外伝二十五話:最後の仲間
石造りの階段を五人で上がっていくと、微かな腐臭が漂って来る。
間違いなく二階にはドラゴンゾンビが居るという証拠。
腐臭と共に、ドラゴンの唸り声らしきものも時折聞こえてくる。
「ふむ。来たるドラゴンも既に生きてはおらぬというわけか」
ルードは腐臭を嗅ぎ取り呟いた。
「だが腐っても竜には変わりない。腕が鳴るわ」
「ねえルード。城の二階はどんな間取りになってるの?」
「城二階は一階や地下と違って単純な作りでな。領主の間とそこに至るまでの通路があるくらいだ。通路の間に近衛兵の詰所を兼ねた広い空間が一つ。そしてもう一つの部屋として宝物庫がある」
宝物庫という単語を聞いてにわかにパーティの面々の目の色が変わった。
アスカロン廃城は大きめの城だったし、領主がきちんと領地を治めていた頃は色々な宝物が贈られていたのかもしれない。
しかし宗一郎が短く切り揃えた顎鬚を撫でながら首を傾げた。
「この荒れ果てようでは既に宝物庫は空の可能性の方が高いだろう。或いは罠だらけであってもおかしくはない」
「それはそうですけど、でも宝物庫ですよ!?」
盗賊から転職したてのアーダルが声を荒げる。
まだ盗賊としての感覚が抜けきっていないようで、宝という単語に明らかに色めき立っている。
「落ち着け。先ほど俺たちは決めたであろう。城の探索はせずに
宝箱に気を取られて罠に掛かったのはお主ではないのかと宗一郎は言った。
流石にばつの悪いアーダルはそこで黙ってしまう。
一日目の事を思えば、まあそれも仕方ないかな。
わたしも賛成だ。
「と言うわけで、真っすぐ行くぞ」
宗一郎の掛け声と共に、再び歩き出す。
階段を登り切り、通路へと進むと一つの広めの空間へ出た。
ここが兵士たちの詰所の広間か。
壁には所々に採光の為の窓があり、光が差し込んでくる。
燭台の火はもちろん消えており、床には兵士の物と思われる剣や槍、盾と鎧などが無造作に埃を被って転がっていた。
「私が生きていた頃は賑やかな場所だったのだが、今や見る影もないな」
ルードが嘆息する。
「詰所と言ってもかなり広いですね」
「領主に会う為には変な者を通すわけにもいかぬからな。警備の為の場所でもあった」
多くの人が集ったのだろう。
変貌する前の領主はかなり民に優しかったのだと思われる。
先へさらに進むと、同じような広い空間がまたも広がっていた。
朽ちた燭台、鎧、剣、そして人。
「あそこに誰か居ますね」
アーダルが息を潜めた。
「敵か?」
「薄暗くてよくわからないわね。警戒は怠らないようにしましょう」
「私が先陣を切る」
ルードがフランベルジュを抜き、構えて尋ねる。
「そこに立っている者は誰か。ゆっくりとこちらへ来て名を名乗れ。応答がない場合は、問答無用で斬る」
ルードの声が辺りに響く。
立っていた人影は、声に反応してゆっくりとこちらへ歩を進めてくる。
薄暗い闇から現れた人影は、魔術師と思しき姿をしている。
灰色のローブを羽織り、その下には魔術師の学院より出たばかりと思われる黒布と金の装飾がなされた制服を着ていた。
魔術師の学院は各国にあり、この魔術師が着ているものはイル=カザレムの魔術師学院の制服だ。
学院を出た魔術師は、職業訓練所で簡易的に学んだ魔術師と違って必ず三つ以上の魔術を覚えている。
そして冒険者となる学院出の魔術師は中々希少で、特に初心冒険者の中では奪い合いになる事が多い。
学院を出てからどれくらい経験を積んだのか、気になる所だ。
やがて魔術師は窓からの光が差す場所まで来た所で、ローブのフードを脱いだ。
その顔を見てムラクが叫ぶ。
「マクダリナ! 生きてたの!?」
マクダリナと呼ばれた魔術師は、ムラクの姿を見てこわばっていた表情を綻ばせた。
「ムラク、貴方は生きていたのね。良かった」
ほう、と溜息を吐くと同時に頬に一筋の涙が流れる。
切れ長の瞳に濃くウェーブの掛かった長い黒髪の彼女は、酷く怯えていたのだろう。
