第九十話:火の鳥

 侍の埋葬と長い休息を取った後、俺たちは再び熔岩地帯へと向かった。


「それにしても、泉の水量が減っちゃったのは本当に残念だわ」

「効能が失われたって事ですからね……。僕も試してみたかったのに」

「二人とも、失った物は戻ってこぬのだぞ。いい加減諦めないか」

「だって、若返りよ!? 若返りなんて誰もが望む願いじゃない。それが叶うものがあったのに無くなるだなんてショックも良い所よ」

「おい、無駄な繰り言を叩くな。そろそろ入るぞ」


 熔岩地帯へ続く扉を開く。

 相も変わらず、熔岩から発される熱気によって汗が噴き出すほどに暑い。

 熔岩の精霊たちも活発に動き回り、こちらを見つけるや否や熔岩をすくい投げてくる。


「調子に乗るなよ、精霊如きが」


 独り言ち、早速手に入れた杖を背嚢から取り出して力を解放すべく掲げる。


「って、力の解放はどうすれば良いのだ」

「ミフネさん、生贄の魔石を使った時はどうやって力を発動させてたんです?」

「あの時は全く無我夢中で覚えていない」


 ノエルを生き返らせたい、何故神はノエルに慈悲を示さないのか。

 振り返ると、そのような思いしか頭の中には存在しなかった。

 強い思いがあの魔石の特別な力を引き出したのだろうとは思うが。

 

 悩んでいると、リーンハルトが答えてくれる。


「お前はもう答えを知っている」

「答えだと?」

「彼女を生き返らせたいと願っていたのだろう。即ち、念じよ。さすれば杖は応える」


 念じよ、か。

 囁き、詠唱、祈り、念じよ。

 寺院の僧侶が奇蹟を祈る時、いつもこの手順を踏む。

 道具による力の解放は先の三つの手順を省略し、ただ念じよという訳だ。

 

 ならば俺は目を瞑り、杖を握り、ひたすらに一心不乱に念じる。


――我が意思に、呼び声に応えよ。其方が持つ力を、今こそ我に貸してくれ給え――


 すると、杖の先端から一気に水が放出され始めた。

 さながら台風の襲来によって荒れ狂う河川の如く。

 慌てて俺は杖を地面に差し込んで固定し、叫ぶ。


「退避するぞ!」


 声に呼応し、皆が熔岩地帯の入り口から退避する。

 しばらく水が暴れ狂う轟音は続き、またしても小休止をすることになった。

 

 扉の前でじっと待ち続け、やがて水が流れる音が収まった。


「行くか」


 扉を開けると、今まで熔岩で溢れていた箇所は水によって冷やされ、固められていた。

 いまだ熔岩が流れる箇所はあるものの、先ほどと比べれば極めて僅かであり、歩くのに障害となるようなものではない。

 小川のせせらぎのごとく、緩やかな熔岩の流れが迷宮の外へと続いている。

 無数の熔岩の精霊も今や、わずかな流れの中からごくまれに顔を覗かせるのみ。

 こちらを見かけても何もしないどころか、さっさと顔を引っ込めてしまう。


「探索を続けるぞ」


 熔岩の流れは収まったとはいえ、冷えて固まった熔岩は鋭利に斬り立っている。

 何かの拍子で転んで怪我をしないよう、慎重に歩いていく。


 道なりに沿って北へ進むと、急に差し込まれる光がより強くなった。

 迷宮の壁が完全に破壊され、外が見えるようになっている。

 隕石、いや宇宙船なるものが墜落して作った縦穴が上に続いているのだ。

 更にこの辺りは熔岩の噴火口が存在した。

 ここからじわじわと粘りの強い熔岩が噴出し、地面を穿ち流れていく。


 そして鳥の鳴き声が響き渡る。


 ケーンという鳴き声が次々と聞こえる。

 火の粉が舞い降りるので見上げてみると、炎を纏った鳥が悠々と飛んでいる。

 火の鳥は岩場に自らの羽で巣を作り、つがいを作って暮らしているようだ。

 岩場のみならず、縦穴の岩の層の出っ張りなどにも幾つか巣が存在している。


「先ほど聞こえた鳴き声は、この火の鳥のものであったか」


 元々迷宮内部にて巣を作っていたのだろうが、壁が破壊された事で外にも巣を作るようにもなったのだろうか。

 実に興味深い。

 

