第百四十一話:鬼神との戦い
三船宗成こと鬼神は、急速に闘気を迸らせ高めていく。
大気、大地が震え始める。
石造りでかなりの重量があるはずの机、椅子ですらガタガタと音を立てる。
ともすれば足を取られ、転んでしまうほどに震えていた。
「戦闘準備」
宣言すると同時に、アーダルは気を腕に纏い、貞綱は大太刀を鞘から抜く。
ノエルとフォラスがそれぞれ支援のための魔術、奇蹟を詠唱する。
ノエルは
薄緑の膜が全員を包み込み、さらに体の表面にはうっすらと黄色味を帯びる。
そしてフォラスは
鬼神が魔術を使うとは思わないが、念のため
これらの
疑念は残る。
それでも掛けないよりはマシなはず。
大火に如雨露で水を掛けるが如しであろうとも。
戦闘準備はひとまず整った。
鬼神は闘気を高めたが、まだ動かない。
こちらはどうする?
いつもならば、俺、あるいはアーダルが先陣を切るのだが、迷宮の主を相手に迂闊に前に出て良いものか、はっきりいって迷っていた。
ちらとアーダルに目配せすると、同じようにアーダルも俺に目線を返す。
迷いが生じているようだ。
では貞綱はどうかというと、鬼神を睨みつけながら大太刀を構えてやはり動かない。
強者との戦いは侍の冥利に尽きると常々言っていたが、その言葉を忘れるほどに鬼神の迫力に呑まれているのか。
いや、迷ってはならぬ。
最初から全力で相手を叩き潰すのが迷宮における戦いの鉄則だ。
ここで逡巡している暇など無い。
俺一人でもまずは先陣を切って動くべき、そう思った瞬間。
先に動いたのは鬼神であった。
「呼っ」
鬼神は迸る闘気を体に留めたかと思うと、右の掌をこちらに向けた。
すると、収束された闘気が掌から放たれる。
「むうっ!」
僧侶の放つ
闘気の衝撃たるや、凄まじい圧力でしっかりと踏ん張っていなければ吹き飛ばされそうになる。
鬼神が牙を剥いて笑った。
嵐のような圧と共に、突撃を仕掛けてくる。
誰に向かって?
勿論、この俺だ。
まずは俺から味見でもするかと言わんばかりに。
左手首に着けている追儺の数珠玉は、もう一つしかない。
鬼神は瞬く間に間合いを詰めてくる。
刀を振るうに最適な間合い。
しかし刀身が折れている分だけ間合いが近い。
折れた大太刀で、袈裟懸けに力任せに斬りかかって来る。
それでも、速い。
びょうと感じる風圧とともに遅れて音がやってくる。
腰を落とし、まともには防御せず受け流す。
刀同士がぶつかり合って火花が飛び散った。
片腕で振って受け流し、力を逃がしているにも関わらず手がしびれる程に重い一撃。
受ければそのまま一刀両断され、二つに分かたれるだろう。
元より人間の脆弱な体で、鬼の凄まじい膂力に対抗しようなど考えてはならない。
次に、顎を狙った蹴り上げが来る。
上体を逸らして避けるが、風圧で俺の髪が舞い上がる。
鼻先を掠めるか掠めないかくらいだったが、それだけで鼻血が噴出した。
舌で流れる血を舐め、腕で拭う。
更に鬼神の連撃は続く。
打撃斬撃の密度は、更に高まっていく。
頭。
肩。
胴。
太腿。
膝。
足首。
それ以外にも、急所となるあらゆる箇所。
刀は受け流し、打撃も皮一枚で滑らせるように躱す。
どれ一つとしてまともに受けてはならない。
受けたらそれで最後だ。
鬼神は言葉で語らず、攻撃によって意志を伝えているように思える。
鬼へ転じ、戦え。
否。
俺はその意志には応えない。
しかし、初っ端から奥義・霊気錬成の型、刹那を発動すべきだったか。
このままでは攻めに回る機を見いだせない。
この時、鬼の首筋に鋭く閃く一撃があった。
「!」
アーダルの気を纏った手刀の一撃が鬼神に襲い掛かる。
鬼神はそれを闘気を纏った刀で受け、弾く。
