第九十二話:観測者


 眷属はいよいよ頭部の触手の先端に光を収束させている。

 その光が一層強く輝いた瞬間、それは放たれた。

 集束された光は、全てリーンハルトめがけて向かっていく。


「リーンハルト!」


 リーンハルトは光が向かってくるのを察知し、予め盾を構えていた。

 ミスリルの合金で作られた盾。

 しかしその盾で光線が防げるのか。


「見切った」


 左腕に構えた盾を、光線が自分に当たる直前に振り払うようにして弾いた。

 弾いた瞬間、盾から仄かな光が生まれたように見えた。

 光線は途端に盾の周辺を歪曲したかのように軌道が歪められ、あらぬ方向へと飛んでいく。

 宇宙船の天井が光線によって貫かれ、人の拳ほどの穴が何個も開いていた。


「あれを弾けるのか。見た所魔術のようには思えぬが」

「奴らが使っているあの攻撃は、この世界で言う魔術的な要素が多分に含まれている。奴らの居た世界では、技術が進み、理論立てられて君達の世界の魔術にそっくりな物が生まれた」


 聞いていてもさっぱり理解が追い付かない話だ。

 理論を立てる事で魔術的な事が可能になるなどとは、どうしても想像できなかった。

 魔術師というものは儀式や呪文によって魔術を使うものだという固定概念が振り払えない。

 リーンハルトからすれば、それは技術の段階が低いから理解できぬのだという話なのかもしれぬが。

 

 光線を弾かれて泡を食った眷属は、次の光線の為の光の充填をする機を逸してしまい、慌てて今充填を始めていた。

 その間に既にリーンハルトは懐に入り込んでいる。


 竜牙剣は眷属のやわらかな腹をいとも容易く貫いた。


 眷属は腹の傷から水色の半透明の液体を流し、滑らかな床の上に倒れ込む。

 その後はぴくりとも動かず、徐々に体はしぼんでいった。

 さながら陸地に打ち上げられた海月くらげのように。


「死んだのか?」

「ああ。彼らは進化の代償として、肉体は脆弱なものになってしまった。無論、我らにとって肉体というものは器の一つに過ぎない。精神、魂さえ存在していれば生きているのと同義だ」


 しかし、眷属はまだ進化の途中であるため精神と魂が肉体の器を超越できていないと言う。

 だから肉体を失えば俺たちと同じように死んでしまうのだと。


「お主ら上位者は肉体を失った所で死なないという訳か」

「その通り。我らを真の意味で抹殺したいのであれば、精神、魂までも滅する必要がある。魂までも殺す手立てというのは、この世界ではそれほど多くはないだろう」

「武器なら霊に対する手だては特別に用意しないとだが、魔術や奇蹟なら容易く倒せるが」

「あれらは精神体や魂としては極めて弱く不安定なものだ。だからこの世界の魔術や奇蹟でも倒せる。だが上位者は異なる」

「俺たちの世界にも悪魔というものが存在する。あ奴らは地獄から現世まで媒体が必要とはいえ、精神体で渡ってくるが上位者もそのような強さを持っているという理解でよいのか」

