第百四十九話:不戦の誓い
鬼神はフェディン王の肉体を乗っ取った。
万全の状態ではないが、それでも精神体で消耗が継続されるよりは安定した肉体を持つ事でかなり力を取り戻してしまう。
鬼神の体から、闘気が漲り始めていた。
色濃い闘気は天へと迸らんばかりに立ち昇っている。
濃い金色の瞳が俺たちを睨め付け、ついで高位の悪魔も睨む。
三つ巴の戦いとなるか。
そのような気配を感じ取っていたが、しかし高位の悪魔が口を開いた。
「鬼神とやら。我らの目的は何であったかを覚えているか」
『今更何の問いだ』
「我らと君の目的は地上を支配する事であろう」
『我の最終目標は天界に蔓延る愚か者を断罪する事にある。地上の支配はその過程にすぎぬ』
「だとしてもだ。今は人間こそが我らの共通の敵であろう」
『アークデーモン、何が言いたい』
「即ち、我らは今この場において不戦の協定を結ぼうではないか。我らが相争えば、人間どもに利する事態となってしまう。それは避けたい」
『……一理はある』
だが、その言葉を鵜呑みにするほど鬼神はお人良しではなかろう。
アークデーモンとやらとて、腹の底では何を思っているのかわかったものではない。
敵の敵は味方という言葉があるが、共通の敵を倒してしまったらその関係性は再び敵同士に戻ってしまうものだ。
「私が信用できぬのは理解する。その場合は私ごと人間どもを消し飛ばしてしまえば良い。無論、そのまま殺されるつもりは毛頭ないがね」
『貴様こそ、我と人間をまとめて殺すつもりであろう。だがその提案には乗ってやる。忌々しいが、今の我は全盛期の力とは比べるべくもない故にな』
「提案を受け入れてくれて有難い」
『ただ、誰を相手にするかは我が決める』
そして鬼神は、猛然たる勢いで俺に突進してきた。
体当たりか、とも思ったが違う。
俺の三歩手前あたりで踏みとどまったかと思うと、右腕を振りかぶった。
大振りの拳の一撃か。
あまりにも見え見えすぎる。
すると、右腕が突如分裂して増殖したのだ。
速すぎるがゆえにそう見えるのか。
否。
物理的に増えているのだ。
千手観音の腕が如く、無数の拳が襲い掛かって来る。
そのどれかひとつにでも当たれば命はない。
――秘奥義・涅槃寂静・実相――
即座に涅槃寂静を発動し、わずか数秒先の未来を観る。
密度の高い拳の一撃のひとつひとつが、全て克明にどのような軌道を描くのかがはっきりとわかる。
拳の嵐の中を皮膚一枚で掻い潜る。
拳が掠めるだけで、皮膚が破れて血が噴き出る。
構わない。
間をすり抜け、鬼神の心の臓を二度、貫いてやる。
踏み込みながら霞の構えをとり、心臓を狙った突きを繰り出す。
『甘いわ!』
流石の鬼神も、俺の動きを読んで野太刀の突きを左腕で弾く。
金属のように変化した鬼神の肉体とぶつかり、金属音が高く響き渡る。
「宗一郎、貴方一人で戦わせないわ!」
ノエルが叫ぶ。
そして首から提げている竜涙石を握り込み、念じた。
――今はその身を安寧の中に隠しているわが友、竜の祖よ。貴方との友誼が未だ我が血脈の中に繋がっていると信ずるならば、その慈悲を以て私に貸してくれ給え――
ノエルが跪き願うと、それに応えるように一つの魂が天上から降りてくる。
それは輝かしく、白き竜の形をしていた。
人を遥かに超える大きさを誇り、手足には何物であろうとも容易く切り裂く爪を持つ。
巨体を支える体躯の背中には二対の羽が生えていた。
巨体以上に羽は大きく、一振り羽ばたけば嵐を巻き起こし小さき者たちは吹き飛ばされるだろう。
二対の角が額から生え、牙はどのようなものでも噛み潰す程に鋭い。
竜の祖は一度だけこちらに目をやると、ノエルの体に入っていく。
すると、ノエルの体には大きな変化が生じた。
金色の気が体から立ち昇り、髪の毛を縛っていた紐が弾け飛び、肩まで伸びていた髪は風で舞うかの如く動いている。
瞳の色は金色に輝いている。
鬼神のような黄色味の強い色ではなく、もっと輝かしい金属光沢に似ていた。
体も竜の鱗が生え、二対の角と牙が伸びている。
いわゆる竜人と呼ばれる見た目に変わったのだ。
『これは随分と素晴らしいものを隠していたものだ。回復しか能のない僧侶だと思っていたのは大間違いだ』
鬼神の口が大きくゆがんだ。
口の両端を吊り上げ、牙を見せて笑っている。
「能ある鷹はなんとやら。人間はあんたみたいな化け物に負けやしないわ」
『ならば我を斃してみせろ、人間ども!』
「言われなくとも地獄に返してやるわよ」
