第百三十一話:仮面の男
俺とノエル、そしてアーダルは武器を取り上げられて地下牢に入れられた。
それぞれを個別の牢に分け、俺の牢には兵士を常に張りつけて見張らせている。
ノエルとアーダルにはどれくらい人員を割いているのだろうか。
あの王は俺たちの実力をそれなりに評価しているのは本当かもしれない。
普通なら牢に入れたあとは巡回の見張りがたまに回って来るくらいだろう。
地下牢は、やはり環境においては最悪だ。
埃っぽくかび臭い上にじめっとした空気が漂っている。
こんな所に長期間押し込められていたらきっと体調を崩すだろう。
牢には申し訳程度の粗末な毛布が石造りの寝床に敷かれており、また便所代わりの壺以外には当たり前だが何も無い。
時折石の欠けた隙間からネズミが這い出し、天井には蜘蛛の巣が張っている。
罪人に快適な環境など与える国などあるのだろうか。
俺の故郷でも罪人を押し込める牢は居住性など一切考えるはずもなかった。
そして牢屋たる一番の所以の鉄格子は、驚く程に頑丈であった。
一本四寸から六寸くらいはあるだろうか。
ちょっとやそっと揺らしたくらいではまるでびくともしない。
これを曲げようなどとは力自慢の男であっても思わないだろう。
囚われてしまったが、ここでただ漫然と時を待つわけにはいかない。
脱出しなければ。
仮にあの王が迷宮を支配し、首尾よく魔界の門を制御できたとして、俺たちを生かしておくだろうか。
俺がフェディン王なら、間違いなく処刑する。
今処刑されていないのは運が良いに過ぎない。
エシュア家が持っている
だが
俺たちが頑強に抵抗すれば、それらの遺物を幾ら消耗するかもわからないと思ったのかもしれない。
だからこそ、今は策を弄して捕まえるようにしたのだろう。
まだ生きている。
それ自体が俺たちの運が尽きていない事の証明だ。
どうやってここから脱出すべきかを考えると、頭を悩ませる。
鬼に変化し、奥義・獄炎で鉄格子をも溶かしつくす事は容易い。
しかしそれには不安要素がある。
封印が弱まっているのだ。
次に変化した時、俺は鬼神に乗っ取られてしまうかもしれない。
あるいはノエルが
ノエルが独断でやる可能性はあるかもしれない。
だがあれも、短時間しか自らを強化できない。
自分が脱出しても他の仲間を果たして助け出す時間はあるだろうか。
まず探す所から始めないといけないので、手間取っていたら効果が切れる可能性がある。
魂が離れ動けなくなったら本末転倒だ。
アーダルはどうか。
盗賊の技量を持ち、忍者でもある彼女なら牢屋を破る事自体は容易い。
それだけに相手も警戒を強めている可能性は大だ。
迂闊な動きはできないのではないか。
ならば一人脱出したフォラスが、空間転移でここまで来て牢屋から助け出してくれるか。
フォラスなら城に来たこともあるだろうし、空間転移は出現する位置を間違えなければ障害物はもはや関係ない。
だが用意周到な事に、魔術対策もここはきちんと考えられている。
天井と床に、奇妙な文様が刻み込まれている。
これはたまに迷宮でも見る事があるのだが、魔術封印を意味する紋様なのだ。
これが描かれた領域に入り込むと、詠唱した魔術がかき消されてしまう。
紋様のある領域から脱出しないと、当然魔術は効果を示さない。
僧侶の唱える奇蹟も同様だ。
フォラスが空間転移で牢屋に入ったら、そのまま囚われの人となってしまう。
故にフォラスの救助も期待できない。
八方ふさがり、四面楚歌か。
毛布の上に転がり、天井を見上げているとかすかに女の悲鳴が聞こえた。
「ノエルか、アーダルか?」
何かあったのか。
途端に焦りが募る。
鬼神になる危険性を考慮してもなお、すぐに出なければ。
呼吸を整え、内なる鬼を引き出すべく意識を集中させていた時、微かに声が聞こえた。
『宗一郎』
「誰だ」
『私だ。アラハバキだ』
籠手がわずかに緑色の柔らかな光を帯びる。
武器を取り上げられただけで、防具は剥がされてはいなかった。
詰めが甘いと言えば甘いかもしれない。
まあ、武器を取り上げれば反逆はできないと考えたのだろう。
実際武器が無くても戦える格闘家でもない限りは、得物を取り上げてしまえばなんとでもなる。
『君の感情を読んだ。脱出したいのならば手を貸そう』
「どうするんだ?」
『君の体のリズムと波長はここ数日ほぼ共にいるおかげで大体わかってきた。君の細胞とわたしの細胞を融合、同化し、君の潜在能力を引き出そう。この場合は腕の力のリミッターを外す』
「そんな事ができるのか」
『霊気を流してくれ。それによってもっと同調し、細胞をスムーズに融合させられる』
言われるがままに、俺は呼吸を整え霊気を巡らせる。
白い靄が体に生じはじめ、白い気が立ち昇る。
腕のアラハバキもまた、霊気を帯びる事で六角形の紋様が浮かび上がり、それが光を発して明滅し始めた。
同時に、腕に何かが食い込む感触があった。
恐らくはアラハバキの細胞が、俺の肌と肉に接触し融合をしているのだ。
痛みは全くない。
それどころか、力が漲り始めているのが分かる。
腕が軽く感じ、自分のものではないような感覚を覚える。
「やってみるか」
棒状の鉄格子に手をかけ、力を込めて左右に曲げ始める。
予想していたが、やはり硬い。
ぎしぎしと音を立てるが、何とか曲げられそうな感触を得た。
思ったより古びているせいか、軋む音が激しく出てしまっている上に、やはり鉄格子を触っているために兵士に咎められる。
「何をしている」
「鉄格子を曲げて脱出でもするつもりか? バカげた事を」
俺の事を嘲笑する二人だが、やがて太い鉄の棒が徐々に曲がっていく様を見て、途端に顔が青ざめる。
筋肉自慢の大男ですら曲げられないと思っていたのだろう、慌てて腰に差していた長剣を抜いて、警告する。
「鉄格子から手を離さねば斬るぞ!」
離せと言われてはいそうですかと素直に聞くものか。
しかし思ったより硬い鉄格子は、俺が通れるほどの隙間を作るにはもう少し時間が必要だった。
それよりも兵士が剣を振るう方が絶対に速い。
現に恐れを抱きながらも、兵士は既に長剣を振りかぶっている。
間に合わないか。
アラハバキを着けているからただの長剣程度の斬撃は防げるだろうが、このまま鉄格子を曲げ続けるのは無理かもしれない。
やはり、脱出は鬼と成って鉄格子を瞬時に破壊するしかないのかもしれぬ。
腕を引っ込め、長剣を躱そうとした瞬間、兵士二人がいきなり昏倒した。
仮面を着けた男が音もなく現れ、刀の峰を用いて二人を殴り倒したのだ。
その男の服装自体はイル=カザレムの住人が着ている、砂漠地帯でよく使われる白く薄い生地のありふれた服であったが、腰に大小の刀を差しているのが特徴だった。
何より、その剣技には見覚えがあった。
「師匠……?」
男は仮面を外し、俺に笑いかける。
「お久しゅうございます、若」
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