第百十二話:魔鏡の虜囚
魔鏡の虜囚となっていた冒険者の集団と対峙する。
魔鏡に囚われていた時は銀の
彼らを観察する。
少なくとも、今現在サルヴィで見かけるような装備ではない。
一体何年前に魔鏡に囚われたのだろうか。
もしかしたら、魔鏡そのものは遥か昔から迷宮に存在していたなのかもしれない。
迷宮の初代の主であったフォス=フォラスが仕掛けたとも考えられる。
後で聞いてみようか。
以前俺は迷宮の地下三階にて、このような冒険者集団と戦った。
あれは何度も復活する、迷宮の守護者としての存在として立ち塞がった。
比較的浅い階に出現し、忍者が混じるという変則的な構成ながらも腕前的にはそれほどではなかった。
それでも魔術師が後衛に二人控えている攻撃的な構成であり、一人で多数と戦うのは好ましくない。
俺は遠間からの不意打ちを仕掛け、数を減らしてから戦いを挑んだ。
今回は不本意ながら、正面切っての戦いとなる。
一対多という状況では戦いをするべきではない。
この状態に陥って敵と遭遇した時はまず逃げる事のみを考えるべきだ。
迷宮探索に手慣れた者達程、切迫した状況において確実にその場から逃げられる手段を一つは用意している。
戦闘中における空間転移もその一つだ。
今回新たにフォラス老が仲間として加入したから、確実な逃走手段に関する心配はないと思っていたがまさか分断されてしまうとはな。
転移の兜を自ら持たなかったのは不覚であった。
相手としている冒険者たちの装備は、古めかしいながらも質の良さそうな物を着けている。
腕前もこの迷宮深層まで潜って来るだけあり、上級か達人くらいは強いと考えるべきだろう。
一対一なら、たとえこの中の誰が相手だろうと負ける要素はない。
戦士二人は直接攻撃しか攻撃の手段はなく、近接戦闘に関して言えば俺はどの冒険者よりも抜きんでて強いと自負している。
唯一君主が厄介だと感じるのは、君主だけが装備できる「君主の聖鎧」の特殊能力、
後衛に位置する僧侶と盗賊も熟練した者たちだろうが、二つの職種とも有効な遠距離攻撃手段はそれほど多くない。
僧侶に関しては、高位の奇蹟であれば強力な攻撃手段となるものもあるが、それに伴って
僧侶には出来る限り仲間の怪我の治療や、状態異常の治癒に魔素を使って欲しいはずだ。
僧侶が攻勢に出る事は考えづらい。
盗賊はそもそも攻撃に関する技術や力はそれほど無く、出来た所で短刀による不意打ちや弓による射撃しかない。脅威度は低い。
そして俺がもっとも危険視しているのが魔術師だ。
魔術師は体力も腕力も無く、ろくな武器防具も装備できないが、唯一その魔術が最大にして最強の攻撃、防御手段となる。
攻撃魔術も火炎、冷気、雷撃、風刃、毒など多岐に渡る上に
あの魔術の爆発の威力の凄まじさは筆舌に尽くしがたいものがあり、俺でも喰らったら命の危険がある。
出来るなら魔術師から仕留めたいが、今それは叶わない。
奥義の
核爆撃滅もそれは同じではないか、と思うかもしれないが、魔術の良い所は指向性を持たせることが出来る所だ。
範囲と方向を限定しつつ、威力を減衰せずに発動できるのが迷宮探索における魔術の強みでもある。
一対一なら負ける要素はなくとも、実力者に徒党を組んで掛かってこられたら手傷を追うのは必至、悪ければ死ぬ可能性すら有る今回の戦い。
ならば如何なる初撃を叩き込むべきか?
冒険者としての心得を学んだ時に、
強敵と対峙した時は如何なる対応をすべきか。
対する答えとして、職員が答えたのは今持っている火力の全てを叩き込んで全滅させる事。それができぬ場合は一番強そう、あるいは厄介な攻撃をしてきそうな者を倒す、数の多い敵を一匹でも減らす事を心がけるべきだとの答えを得た。
単純明快にしてこれ以上ない答えである。
初見で何をしてくるか分からない相手も同様だ。
迂闊に手加減をしたり、舐めて掛かった結果全滅した冒険者は数多い。
故に冒険者組合に持ち帰られ、広められた教訓である。
幸いな事に、今回は未知の魔物が相手ではない。
むしろ手の内は知り尽くしていると言っても良い相手だ。
その点で言えばまだ戦いやすい部類である。
天は俺をまだ見放してはいない。
「……」
お互いに睨み合いが続く。
一体多だからといって、相手は舐めて掛かって来る素振りはない。
確実に仕留められる機会を伺っている。
鏡の虜囚から逃れられる千載一遇の機会と考えれば、慎重になるのも無理はない。
だからこそ好機と直感した。
膠着を脱したのは俺からだった。
一足飛びに踏み込んで一気に間合いを詰め、君主の間近まで迫る。
君主は虚を突かれ、構えていた長剣を振りかぶるのが遅れた。
その隙を逃さず、俺は横薙ぎに打刀を振るって首を刎ねた。
首の断面から血が噴き出し、次いで頭が地面に転がり、一拍遅れて体も倒れ伏す。
まずは一人。
君主が倒れたのを見て、戦士二人は一瞬だけ息をあっと呑んだものの、すぐに気を取り直したのか目線を交わした後に息の合った連携を仕掛けてきた。
一人ずつ掛かって来るのではなく、二人で左右から袈裟斬り、胴薙ぎ払い、下からの股間を狙った切り上げ、小手払いに喉突きなど、見事な連撃を矢継ぎ早に繰り出す。
防ぐのは難しくはないものの、攻める機を伺おうとする瞬間に剣や大斧を振って来るものだから中々攻めに転じる事が出来ない。
「ふっ」
戦士の片割れの剣を振り方が僅かに大振りになったのを見て、それを弾いて体勢を大幅に崩す。
好機と思って歩を進めた瞬間、横やりの弓矢が飛んできた。
「ちいっ」
盗賊もこちらが隙を見せようとするのを逃さない。
全く目敏い奴だ。
僧侶は攻撃は仕掛けてこないものの、いつでも奇蹟を祈れるように手を組んでいる。
そして最大の懸念である魔術師は、先ほどから詠唱を続けていた。
戦士二人にかまけている場合ではないというのに。
じわりと額に汗が浮かぶ。
その時、魔術師は詠唱を終えたのか、瞑っていた目を大きく見開いた。
「我が眼前の敵を滅消せよ、異次元より出でし灼熱の焔よ!」
瞬間、杖の先端をこちらに向ける魔術師。
しまったと思う間もなく、灼熱の焔は虚空から発生し俺の眼前でその輝きを放とうとしていた。
(!)