「悪魔か。ものによるが、確かにあれは上位者と比肩しうる精神体と魂、自我の強さがある。そうだな。我と上位者はそれよりも更に強いと考えてくれ」


 悪魔よりも更に強大な精神体、魂をもつ存在か。

 リーンハルトはそれでいて神ではないとのたまう。

 その言葉をどこまで信じるべきかは疑問の残る所だが、現状は彼の言葉を信じる以外にはないのも事実だ。

 今回、俺たちはこの宇宙船に乗って来た連中の情報が乏しすぎる。

 悪く見積もりはすれ、甘く見積もる必要はない。


「さて、敵を倒した事だし探索に入るか」

「まず何処から探索しますか、ミフネさん」

「それなんだが、今回の目的は二つある。どちらを優先すべきか考えねばなるまい」


 一つ目は、リーンハルトの依頼である狂信者たちの救出。

 二つ目は、この船に乗ってやってきた寄生体及び上位者の討伐。

 どちらも大事ではあるが、さてはて。


「この船のボスを倒して、もしかしたら自爆なんてされたらたまったものじゃないし、まずは人質の救出が先じゃないかしら」

「我も賛成だ。ひとまず彼らの居場所と安否を確認したい。救う手だてと上位者の討伐はその後に考えるべきだ」


 確かに、上位者が死ぬと同時に船が崩壊などというのは容易に考えられる。

 救うべきものが死ぬどころか、俺たちまでも危機にさらされるのは避けたい。


「決まりだな。まずは狂信者たちを捜索しよう」


 差し当たって、どこから探索すべきか。

 迷宮ならばこれまで探索してきた経験と勘が多少当てになるのだが、この船の中はその勘が全く利くような気がしない。

 何処に何があるのだろうか。

 それでも当てもなく探索していけば、妖精の地図も少しずつ記録してくれて全貌が把握できるはず。

 そう思い、妖精の地図を開いてみた。


「おや、白紙のままだ」

「何でしょう。この中は妖精さんも把握できないという事ですかね」


 かもしれない。

 久しぶりに手書きで地図を書いていくか、などと思っていた矢先にあるものを見つけた。


「見よ、壁に船内案内図なるものがある」


 リーンハルトが指さすその先には、確かに船内を表す地図があった。

 平面図が表示されており、何処に何があるかがはっきりと示されている。

 しかも隣にある丸いボタンを押すと、床に光が発されてそこに立体図が表示されるという手の込みようだ。


「これは便利だな。紙に書き写しておこう」


 地図によると、この船は上層と下層に分かれている。

 まず狂信者たちが居そうな場所は何処かを考えると、居住区と言う場所かリフレッシュルームなる広めの空間になりそうだった。


「居住区は船の左右に沿って設置されている。ここにもしかしたら詰め込まれているかもしれない」

「とにかく行ってみよう」


 居住区へ足を運んでみると、そこはある種俺たちにとって見慣れた光景だったことがわかった。

 通路に並ぶ、ひとつひとつに区切られた部屋。

 これは冒険者の宿の間取りに似ている。

 金を払い、限られた割り当てられた部屋の中に住む。

 馴染み深い雰囲気を感じる。

 また、迷宮の中にたまに存在する玄室の並ぶ場所も想起させた。

 並ぶ部屋の中には何も無かったり、罠があったり、あるいは本当の宝が隠されていたり。

 この中に狂信者が居ればいいのだが。


 居住区の中の一つの部屋の前に立つと、扉が自ら横に動いて開いてくれるではないか。


「自ら動く扉とはな」

「それもまた雷光の力によるものだ」

 

 自分で手を動かす事すら怠るとは、それでは連中も肉体が脆弱になろうというものだ。

 中に入ると、まずその清潔さに俺たちは驚かされた。


 全てが白色を基調とした色使い。

 何より、冒険者の宿では虫やネズミと言った不衛生な生き物がちょろちょろしているものだったが、そういえばこの宇宙船では一匹も見かけた事が無い。

 ゴミやホコリ一つ落ちていない。

 

 見た目はまるで異なるが、しかし置かれているもの自体は冒険者の宿と極めて似ていた。

 寝る為の寝台ベッド、素材はわからないが机と椅子らしきもの、そして衣類や寝具を収納するための押し入れ、洗面台に焜炉コンロ、風呂が付いた便所まで揃っている。

 そして見慣れない、透明な四角の箱。

 箱の横には何かボタンがあり、それを押すと先ほどの地図のように光が浮かび上がり、中に人に似ている虚像が浮かび上がった。

 しかしその虚像は何も語らず、動かない。

 やがて虚像は消えていってしまった。


 何もかもが至れり尽くせりの部屋で、こんな所に住めたら如何に良い事かと思う。


 だがこの部屋には住人の姿も狂信者の姿もない。


 

 空き部屋かと思いきや、アーダルが天井を見据えていた。


「上か」


 倣って天井を見上げると、そこには確かになにかがへばりついていた。

 蠢く腐肉ブロブだ、と一瞬思ったが違った。

 腐肉の中から、顔や手足が突き出て見えているのだ。


 べちゃり、と力なく落下する。


 顔は俺たち人間と形状が似ている。

 腐肉の中に沈む顔は、目から上だけが覗いている。

 光を失った瞳でこちらを見て、手を伸ばしながらごぼごぼと何かを訴えているように思えた。


「人、なの……?」

「これは一体、何なのだ……」


 唖然とする俺たちと対比して、どこか虚無的な無表情で蠢く腐肉ブロブを見つめるリーンハルト。


「これが進化に失敗した生命の末路だ。寄生体と融合し、進化の切っ掛けを掴み損ねて暴走してしまった」

「リーンハルト、いや観測者よ。お主は一体、前の世界で何を仕出かしたのだ?」


 俺の質問に対して、自嘲気味に彼は笑う。


「世界の滅亡を、促進させてしまったのだよ」

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