「巣の中には卵もありますね。うっすらと赤く色づいてます」

「今ちょうど繁殖期と言う訳か」


 すると、いきなり鳥同士の争う声がきこえた。

 争いの声の方向を見ると、縦穴の壁に巣を作っている火の鳥二羽が、喧嘩を始めている。

 何が気に入らなかったのか、口から火を吐いたり、足で蹴りつけたりと激しく火花を散らしている。

 魔物同士であっても諍いはあるものだ。


 喧嘩の表紙に片方の火の鳥が相手の巣の中に突っ込み、その勢いで卵の一つが巣の中から転げ落ちた。

 地面に落着した卵は割れて無惨にも中身を晒すのかと思ったが、そうではなかった。

 割れた瞬間に耳をつんざく轟音と共に、卵は爆発したのだ。

 それはかつて我が故郷に襲来した異国の蛮族たちが使った、手投げ弾に似ていると思った。

 爆発の規模は思ったよりも大きく、地面は大きく抉られて周辺近くに居た火の鳥たちは巻き添えを喰らい、負傷して喚き声を上げている。


「凄まじい威力の卵だな……。火炎爆裂エクスプロードかと思ったぞ」

「火のマナがあの卵には多く含まれているのかしらね。とんでもないわ」

「閃いたぞ!」

 


 その時、唐突にリーンハルトが手を打って叫ぶ。


「あの卵を何個か集めて宇宙船の外壁を破壊するのだ。あれだけの火力があればいける」


 確かにうなずける案かもしれぬ。

 しかしノエルの顔には、難色が浮かんでいた。


「あんな危険物をどうやって運ぶの? ちょっとでも落としたらボン、とかわたしは嫌よ」


 対してリーンハルトは、指を振って答えた。


「これはミフネにしか見せていなかったのだが、我には便利な道具があってな」


 そう言って手のひらに生成したのは、先日見た漆黒の立方体ダークキューブであった。


「その中に命あるものを仕舞い込んでは不味いのではなかったか?」

「ふむ。だがこうも考えられるだろう。卵は命のなりかけのものであると。即ち二つの状態が存在する。命でないもの、命あるものと。まだ命になっていない、雛の形となっていない卵であれば入れても問題はない」


 卵は確かに生まれたてであれば命になっているとは言えないかもしれない。

 一方、それは屁理屈ではないのかと感じている俺がいる。

 卵から生まれる姿を見ていると、卵は命のゆりかごに思えてならないのだ。

 

 とはいえ、これ以外に宇宙船なるものの破壊を行える物はなさそうだった。


「なれば、卵の回収を行おう」

「多少難儀な事になりそうだがな」


 鳥たちを見ると、既に俺たちの会話内容を察知したかのように騒ぎ始めた。

 手近な巣の火の鳥は臨戦態勢を取っており、口から今にも火を噴き出しそうだ。


「皆、やるぞ!」

 

 応、という掛け声とともに俺たちと火の鳥の戦いは始まった。


 火の鳥はまず空を飛び、口から火の玉を吐き出してぶつけようとしてくる。

 鳥の優位は明らかに空を飛べる事にあった。

 地上を這いずる者の攻撃を受ける事無く、一方的に攻撃できるのだから空を飛ばない選択肢などない。

 普通ならば。

 だが鳥たちは知らない。

 俺たちは空を飛ぶ相手であろうとも、撃ち落とせるのを。


「奥義・二の太刀、虚空牙」


 思えば久しぶりに放つこの技は、霊気を纏った状態で刀を素早く振りぬき真空の刃を飛ばすものだ。

 空を飛ぶものにはうってつけで、刀を振りぬくごとに見えない刃が鳥たちを撃ち落としていく。


 アーダルは苦無くないを投擲して的確に鳥の心臓や頭部を狙い撃ちし、仕留めていく。

 ノエルもまた、衝撃波フォースを使って鳥を地面に撃ち落とし、落ちた奴を打擲して倒していく。

 リーンハルトは冷気の魔術で凍らせている。

 火の鳥はどうやら徒党を組むのを知らぬのか、各個で向かってくるだけなので倒すのにそれほど苦労はしなかった。


「とはいえ、中々数が多かったな……」


 流石に数十羽にも襲われれば、幾らかの被害は出るものだ。

 火傷を負い、その為にノエルの回復の奇蹟を使わざるを得なかった。

 

 だがこれで目的は果たせる。

 主の居なくなった巣の卵を十数個回収し、漆黒の立方体ダークキューブの中に放り込む。

 それ以外にも、リーンハルトは火の鳥の羽を毟っていた。


「この羽は鳥から離れても熾火のように火が保たれている。火種として最適ではないか」


 成程、言われてみれば便利なものだ。

 いくらか余分に毟っておいて、それらもまた漆黒の立方体ダークキューブの中に放り込む。

 寄生体の始末の為には、火種はいくらあっても困らない。


 

 さて、俺たちは宇宙船の前まで戻って来た。

 相も変わらず魔物の群れがたむろしている。

 力押しをしてもよいが、それでは俺たちが激しく消耗するのは目に見えている、

 先ほどまでは居なかったはずの上級悪魔グレーターデーモンまでもいるではないか。

 どうすべきか、俺たちは悩んでいた。


「そういえば、僕この手裏剣まだ使ってないんですよね」


 アーダルが背負っていた風魔手裏剣を取り出す。

 人の頭ほどもある大きな手裏剣の刃は薄く鋭利で、曇りなき輝きを放っている。

 

「この手裏剣が宝物庫に納められる程の凄さがあるのか、試してみたいんですけどどうでしょう?」

「やってみる価値はあるな。手始めの近くの豚人オークの群れに投げてみたらどうか」

「わかりました」

 

