外伝二十六話:寄生盗賊団との戦い
周囲を囲む盗賊団たちは二十人以上はいると見た。
各々はおぼつかない足取りでありながらも、確実にゆっくりとこちらに近づいている。
誰も彼もが寄生体に憑りつかれているせいか、正気を失って唸り声ばかりを上げていた。
対して、マクダリナは明らかに正気を保っているように見える。
身体に這わせている触手と手遊びをするかのように戯れており、一方的に寄生されて支配されているようにはとても思えない。
彼女曰く、本当に適合して共生出来ているのかもしれない。
でもわたしは、未知の生物に身を委ねる気にはなれない。
適合できない人々は目の前の虚ろな何かになってしまうのであれば、それは進化ではないと思うから。
「凍り付きなさい」
マクダリナは触手を腕に絡め、構えた手のひらから冷気の嵐を繰り出した。
即座にわたしは
「させぬ!」
彼が剣を一閃すると、冷気に対して荒れ狂う炎の嵐が呼び起こされ、相殺して冷気は消えうせた。
「ノエル、君がここでマナを消耗するのは得策ではない。マクダリナとやらの得手は氷や冷気と見た。ならばここは私が盾となり君達を護ろう」
ルードの読みは正しく、マクダリナの顔はわずかに歪んでいる。
「だったら数で圧し潰してあげるわ!」
寄生された盗賊団の一人が、マクダリナの叫び声に呼応するように曲剣をアーダルに振るった。
「しぃっ」
ハヴィエルと違い技量の欠片も見えない斬撃は、アーダルにとって躱すのは訳も無かった。
振り下ろした曲剣の一撃を皮膚一枚で躱し、そのまま懐に入り込んで手刀を繰り出す。
紫色のオーラを纏った手刀は、曲剣を持った右腕を斬り飛ばした。
しかし痛みに悶えるような相手ではない。
すぐにもう片方の腕で力任せに殴りかかって来るのはわかっている。
アーダルは右腕を斬り飛ばした後、左腕も斬り飛ばして更に首も切断した。
まさに電光石火。
そうなると敵はあたふたと腕や頭を取りに行くしかない。
その間に両足も斬り飛ばす。
もはや敵は動く事も叶わない。
いかに再生ができるといっても、再生する元の部位が無ければ意味がない。
残された胴や、飛ばされた部位は最後にムラクの酸やルードの炎がとどめを刺す。
対処法さえ知っていれば、再生力の強い厄介な相手と言えども苦戦はしない。
盗賊団はハヴィエルほどの技量も無かった。
寄生体が肉体を強化すると言っても、身体の動かし方は寄生された方の技量にある程度依存するらしい。
宗一郎やルードの剣、アーダルの暗殺術の前には盗賊団たちは物の数にもならない。
数に恃んでも蹴散らされるだけだ。
「中々に厄介な再生力ではあるが、燃やすのが有効なら私の敵ではないな」
ルードはフランベルジュに炎を付与し、また一人の敵の胴体を薙ぎ払う。
フランベルジュの刃はその形状から炎の剣とも形容されるが、実際に炎を付与した剣は振るわれた軌道が暗闇に映えて美しい。
その剣技はしかし、敵を残酷なまでに切り裂き燃やし尽くす。
わたしは仲間を
マクダリナは次々と数を減らしていく盗賊団に焦りを募らせている。
数で優位に立っていたつもりだったようだけど、それはわたし達の実力を単純に見誤っていたに過ぎない。
舐めてもらっちゃ困るわね。
たかだか寄生体で強化された程度でわたし達に勝てると思ってもらったら大間違い。
無詠唱で出される魔術は確かに脅威だけど、ルードの炎でことごとく遮られてしまっている。
ルードは思った以上にやってくれている。
彼が居なかったらマクダリナへの対処はもっと苦労していただろうな。
おかげで他の仲間は盗賊団の対処に集中出来ている。
特にムラクのアシッドバレットが寄生体に効果的で、肉体を構成している組織そのものを溶かしてしまうと再生する組織が無くなってしまうので治しようがない。
そして寄生している自分自身も酸で溶かされて再生不能になってしまう。
これは致命傷以外の何物でもない。
「……全く、星の子と共生できなかった可哀想な子たちはどうしようもないわね」
マクダリナは捨て台詞を吐き、初めて詠唱を開始する。
その言霊は恐ろしい程に早く、時間を早く送っているかのように彼女は詠唱を続ける。
高速詠唱、という技術なのだろうか。
それもまた寄生された事により成せる技なのか。
「プリズミックミサイル!」
マクダリナが天に両手をかざすと、そこから虹色の光が発射される。