同時に、アラハバキの表面に光の筋が幾つも走ったのも見えた。
爆発が起き、熱と爆風に晒されて死んだはずだった。
だが、俺の意識はまだ保って居る。
以前死んだ時のように、漆黒の空間に漂っているような感覚はない。
恐る恐る目を開くと、辺りに漂う焦げ臭い匂いが鼻を突くものの、確かに俺は地面に立っている。
目の前に居る冒険者たちは、唖然とした顔で俺を見つめている。
何が起きている?
頭にまずよぎったのはそれだったが、確かめる前に好機を逃してはいけない。
呆気に取られている戦士二人の横をすり抜け、背後に控えている魔術師の心臓を一突きし、次いで僧侶と盗賊の首も刎ねた。
戦士たちがようやく気を取り直し、こちらに向かってくるが咄嗟の事で連携を仕掛けるという考えが頭から抜け落ちてしまっているのか、一人ずつ向かって来ていた。
一人ずつならば容易い。
先に来た大斧持ちの戦士は斧の兜割りを避けながら、足を引っかけて転ばせる。
後からやって来た長剣持ちの戦士が振るった剣を弾き、仰け反らせ喉を突いた。
ぐげっ、というカエルのような悲鳴を吐いた後、白目を剥いて倒れる長剣の戦士。
大斧の戦士は立ち上がろうと立て膝を着いた状態となっているが、そのまま俺は大斧の戦士の背後まで周り、背中から心臓を一突きして倒す。
そのままうつ伏せに倒れた戦士から、血だまりが広がっていく。
ほう、と息を吐いて打刀の刀身に付いた血を振り払い、鞘に納めた。
終わってみれば呆気ない結果となった。
とはいえ、核爆撃滅が決まっていたら死んでいたのはこちらだったろう。
一体何が俺を救ってくれたのか。
「ん?」
自分の体を確認してみると、何やら全身が金属で覆われていた事に気づいた。
自前の鎧や具足なども着けているはずだが、その上から金属が覆っているのだ。
鏡で確認してみると、俺の体は全身鎧さながらの姿になっていた。
「これは一体」
(私だ)
鎧が光って告げる。
「アラハバキ? お主こんな芸当もできたのか」
(いや、自分もこのような事が出来るとは知らなかったが、君に危害が及ぶのをどうにか防ぎたいと願った結果、変化したのだ)
「熱や爆風までも遮るとは驚いた」
(全身を覆い、更に周囲に爆発と同じ程度の圧縮空気を放った。全てが相殺出来たわけではないが、幾らかはそれで減衰したと思う。あとは私の体が爆発と熱を遮断した)
「おかげで助かった。命拾いしたな」
(君に死んでもらっては私も困るからな)
アラハバキは心なしか、文字を光らせる際の光が強くなっているように思えた。
そして全身鎧から元の籠手へと戻っていく。
「しかし、このような人を捕らえる鏡など存在させるべきではないな」
人を取り込み、閉じ込める罠の魔鏡を蹴り倒すと、それは呆気なく割れて破片が飛び散った。
もうこれで人が囚われる事もないだろう。
玄室の扉を開け、先に進む。
曲がりくねった、しかし相変わらずの一本道を進んでいくと、遠くから人影が現れる。
(敵か?)
「わからぬが、さて」
打刀を抜き、構えながらすり足で前へ歩を進めると、人影は無造作に音を立てながら歩いてくる。
「あ、もしかして……!」
俺の姿を見た人影は、徐々に歩く速度を増し、そして小走りになって俺に飛び込んできた。
「宗一郎! 生きて会えて良かった!」
「いきなり飛び込んで来るな。危ないだろう」
「もう、寂しかったぁ! 一人で死ぬかと思ったわ」
安堵のため息を漏らすノエル。
その体は酷く震えていた。
迷宮にはひやりとした空気が漂っている。
体もひどく冷たくなっていた。
まるで生きていない、死体であるかのように。
こころなしか、微かに腐臭が漂っているような気がする。
その匂いの元は、おそらく俺に抱き着いてきている、こいつだ。
「だからさ、宗一郎。わたしとひとつになってよ。命の灯火をわたしに頂戴よ」
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