外伝二十四話:姿無き声
体を清潔にした後は、もちろんご飯の時間だ。
各々が持ち寄って来た冒険用の食べ物をバッグやリュックから出している。
わたしは干した牛肉に固めのパン、そして漬物を持ってきている。
迷宮探索という限定された環境の中でも、しっかりとした食事を採らなければ目的は果たせない。
肉やパンだけといった偏った食事では、体の調子は悪くなってしまう。
それでなくてもわたしはお腹の調子を崩しやすい。
漬物や日持ちする野菜などを持ってきて必ず食べるようにしている。
自分の野菜が無くなっちゃったら、宗一郎の乾燥させた粉末の草を貰う。
あれは本当に苦いけど、体にはとてもいい。
便秘がちの人が居たら、ひと口ぶんでも摂取してみるといい。
するすると出るようになるから。
宗一郎はどこから調達してきたのか、コメという植物の種子を炊いて握ったおにぎりという物を食べていた。
おにぎりには海苔が巻かれてウメというものを干したものが入っている。
コメは彼の故郷の主食なんだけど、こっちは水があまり豊富には無いからコメは栽培できる環境ではない。
そういえば彼はダークエルフの有名な商人と個人的に取引してるんだっけ。
そのダークエルフは貴重品や武器防具の取引を専門にしているんだけど、そんな人にわざわざ食品を頼むだなんて彼はやっぱり変わっている。
ダークエルフの商人も宗一郎の事を気に入っているらしく、知り合ってから今日までずっと取引を続けているみたい。
アーダルはサルヴィで手に入る塩味のビスケットと干し肉と、あと兵糧丸? っていう変な生地を丸めたようなものを齧っている。
忍者はこういう物を作って食べるんだと力説されたけど、あまり美味しそうには見えないな……。
あと草。
宗一郎から貰った粉末の草を口に含んでさっきと同じようにいーっと舌を出している。
可愛い。
ムラクは何を食べているのかと思いきや、何か色々とカラフルな液体を調合してそれを飲んでいた。
様々な栄養を抽出して混ぜて作った独自のドリンク。
あと主食のパン。
宗一郎以外はみんな小麦で作った主食だな。でもムラクのは黒いパンだ。
使ってる麦が違う。
小麦は北国では育たないから、ライムギという麦を使う。
ライムギで作られた黒パンは、酸味があって味わいが違ってこれもまた美味しい。
そして普通のパンよりも目が詰まっていて食べ応えがかなりある。
ムラクはでも栄養重視でこっちを選んでいると言っていた。
たしかにこっちの方が冒険向けかも。
これの上にチーズやハムを挟んで食べてるけど、美味しいだろうな。
栄養を凄く気に掛けてるのもアルケミストらしいのかな?
アルケミストとはほぼ初めてであったからよくわからないけど、何か調合しているのはそれっぽいとは思う。
もしかしたら薬剤師とも役割が被ってるのかもしれない。
「硬くなった黒パンはスープに入れると美味しいんですよ」
ムラクはコンソメスープの中に黒パンを投入して食べていた。
わたしも少しつまみ食いさせてもらったけど、確かにおいしい。
酸味が良い具合にアクセントになって、スープの味わいを豊かにしている。
少しだけ故郷の事を思い出した。
でも、あそこではお肉をほとんど食べられなかった事も思い出してしまった。
エルフの味気ない料理は、心も寒々しくさせてしまう。
冬の曇天のように。
夕食を食べた後は、明日に備えて眠る。
魔法陣を張っていれば、魔物は近寄ってきても結界の中には入り込めない。
ゆっくりと何も警戒する事なく休める。
「明日も早い。皆、早く床について英気を養ってくれ」
「はーい」
各自がシーツなり薄い毛布なりを掛けて眠る。
流石に石の床の上は冷気がダイレクトに伝わるので、下に城に置いてあった木箱を分解して敷物にして、その上に横になる。
探索一日目にして強敵との連戦が続いて、流石に疲れちゃった。
寄生体に山羊頭の悪魔、極めつけはパズズとかいう魔神と来た。
復活して間もない身の上だというのに、どうしてこうしんどい探索になっているのやら。
実際、横になってからすぐに眠気が襲い掛かって来る。
意識が沈み、心地よい眠りへと落ちていく。
(――未だ我が魂は縛られ、肉体は腐ったまま現世に在るのはもはや罰としても過ぎたものではないのか。
一体この苦痛は何時になったら終わるのか。
死してなお現世に縛られる理由は、誰に問えば良い。
誰でも良い。
無窮に続く責め苦から解放してくれ――)
「……誰?」
誰かの声が聞こえた。
それはか細く、力なく、今にも消え入りそうながら、しかし確かにわたしに聞こえたのだ。
耳に届いた声ではない。
頭の中に直接響いてきた。
テレパシーを使えるような誰かが居るのだろうか。
その声はまどろみから直ちにわたしを覚醒させた。
上半身を起こす。
まだ火の魔石はゆるゆると火の勢いを保っており、ほのかな灯りと暖かさを周囲に伝えている。
