外伝二十三話:ひとときの休息

 わたし達はロープを十字路の真ん中に張り、そのロープに仕切りとしてシーツを掛ける。

 冒険や旅のお供としてシーツは欠かせない。

 寝るときに下に敷いたり、包まって暖を取ったり出来る。

 これがあるのと無いのでは大違いだ。

 それにこうやって仕切りとしても使える。

 即席の仕切りだから音が漏れるのは仕方ないけどトイレするわけじゃないし。

 そんな些細な事を気にしていたら冒険なんかできやしない。

 女が冒険者となる時に一番最初に投げ捨てるのは恥じらいだ、とか冗談でよく言われるけど、それはホントそう。

 そもそも恥じらってたら死ぬし、死なないにしても要らない苦労を一杯する羽目になる。

 でも流石に男女ともトイレだけは他者に見えにくい場所でやる。

 排泄だけは無防備になるし、そもそも誰にも見られたくはないものだし。

 サルヴィの迷宮内には密かにトイレの為の場所なり部屋がある。

 冒険者たちがいつの間にか暗黙の了解で決めた場所。

 この廃城においてはそんな場所は勿論無いので、魔物の気配がない小部屋に行って壺なりにしたりする。


 周辺の探索が済んでいたおかげで、少し大きめの壺を確保してその中に湯を溜めこむことが出来た。

 地下食糧庫には食材を調理するための鍋なども転がっていたので、それでお湯を沸かして流れる地下水とお湯を混ぜて良い感じの水温にする。

 お湯をタオルに浸して体を拭う。

 火の確保自体は、火の魔石があるからとっても楽。

 魔石は一週間くらいは続けて燃えてくれるし、一旦水をかけて消しても内蔵されているマナが残っている限りは再度着火してくれる。

 もちろん相応の値段はするけど、お金があるなら是非とも手に入れておきたい。


「お湯、沸きましたね」


 やっと状態が良くなってきたアーダルが、気だるげに忍者装束と鎖帷子を脱いだ。

 持ってきた素焼きのカップに水を汲み、宗一郎から貰った粉末状の薬草を口に含んで飲み下す。

 熱病に効果があるという薬草だけど、相変わらず苦いみたいでめちゃくちゃにしかめ面をしたアーダルが舌をいーっと出した。


「そんなに苦い?」

「良薬って思うくらいには。でも効きそうです」


 アーダルはタオルにお湯を浸し、体を拭い始めた。

 彼女の肌は白く艶めき、玉のように輝いている。

 わたしもハーフエルフの端くれだから、少しは自分の見てくれには自信があるけど、アーダルも可愛いと思う。

 ちょっと肉付きが薄いけど、少女からようやく一歩抜け出したくらいの年齢だしこれからに期待と言った所かしら。


「わたしも脱ぐか」


 いい加減、汗でだくだくになった体を拭いたい。

 鋼の胸当てと法衣を脱ぎ、上半身を露わにしてお湯を浸したタオルを首に当てる。

 本当ならお風呂が一番いいんだけど、迷宮探索の最中でそんな贅沢は言ってられない。

 それでも汚れと汗を拭うと、いくらかはスッキリとした気分になる。

 体を綺麗にするというのは本当に大事ね。

 

 ふと、溜息が聞こえたのでその方向を見る。

 アーダルが吐いていた溜息だった。


「どうかした?」

「あ、いや、なんでも」


 と言いつつ、その視線はわたしの胸に注がれている。

 なるほどね。

 エルフは種族全体として肉付きが薄い傾向にあると良く言われるけど、ハーフエルフは只人ヒュームの特性も受け継ぐ。

 だからわたしは平均的な胸のサイズだ。


「アーダルは何歳だっけ」

「十五歳です、確か」

「只人の十五歳ならまだ成長期でしょ。大丈夫よ」

「そうですかね」

「あ、でもあなた忍者よね。あまり胸が大きいと戦いの邪魔になるんじゃない」

「うぐっ」


 指摘に声を詰まらせる。

 彼女の前の職業は盗賊だった。

 それだって身軽じゃないとやっていけないし、日頃から訓練をしているおかげで無駄な贅肉が付く暇もないだろうし。


「そんなにしょげなくてもいいじゃない。しなやかですらりとした体で良いと思うけどね」


 わたしはアーダルの髪の毛を撫でた。

 銀色の艶めく髪の毛は、さながら北国の雪を思い起こさせる。


「もっと自信を持ってもいいんじゃないかな」

「……はい」


 これで少しは気分を持ち直してくれると良いんだけど。


 上半身を拭い終わったので下半身の方も拭う。

 流石にここは、汗が溜まる場所をさっと拭く程度にする。

 いくら同性といってもここは人目に晒したくないしね。

 一通り拭き終わり、すっきりした所で服を着直す。

 と言っても流石に胸当ては身に着けないけど。

 