ノエルは天に手を掲げると、何時の間にか天井には幾つもの暗雲が立ち込めている事に気づいた。
やがて暗雲から雷鳴が轟くと、雲を切り裂く一筋の雷光が轟音と共に鬼神の頭上へと飛来する。
「我が名に於いて命ずる。天におわす我らが創造神よ、我が御手にその輝きの力を貸し給え」
――召雷――
雷の気配に髪の毛が逆立ち、俺は即座に地に伏せる。
雷撃は豪雨が如く襲来し、立て続けに、しかし正確に鬼神の下へ次々と落ちてくる。
落雷の持つ破壊力は凄まじい。
例え神の如き存在であろうとも、雷の一撃を喰らえば無事にはすまない。
『かあっ』
鬼神は叫びと共に、頭上目掛けて落ちてくる落雷に向けて闘気の塊を放つ。
分厚い闘気は盾の如く雷を弾き、受け流して周囲へと散らしていく。
瞬間、雷は縦横無尽に部屋中に飛び散って無差別に襲い掛かった。
「ちょ」
「むうっ」
アーダルは持ち前の反射神経で雷撃を躱し、アラハバキは自らの体が金属である為、そのまま体表に雷が流れ地面へと散らし、フォラスは自らの存在次元位相をずらす事で直撃を避けた。
そしてアークデーモンは、雷撃に向けて掌をかざすと、そのまま雷を体内に吸収してしまった。
「ちっ、流石にやる」
『竜の力の一端、確かにこの身で感じさせてもらった。今まで出会ったどの連中よりも遥かに強力なのが実に理解できた。素晴らしい。これを今から、破壊できるのは僥倖である』
「全く、こちらに雷を流すのは止めていただきたいものだ」
『攻撃を弾いたゆえの結果だ。意図的なものではない』
「そうだと思いたいものだ。さて」
アークデーモンの赤い瞳が輝いた。
「鬼神が侍と僧侶を相手にするのなら、必然として私は君達を御相手しよう」
その視線はアーダルとアラハバキ、フォラスに向けられる。
特にフォラスに対しては、明らかな殺意を発していた。
フォラスは門を開いた張本人である。
そして、門を閉じる事も出来る。
故に、アークデーモンは真っ先に狙うのはフォラスであろう。
万が一にも魔界への門を閉じられでもすれば、次に現世に出てこれるのは何時になるのかわかったものではない。
まずはフォラスを確実に殺す。他の仲間はそのあとにゆっくり始末すればよい。
「フォラスさん。マナはどれくらい回復してますか」
アーダルの問いにフォラスが返す。
「もうほぼ回復しきっておる。だが、悪魔どもには魔術の通りは悪い。彼奴等は魔術障壁を自前で持っているからの。普通の魔術を放っても八割がた防がれてしまうんじゃ」
「それではどうするのだ?」
「時空、次元を操る魔術は儂の編み出した独自のものであるゆえ、魔術障壁には引っかからないであろう。だがマナの消費は大きい上に、発動までは時間が掛かる。悪いがそなたら二人には負担をかけてしまうな」
「フォラス殿は我らが冒険の最後の要の人物だ。ここで死なせはしない」
アラハバキが初めて敵の前に立った。
果たしてどのような戦い方をするのであろうか。
少なからず興味が生まれた。
そしてアーダルは、影から何かを生み出そうとしていた。
やがてアーダルの足元の影から現れたのは、ある一人の人物である。
その姿に、俺たちは見覚えがあった。
「やれやれ。死んでようやく地獄へ行けたと思ったが、老骨に鞭をまだ打つつもりとはね」
影はにやりと笑い、アーダルの隣に立つ。
それはアル=ハキムの似姿の影であった。
「百鬼夜行。僕が出会った者は全て、影の中に記憶として取り込まれ、それを再現する」
一度でも戦った相手であれば、全て影に蓄積されて再現できるという恐ろしい技。
アーダルはアル=ハキムとは戦った事はないであろうが、しかしハキム本人が持つ影を直接受け継いでいる。
即ち、この影はハキム本人と全く変わらないのだ。
「申し訳ありません。全てを出し尽くさなければ、僕たちに未来は無いんです」
影だというのに、さも本人が目の前に立つかのように振舞うアーダル。
しかしその立ち居振る舞いはハキム本人と言っても過言ではない程に、影の模倣は完璧であった。
影となってなおアル=ハキムは現世に存在し続けている。
死を超越した存在となり、なおかつ病から逃れた今のハキムは間違いなく頼りになるであろう存在であった。
「では、私から行く」
アラハバキが言うと、彼の周囲に何か精霊が漂っているかのような光がぽつぽつと生まれる。
その光はやがて輝きが一層強くなった瞬間、光線となって放たれた。
この攻撃には見覚えがある。
「眷属が使っていた光線か?」
それよりも遥かに充填される速度は速く、数も多い。