放射状に発射された光は虹色に煌めきながら、敵味方の区別なく降り注ぐ。
「むっ、不穏な光!」
「うわあっ!」
宗一郎とアーダルは光を何とか躱したものの、わたしとそれ以外の仲間には光線が当たってしまう。
わたしの下半身に当たった光は石化し、ルードは麻痺に陥って、ムラクは眠気に襲われて意識朦朧とフラフラになっている。
「なるほどな、状態異常を起こす光というわけか」
「感心してる場合ですかミフネさん!」
「とはいえ、まだ上手く魔術を使いこなせてはいないみたいだ。得意な魔術ではないせいかな?」
プリズミックミサイルは盗賊団の面々にも襲い掛かり、彼らもまたわたし達と同じように体の自由を奪われている。
麻痺、石化、睡眠の他にも恐慌状態に陥ったり、あるいは即死している者も。
制御しきれなかったのは魔術の習熟が足りない事に他ならない。
それでも、プリズミックミサイルは魔術の中では高度なレベルの魔術と聞いている。
彼女はまだ経験がそれほど無い冒険者とわたしは見受けるが、これほど高度な魔術を発動できるとは恐るべき力だ。
しかしこれで、盗賊団はほぼ全滅してしまった。
「仲間を巻き込んででも俺たちを倒したかったのだろうが、当てが外れたな」
「これも仕方ない犠牲の一つよ。私と適合した星の子さえいればいくらでも分裂増殖、繁殖できるから問題はないわ」
星の子。
先ほどからマクダリナは寄生体の事をそう呼んでいる。
わたしは気になって彼女に質問してみた。
「ねえ、貴方は寄生体の事を星の子と呼んでいるけど、それは何故?」
「……少しだけお話ししてあげるわ。上手く彼らと適合出来た私は、彼らの今までの歴史、記憶を読み取ることができるようになった。さっきも言ったけど、彼らは宇宙と呼ばれる空よりも高い暗黒空間の中を、ずっと長い間飛んできた。自らの星は隕石の衝突によって住めなくなり、以来ずっと星々を転々としてきたって」
「だから星の子ってわけ?」
「そうよ。彼らは私達の住んでいるこの星を見つけ、降りて来た。ここはとても良い星だって彼らは言っていたわ。依代となる生物が満ち満ちていて、いくらでも繁殖できるって絶賛してたもの」
もしかして、その寄生体たちの依代となっていた隕石はサルヴィの迷宮隣に落ちた奴じゃないだろうか。
「星の子とやらはまだまだいるわけ?」
「そうね。隕石の落ちた場所にとどまった子もいるけど、こっちに来て生存範囲を広げようとした子も居る。いずれにしても、私達はもっともっと世界に広がって満ちていくつもりだわ。私達人類は彼らと共になって生きるべきなのよ」
……これは危ないな。
ドラゴンゾンビを討伐したら、急いでサルヴィに帰らないと街がどうなっているかわからない。
すでに迷宮から寄生体に憑りつかれた人々が現れたら手遅れになりかねない。
「なるほどな。これは依頼を早急にこなして戻る必要がありそうだ。さて、マクダリナとやら、次にはどんな奥の手があるのかな」
宗一郎は呟き、刀を手にマクダリナにじりじりと迫っている。
「残念だけど、私にはこれ以上の魔術は持ってないわね」
じりじりと下がるマクダリナ。
その間にわたしは
パーティ全体に効果のある
覚えていたらとても重宝される奇蹟の一つ。
追い詰められたマクダリナは、ついに壁を背にしていた。
「覚悟を決めてもらおう」
宗一郎が刀を構えた瞬間だった。
(――近づいているのか。巫女よ。導き手よ。
我が呪いを一刻も早く解いてくれ。
我が我で居られる時は、もはや少ない。
欠片でも理性が残っているうちに、我が我であるうちに解き放ってくれ――)
「ぐうっ」
わたしの脳内に、また声が響いてきた。
昨日の夜にも聞いた、悲痛な助けを求める声が。
声はわたしを支配し、身体の力が抜けていって床に倒れ込む。
「ノエル? 大丈夫かノエル!」
異変に気付いた宗一郎がこちらを振り向いた瞬間に、マクダリナは目聡く天井に開いていた穴に向かって跳躍した。
アーダルがすぐにクナイを投げつけるものの、彼女の身体から生えている触手がクナイを振り払い、マクダリナはまんまと逃げおおせてしまった。
「大丈夫ですか、ノエルさん!」
仲間たちの声を聞きながら、私の意識は徐々に遠のいていった。
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