仲間を見つけてからは安心したのか膝を着いてしまった。
ムラクはマクダリナの下へと走り、彼女の肩に手を置く。
「どうやって今まで生き延びてきたの?」
「城の二階に逃げ込んで、袋小路になってる通路に隠れてたの。他の皆は?」
「……残念だけど、ボクと君しか生き延びてない。皆は、後で回収して寺院に連れて行かないと」
「……そう。私達二人は運がよかったのね」
感動の再会。
手放しにそう言えたら良かったんだけどもな。
「ねえ、ルード。最近二階に出入りしていた人って居るの?」
「さて、私はずっと地下をうろついていた故わからぬ。だが人らしき気配を感じた事はある。恐らくは盗賊の類であろうな」
「盗賊が二階をうろつけるの? あの門は固く閉ざされててカギ開けも通用するものじゃないでしょ」
「レリーフを死体から回収できれば訳も無い。盗賊たちであれば魔物を避けて歩く事も容易かろう」
やっぱり、これだけ大きな廃城があったら盗賊が拠点にするのも当然か。
ベテランの盗賊は気配を隠す手段に長けているから、ルードの言う通り魔物との遭遇も出来る限り避けられる上に、討伐しにやってくる連中も魔物が蔓延っている場所にはおいそれと近寄れはしない。
また、それなりに「わきまえている」盗賊であれば討伐しに来るか来ないかギリギリの所を見極めて盗賊稼業を行う。
あえてここを根城にするのも理解できる話ではあった。
「レリーフは誰が持っていたの?」
「私の記憶の限りなら、近衛兵たちや領主、また領主に近い者達が持っていたはずだ」
「そこそこ多いって事?」
「そうなるな」
だからといって、マクダリナがレリーフを手に入れられるかと言うとその可能性は低いはず。
一人で未知の迷宮を探索するのはリスクが高すぎる。
彼女が隠れていたというのは当たり前の話だ。
でもレリーフもなしに二階に来れるはずもない。
「二階へ続く道はあの階段しかないのよね」
「その通りだ。しかし、今は朽ち果てている故、天井が所々抜けているだろう。天井まで上がれるような跳躍力があれば、もしかしたら二階へ直接行くのも不可能ではないな」
わたしは天井を見上げた。
人の三倍かそれ以上の高さが無ければ恐らく届かない天井。
これほどの高さを何の助けも無しに登れる生物は中々居ないだろう。
空でも飛べたりしない限りは。
そして、わたしはその芸当が出来そうな生物に思い当たりがあった。
誰だって奇蹟を信じたいとは思うだろう。
でも、わたしは今目の前にある奇蹟をそのまま信じるような経験の無い冒険者ではない。
彼女も既に……。
宗一郎も訝しい目でマクダリナを見つめている。
「ねえ……」
わたしが問い掛けようとすると、不意に彼女の口を覆った影が一つ。
「!!」
影はあっというまにマクダリナを攫い、何処かへと連れ去っていく。
「待て!」
「あ、ムラク待ちなさい!」
ムラクは攫われた彼女を追い掛け、更にわたし達が追いかけるという形になる。
攫った人影は領主の間に行く通路から外れ、横に伸びる別の通路へと進んでいく。
攫った人影の足の速さは尋常ではなく、その背中はどんどん遠のいていく。
やがて闇に紛れてしまった後、ようやくわたし達はムラクに追いついて彼の肩を掴んだ。
宗一郎がムラクを諭す。
「落ち着けムラク」
「で、でも」
「彼女を助けたい気持ちは痛い程わかる。だがハヴィエルの事を思い出してみろ」
「……」
「あえて言うが、彼女がこの城で無事に過ごせたとは俺には思えない。俺は彼女も寄生体に憑りつかれたと見ている」
「でも、マクダリナの足取りはしっかりしてました。寄生体とやらに憑りつかれているのなら、ハヴィエルのようにおぼつかない足取りになるはずです」
「まだわたし達はハヴィエルの一例しか寄生体に憑りつかれた人を見てないわ。断言するのは危険よ」
「うう……」
「マクダリナが無事かそうでないにしても、誰かが俺たちを罠に嵌めようとしているのは間違いないだろう」
宗一郎はいつの間にか目の前にある扉を見やって言った。