 そしてアーダルは、集団から離れている豚人オークに狙いを定めた。


「噴!」


 風魔手裏剣を投擲すると、緩やかに弧を描きながら豚人オークの群れへと向かっていく。

 音もなく飛んでいく手裏剣は、豚人オークが何に斬られたのかもわからせぬままにその胴をいともたやすく泣き別れにさせた。

 傷口は極めてなめらかで、断面図がしっかりと見えるほどであった。

 出血が吹き上がるのも一瞬遅れたほどで、地面に倒れるまで他の魔物たちも様子に気づかなかった。

 寄生体すらも気づくのに間があったのか、体の再生が行われはじめたのは豚人オークが倒れてからであった。

 そして風魔手裏剣は血の一滴も刃に残さず、アーダルの手に吸い付くように戻って来たのである。


「凄い……。何匹もオークを斬ったのに、刃は先ほどと同じ輝きを放っています」

「ならば言うまでもないな。次の投擲を始めよう」

「はい!」


 続けざまに放った風魔手裏剣は、今度は全ての敵を狙うかのように飛んでいく。

 実際、魂でも宿っているのではないかと思うほどに手裏剣は魔物たち全てを切り裂いていった。

 血の海に沈む魔物たちを、すぐさまリーンハルトが炎の嵐で火葬していく。


 しかし、如何に風魔手裏剣と言えども一撃で斬れぬものは存在した。


「やはりな、上級悪魔よ。貴様らの肌や肉はやすやすと刃を通してくれるものではないだろうからな」


 それでも、深々と肉を斬られた上級悪魔グレーターデーモンは、怒りに満ちていた。

 暗い赤い血を腕と腹から流し、臓物を腹から零しながらもなお生きている。

 その右腕をこちらに向け、吹雪ブリザードを唱えようとしていた。

 俺は一足飛びに踏み込んで跳びあがり、上級悪魔グレーターデーモンの頭の高さまで到達する。

 不意に上級悪魔グレーターデーモンと目が合った。

 目を見開き、信じられないと言ったように呆けて口を開けている。


 野太刀を振り抜き、上級悪魔グレーターデーモンの首を刎ねた。


 悪魔は腕を掲げたまま動きを止め、首だけが地面へと転がり落ちる。

 寄生されていなかったのか、再生を行う事なく倒れて赤い霧となって消えていった。


「大方片付いたかな」

「宗一郎、上!」


 ノエルの事と共に、天井から落着するものがあった。

 一目見て、ぐずぐずに腐った肉の塊のように思えた。

 しかし肉の塊は蠢いている。生きている。

 明らかな意思を持っているように、肉の中から触手を伸ばしていた。


蠢く腐肉ブロブか」


 蠢く腐肉ブロブはしかし俺には目もくれずに、一人の方にのろのろと向かっている。

 リーンハルトだ。

 ごぼごぼと鳴き声? を上げながら執拗に触手を伸ばしてリーンハルトに絡みつこうとしていた。

 彼は剣で触手を斬り払いながら、一言だけ呟く。


「許せとは言わぬ」


 リーンハルトは腐肉に近づくと、火球を叩き込んだ。

 悶えながら焼け焦げ、動かなくなっていく蠢く腐肉ブロブ

 倒してもなお、リーンハルトの表情は曇ったままであった。

 あれを見て何か思う事でもあるのだろうか。

 

「外壁を破壊しよう」


 リーンハルトは卵を取り出し、宇宙船の外壁の凹んでいる場所に置いた。

 凄まじい衝撃で歪みが激しい場所なら破壊がしやすかろう。

 卵を置いた後は遠くに離れて安全を確保する。

 アーダルは小石を拾い、手に持って感触を確かめていた。


「僕が小石を投げて卵にぶつけます。いきますよ」


 ひょいとアーダルが小石を投げた。

 卵と小石がぶつかり、卵がひび割れたかと思うと瞬時に爆発を起こす。

 想定していたよりも爆発は凄まじく、宇宙船の外壁どころか迷宮のひび割れていた外壁すらも吹き飛ばしてしまった。

 土煙がもうもうと立ち込め、収まるまでしばらく待つ。

 とはいえ、外とを隔てる壁がなくなり空気の入れ替えはかなり速い。

 湿った空気は外に流れ、土煙も徐々に収まっていく。

 

「どうかな。成功してるだろうか」


 土煙が晴れる。

 すると、宇宙船の滑らかな外壁は破壊され、ぽっかりと穴が開いているのが見えた。


「よし。ではこれより、宇宙船の中に入り込む。皆覚悟は良いか」

「応!」


 頷き、俺たちは一歩先へと踏み出していく。

 果たして何が待ち受けているのか。

 知っているのはリーンハルトこと旧き神、あるいは大いなる神だが、しかし今は何を聞くにも憚られるように思えた。

 

 いつも薄笑いを浮かべているのに、今だけは能面のような顔つきになっているのだから。

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