不能点ポイント・オブ・ノーリターン』を越えてしまったことだけ……


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