ここがルードの言う宝物庫の扉なのだろう。
重く分厚く、かつ金の細やかな装飾が施されていた扉は今や見る影もない程に朽ちかけてしまっている。
「と言っても、踏み込むのは決まっているんでしょ」
わたしが言うと、宗一郎は不敵に笑う。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、とも言うからな。罠だと知っていてもあえて踏み込まなければならない時、それが今だ」
その言葉に、パーティの誰もが頷いた。
「やっぱりそうでなくちゃミフネさんじゃないですよね」
「感謝します、ソウイチロウさん」
「では、突入しよう。皆で扉を蹴り破るぞ」
かつての姿であれば頑丈そうな宝物庫の扉だったけど、今やわたし達の蹴りでも無理やりにも開きそうな朽ち果て方をしている。
「いっせーの、せっ!」
掛け声と共に五人が息を合わせて扉を蹴破る。
轟音と共に、扉は勢いよく吹き飛んで行った。
もうもうと埃が立ち込める宝物庫の中に足を踏み入れる。
思った以上に広く、何十人が入れるような空間だ。
宝物庫の名が示すように部屋の中にはいくつもの宝箱と武器防具、道具の類があったと思われる形跡が残されていた。
宝箱は口を開け、武器を入れていたはずのソードラックや鎧を失った鎧掛けたち。
全てが空だ。
壺や木箱、タルも壁に沿って並べられていたけど多分覗き込んだ所で何も無いのが落ちだろう。
宝物庫の中を進むと、部屋の中心に立っている柱の前にマクダリナの姿があった。
傍らには盗賊と思われる男を引き連れて。
盗賊の男が一つ指笛を吹くと、ぞろぞろと他にも盗賊らしき面々が現れる。
その誰もが、寄生体に憑りつかれたおぼつかない足取りをしていた。
いつの間にか、周囲は盗賊団によって囲まれてしまっている。
そしてマクダリナも、身体からあの触手を伸ばしていた。
「ごめんねぇムラク君とそのお仲間さん。こんな形で誘い込むような風にしちゃって」
「予想通りではあるがな。やはりお主も寄生されてしまっていたか」
宗一郎が言うと、マクダリナはわたし達を嘲け笑った。
無知な子供を諭すかのように優しい口調で話し始める。
「寄生だなんて失礼な事を言わないでほしいわね。彼ら星の子は憐れなものよ。はるばる遠い遠い空を飛んできて、ようやく安住の地を探してここに降りて来たのだから。そして彼らは、人類をより高みへと進化させる力を持っている」
「進化? どういうことなのマクダリナ」
「星の子と上手く適合できれば、これほどまでに素晴らしい力を手に入れられるわ」
マクダリナは詠唱もせず、更には魔術を唱える為に触媒として必要なはずの杖すらも無しに無数の氷の槍を呼び出し、投げつけてきた。
「むうっ」
氷の槍が襲い来る中、ルードが前に立ってすかさず炎の壁を召喚する。
燃え盛る炎の前に氷の槍は溶け、水が床にぼたぼたと落ちていく。
「あら、魔物が何故か一緒に居ると思ったらそういう事? どうやって悪魔を手なずけたのか教えてほしいわね」
「失礼な事を言うな。彼はこの城の騎士であった男だ」
「随分と面白い姿になっているじゃない。その悪魔になった人も、星の子と一緒になったらいいわ。もっと凄い姿になれるかも」
「残念ながら、その様な機会は訪れぬ。この城の安寧を脅かすものは全て排除する。それが私に課せられた最後の仕事だ」
「それに人類を進化させるだなんて、余計な事よ。そんな変な生き物の力を借りなくても、人々は自らの力で進化できるはずだもの」
「あら残念。じゃあ仕方ないから、無理やりにでもこの素晴らしさを味わってもらうしかないわね」
マクダリナが手を上げると、寄生された盗賊団の面々がおもむろに武器を構え始める。
わたし達も動きに呼応してそれぞれが構える。
「行きなさい、我がしもべたち。彼らを仲間に引き入れましょう」
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