周囲には誰も居ない。
寝息を立てている三人の息遣いだけが聞こえている。
亡霊の声かとも思ったけど、亡霊にはあそこまではっきりとした意思を伝えられる者は少ない。
確固たる意志を持った霊と、わたしは出会った事がまず無かった。
生霊ならば意思を持っているかもしれないけど、それだって長続きはしない。
肉体と魂を分離されてしまうと、どちらもいずれ時間が経てば朽ちていく。
宗一郎は盗賊の迷宮で、長年生霊として縛られたエルフと出会ったみたいだけど、それこそ例外中の例外だ。
では一体誰なんだろう。
「……気にするだけ無駄、か」
判断するにはあまりにも材料が足りなさ過ぎた。
喉の渇きを覚え、わたしは素焼きのカップに泉の水を入れて飲む。
地下水脈を流れる水は一定で何時だって冷たい。
水を飲んだ後、再び床に入って目を瞑った。
既に声はもう聞こえなくなっている。
明日の為に今日は寝るのだ。
* * *
翌日。
わたし達は軽い朝食を取った後、二階へ向かう事にした。
皆で相談した結果、隅々まで探索するよりも目的を果たすのが先だと結論づけられた。
城一階も地下もロクなお宝は無かった。
つまり二階も探索するだけ徒労に終わる可能性が高い。
ならばさっさと依頼を終わらせてしまおうというわけだ。
「ねえ、皆は夜中に誰かの声を聞かなかった?」
「声か。わからぬな」
「僕もぐっすり寝てました」
「ノエルさん、夢か何かじゃないんですか? それか亡霊の怨嗟の声とか」
どうやら皆には聞こえていなかったようだ。
となれば、あれはやはり夢だったんだろうか。
それにしてはやけに臨場感があって、切実な願いのように思えたのだけども。
「うーん。幻聴かもしれないわね」
「長い間、生と死の狭間の世界に居たのだ。何かしら変調をきたしても可笑しくはないな」
「そうかな、そうかも」
「霊が憑りついてるんじゃないですか?」
「それなら自分で気づくわよ。っていうか近づいてきた時点で気づくって」
「あ、そうか」
そもそも僧侶は霊の気配には鋭い。
職業として霊と接する機会が多く、鎮めたり祓ったりするのだから気づかないのは余程経験がないか、あるいは信仰を失った生臭坊主かのどちらかだ。
恨みや悪意が強い霊でもない限りは、高位の僧侶には近寄ろうともしないしね。
「ひとまずその声については一旦忘れよう。
「そうね……」
喉に引っかかった小骨みたいな違和感を覚えつつも、わたし達は二階の階段へと向かう。
階段のある閉ざされた門へ向かうと、そこには一つの影があった。
「ルードではないか。一体どうした?」
「悪魔となってからは眠る事を忘れた故、まんじりとここで夜を明かしてしまった。待ちくたびれたよ」
「待つ? それは一体」
「俺と一戦交える気にでもなったか」
宗一郎が野太刀を抜こうとすると、ルードはそれを手で制する。
「いや、君と戦う気はない。君達の仲間に加わりたいと思ってな」
「どういう風の吹き回しだ?」
「ここには多くの仲間が眠っている。望まぬ結果ながらもな。私は彼らが静かに眠れるようにしたいのだ。この廃城は墓だ。ならば私は墓守となって安寧を守りたい」
しかし、今は獣が潜んでいたり、寄生体のような変な生き物が跋扈していたり、挙げ句の果てにはドラゴンゾンビが新たな縄張りとして君臨している。
全く騒がしい事この上ない。
これでは城の人々も安心して眠りにつけないのは確かだ。
「だから君達に手を貸したいのだ。どうだろうか」
「それは願っても無い事だが……」
「ならば決まりだな。私は城の構造も隅々まで知っている。役に立とう」
「気になってたんだけど、人から悪魔に変わってから何か感覚は変わったりしてない?」
「ふむ。人であるときよりも、更に力は強くなった。このように軽々と大振りの剣も振り回せる」
ルードは片腕でフランベルジュを、まるで軽い棒きれでも握っているかのように振り回している。
「何よりは魔術だな。私には魔術の心得は全く無かったが、パズズなる魔神の影響か火の魔術を使いこなせるようになった。ファイアーストームくらいならお手のものだ」
「魔法剣士か。いいじゃないか。前衛と後衛どちらもこなせる万能戦士か」
「では行こうか。私もドラゴンには興味がある。どれほどまでに強大なのかこの身体で感じてみたい」
ドラゴンと言ってもゾンビだけどね。
それにしても、強いものに惹かれるのは戦士の習性なのかしら。
とはいえ、ルードのような手練れが増えるのは心強い。
二階にはドラゴンゾンビ以外にも何が潜んでいるかもわからないし。
レリーフを台座にはめ込むと、固く閉じられていた門がゆっくりと上に動き、開き始めた。
その先には階段が続いている。
「いざ行かん、ドラゴン討伐の道のりへ」
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