光線は幾つもの軌道を描き、さらに無数に矢継ぎ早に放たれ、アークデーモンに襲い掛かる。
アークデーモンはほう、と感心しながらも余裕は隠さない。
「面妖な得体の知れぬ存在だと思っていたが、遥かに高い知性を持つようだ。光を操る術を持つとはな」
言いながら、アークデーモンは人差し指を立て、指を一振りすると向かってくる光線の軌道が途端に歪曲し、アークデーモンに向かう軌道から逸れてしまった。
光線は石の壁にぶつかると、その熱量でもって石に穴を穿つ。
「やはり空間を操る術は持っているか、アークデーモン」
フォラスが呟くと、当然と言わんばかりに笑みを浮かべた。
「現世にやってくるからには会得して当然であろう。とはいえ、君の時空操作魔術も実に興味深いものだ。神々しか時空は操れぬとは言われたが、人に出来るのであれば魔族に出来ぬ道理はない。君を殺したら、魔界へその魂を連れ去り術式の解析をさせてもらいたい」
「まだ終わってはいないぞ」
次いで、アラハバキは両手を前に差し出し握りつぶすような構えを見せる。
体表に六角形の紋様を浮かばせると、何かを念じ始めた。
するとアークデーモンの周囲の空間が歪み、捻れ、そして悪魔の腕や足があらぬ方向へ曲がりへし折れる音が響き渡る。
「サイコキネシスか。そのようなものまで使えるとはな」
腕や足、更に首が背面にまで捻れてもなお、悪魔は平然と答える。
アラハバキの表皮に走る紋様の光の発光の仕方が、幾分か不規則になってきていた。
「くっ、これでもダメージは与えられていないのか」
「いや、駄目と言う事はない。勿論我ら悪魔とて痛覚は存在し、折れたり潰れたりすれば修復の為のエネルギーはそれなりに必要となる。下位の悪魔であれば、これで既に絶命しているであろうな」
アークデーモンが浮かべていた、薄ら笑いが不意に消えて真顔となった。
「この程度の攻撃で私が死ぬと思っているのなら、素晴らしい見込み違いだ」
アークデーモンの顔に初めて、怒りが浮かび上がった。
悪魔が右腕をアラハバキに突きだし、握りつぶす格好を取ると、アラハバキの首に手の痕が浮かび上がる。
「ぐ、うっ」
そのままアラハバキは宙に浮かぶと、思いきり地面に叩きつけられた。
その衝撃は凄まじく、アラハバキの体が石造りであるはずの地面が割れて埋まってしまう。
アークデーモンはアラハバキと同じく念動力を使ったのであろう。
「がはっ」
「アラハバキ!」
「他者を心配している暇はないぞ、アーダル」
影のハキムの言葉通り、既にアークデーモンは音もなくアーダルたちに接近している。
空間から空間へと転移して移動する、かつての不死の女王と同じ移動方法を取ったのだ。
アークデーモンは炎の鞭を振るいながら、二人に襲い掛かる。
鞭は生きている蛇のように意思を持ってしなり、アーダルの体に絡みつこうとする。
炎鞭をかろうじて躱すが、炎が掠めた肌はじりじりと火傷を作る。
ハキムの影は腕に気を纏い、アークデーモンの左側面に位置取り横腹を突かんとする。
いち早く察知したアークデーモンは、ぐるりと首だけを向けて口から地獄の炎を吐き出した。
「むうっ」
ハキムの影は炎に焼かれ、形を保てなくなったがアーダルの下へと即座に戻り、アーダルの影の中に潜み、また浮かび上がるとその姿形を再生していた。
アーダルは正面から鞭を躱して突進するが、既にアークデーモンの鞭を持たない腕が祖の行く手を阻む。
凍れる命を吸い取る右手が、アーダルの首筋に絡みつこうとしていた。
あれに触れれば、影法師のように枯れた姿となってしまう。
「克!」
アーダルは腕に纏っていた気を放出し、その右腕にぶつける。
凍れる右腕は気の衝撃によって弾かれ、アークデーモンはたたらを踏んで後退する。
アーダルもまた有効打を与える術を一時失ったため、それ以上は踏み込まずに距離を取った。
彼女もまた直感していた。
気を使った一撃でなければ、あの悪魔を死に追いやる事はできないであろうと。
「中々どうして、楽しませてくれる」
アークデーモンは独り言ちる。
「しかし、戦いを楽しんでばかりは居られぬのでな。ゲートの淵で今か今かと魔族どもが待っているのだ。そろそろ片を付けさせてもらうとしよう」
アークデーモンが纏う雰囲気が一気に変わった。
「領域展開」
瞬間、ここに立つ生者の誰もの背筋に冷たいものが走る。
それは即ち、命を死神に握られる怖気そのものであった。
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