甲高い金属音が鳴り響き、力で劣るアーダルが逆に弾き飛ばされて後ろにたたらを踏んだ。
更に背後に回り込んでいた貞綱が、鬼神の頭をかち割るべく上段に振りかぶった瞬間、背面蹴りを繰り出す。
貞綱は踏み込みを止め、咄嗟に背後に飛び跳ねたがそれでも躱しきれず、刀で蹴りを受けざるを得なかった。
相手も体勢は崩しているとはいえ、果たして鬼の膂力でも折れずに持ってくれた大太刀であったが、衝撃を完全には殺しきれずに貞綱は壁まで吹き飛ばされる。
自ら背後に跳躍していたのにも関わらず。
「ぐむっ」
しかし貞綱もさるもので、ぶつかる瞬間に刀から遠当てを放ち、衝撃を相殺する。
おかげで壁に叩きつけられるものの、壁に血の染みを作らずには済んだ。
追撃を仕掛けようとした鬼神の間を遮るのは、フォラスの魔術であった。
いかな相手であろうとも、魔術を遮る障壁を持っていない限りは魔術の直撃を喰らうのは大きな打撃となる。
「があっ」
着弾し、眩いばかりの閃光が炸裂して目の前が光で見えなくなる。
流石の鬼神も上位魔術である閃光弾を受けて怯み、放ったフォラスの方を睨みつけた。
「ほっ、これを受けたら大概の魔物は昇天するもんじゃがの。流石に頑丈じゃ」
苦笑いを浮かべるフォラス。
俺は一人ではないのだ。
鬼神になど成る必要はない。
皆で力を合わせれば鬼神が相手だとしても勝てるはず。
仲間の攻撃によって、俺は少し下がって間合いを作る事が出来た。
「刹那」
体中に巡る霊気が、さらに速く駆け巡っていく。
白い靄は霧となって俺の体から立ち上り、次に爆発的な霊気の奔流が迸る。
視覚と皮膚の感覚が鋭くなり、力が丹田から湧き上がってくるのを感ずる。
そして腕に着けているアラハバキにも凄まじい霊気が巡り、瞬く間に彼の体表には規則的な六角形の紋様が浮かび上がった。
霊気と同調したアラハバキは俺の腕を補佐し、武器を持っている感覚を感じさせず、また動きの正確性をも高めてくれる。
「ああっ!」
アーダルの悲鳴が聞こえる。
貞綱が吹き飛ばされた間に前に出て鬼神と打撃を交わしていたのだが、どうやら力任せに殴り飛ばされて後衛の居る所まで転がりこんだらしい。
流石に直撃は受けていないものの、気で防御した腕があらぬ方向にひしゃげている。
「治療は任せて」
怪我を負ったアーダルをノエルが介抱している間に、俺は前に出て刀を鞘に納め、居合の構えを取った。
「出し惜しみは無しで行く。奥義・居合、阿頼耶」
更に大きく踏み込み、刀を抜く。
師匠仕込みの抜刀術。
鞘から抜かれた刀から音は聞こえず、振り抜いた時の音もまた置き去りとする。
動きそのものは単純極まりない。
ただ刀を抜き、相手を斬るのみ。
如何に無駄なく、速く、それでいて力を伝える為に振る。
何千、何万、何億、何兆。
何度も何度も何度も、教わった技を繰り返し、最適化し、一撃を研ぎ澄ませる。
分を超え、塵を越え、さらに模糊、逡巡、弾指、刹那の時を超えなお、まだ速さを追い求める。
追い求めた果てに辿り着くのが虚空の領域也。
それこそが阿頼耶。
紫電一閃。
鬼神の横を通り過ぎながら、胴を薙いだのを確信した。
しかし、薙いだと思った胴は繋がっており、代わりに響き渡ったのは甲高い金属が砕け散る音であった。
背後を見やれば、鬼神はしっかりと折れた大太刀で居合の斬撃を受けきっていたのだ。
代償として完全に刀身は折れてなくなり、刀は柄のみを残すだけである。
だが鬼神は、大きく笑みを浮かべていた。
「人の身でこれだけの技を練り上げて来たそなたらに敬意を表し、これからは我が本気の半分くらいを出して戦いに挑んでやろうではないか」
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