「うわっ、ソウイチロウさん凄い体ですね!」


 シーツの向こうからムラクの声が聞こえた。

 凄い体という言葉が聞こえた瞬間、わたし達二人の耳はゾウのように大きくなる。


「そうかな。俺の体などまだまだ鍛え方が足りぬよ。ゼフのように筋肉の鎧みたいな男も居るからな。あそこまではいかずとも、もっと屈強な武士にならねばならぬよ」

「いやぁ筋肉は勿論ですけど、体の傷がまた、歴戦の戦士を物語ってますよね。どれくらい戦場をくぐって来たんです?」

「さあ、どうだったかな。もう数えるのも止めてしまったからな」

「それにしても本当に引き締まってるなぁ。肉食獣みたいな腹筋ですよ」

「喩えが良くわからん。腹筋を触るのは構わぬがその下まで手は動かすなよ」

「あはは。バレましたか」


 ちょっとムラク、何してんのよ。

 宗一郎の体はわたしの物なんだから勝手に触らないでよ。


「……ふーっ」


 そして隣で静かに息を荒げる乙女が一人。

 耳も顔も赤いぞアーダル。

 そういえばこの子はまともに宗一郎の裸は見た事ないんだっけ。

 いや覗いてはいたな、そういえば。

 でも天井からじゃ詳しくは見えないか。

 毛布やらシーツ被ってるわけだし。


「俺の話は良い。ムラク、折角だからお主の話を聞かせてほしい」

「ボクですか? 大した話なんかないですよ」

「それでもだ。仲間の事をより深く知りたいと思うのは当然ではないかな」

「そうですか。では少しだけ……」


 咳払いが一つ。


「ボクはこの国よりはるか南の方から来ました。穴倉や森に暮らし、鍛冶や採鉱、そして精霊に親しむノームとして生まれましたが、ボクはノームとしては落ちこぼれでした」

「ほう」

「鍛冶仕事も下手で、採鉱も体力があまり無くて仕事としては任せてもらえなくて。じゃあ精霊と親しくなろうと思っても、何故か彼らには嫌われてしまいました。唯一、水のウンディーネとは親しくなれましたがそれ以外は全くダメで」


 ムラクは続ける。


「そんなボクを親は心配して、それ以外の道で生きて行けるように懇意にしていた人間のアルケミストの師匠の下に預けたんです」

「なるほど。それでお主は錬金術師アルケミストを志したと」

「はい。お師匠様はボクに大変良くしてくれましたが、なにぶん高齢でしたので何時お亡くなりになられるかわかりませんでした。出来る限りの錬金術は授かりましたが、まだ全てを教わる前に亡くなられてしまいました。それで、まだ習得していない錬金術の本をありったけリュックに詰め込んで、旅をしながら学び続けています」


 お師匠様の遺言にもこうありましたと彼は言う。


「世界を見て、見識を広めよと。その見識と学んだ知識を生かし、新たなノームの生き様を見つけなさいと」

「……良い師匠を持ったな。ムラク」

「本当に、ボクには勿体ないくらいの良いお師匠様でした」


 話をしているうちに、いつの間にか鼻声になっているムラク。

 お師匠様との日々を思い出したのかな。


「俺にも良い師匠が居た。兄と言っても良い存在のな」

「そうなんですか! 聞かせてほしいなあ」

「名前はな、結城貞綱と言うのだが」


 その時、くしゅんというクシャミの音が聞こえた。

 隣のアーダルからだ。

 いつまで上が裸のままでいるのやら。


「また風邪ひくわよ。早く服着なさい」

「……はい」

「俺たちも服を着るか」

「そうですね。いくら暑かったとはいえ素っ裸はもうそろそろ不味いかと」


 むっ、何も着てない?

 一瞬だけシーツをがばっとしたくなる欲望が芽生えたけど、隣のアーダルを見て思い直した。

 彼女はまだ服を着ている最中だ。

 今ここでがばっとやったら彼女の肌が二人に晒されてしまう。

 わたしは服を着てるから大丈夫だけど。

 いや大丈夫ではないわね。

 そんな事を考えていたら、宗一郎から声が掛かった。


「向こうの二人、体を拭き終わったのならメシにしよう」

「ええ、そうしましょう」


 邪な考えはこれくらいにしといて、そろそろ明日の為に備えなきゃ。

 まだ冒険と探索は続くのだから。


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