外伝十九話:魔神パズズ

 魔神パズズ。

 熱風と疫病の魔神と呼ばれ恐れられた存在。

 かつてのライラット地区の領主を災厄の像に込めた思念によって洗脳し、現世に顕現しようとしたが、魔神の存在に気づいた時の王ミシュラムによって討伐された。

 しかしパズズの存在そのものが現世にやって来たわけではなく、所詮は依代に憑りついた精神体でしかなかった。

 数百年の時を越えてまたも魔神は現世に来ようとしている。

 全く悪魔は諦めが悪く、しつこさに掛けては右に出る者は居ないと思う。

 わたしはしつこい奴は嫌いだ。

 さっさと冥府の底へ帰って欲しい。

 その為にも皆で叩き潰さないと。


 とはいえ、仰々しい自己紹介をするだけの事はある。

 大抵の事には動じない宗一郎でさえも冷や汗を流し、震えている。

 彼の場合、武者震いかも知れないけど。

 強者と相まみえ、戦う事もまた侍の性質だと言っていた。

 野太刀を構え、宗一郎は言い放つ。


「如何に魔神と言えども恐れるに足らず。俺はベヘモスという悪魔すら倒したのだからな」


 ベヘモスと言えば貪食どんしょくの悪魔とも言われ、全てを呑み込み食らいつくす恐るべき存在だったと宗一郎から聞いた。

 あの不死の女王の切り札であった制御不能の悪魔を、鬼の力を借りたとはいえ宗一郎は倒したのだ。

 決して強がりじゃない。

 勝算はきっとある。

 鬼の力を全て借りられないにしても、今はわたし達がいるのだから。


『ほう、あのベヘモスをか』


 パズズは顎を撫でてにやりと笑う。


『あのような知性もない、欲望に従って喰らい尽くすだけの存在なんぞ悪魔の面汚しよ。全くそんなものを倒して喜んでいられるというのは、やはり人間はおめでたい頭をしている』

「何だと」


 宗一郎はパズズの言葉に対して眉をしかめた。

 パズズは続ける。


『喰らう事しか能がないとはいえ、あれを倒すのはたかが人間風情では無理だと思っていたがな。そこのお前は見た目は人間に見えるが、果たして本当に人間なのかね』


 宗一郎は答えない。

 パズズは既に、宗一郎の中に潜む鬼に気づいているのだろうか。


『答えぬのが答えか。いいだろう。お前と戦えばいずれわかる事だ。その体に隠された秘密を暴くのも一興』

「貴様はお喋りが過ぎる。一戦交えたいのであればさっさと来い」

『そう急かすな。我も久しぶりの現世だ。まだ体が馴染んでおらぬのよ』


 パズズが乗っ取っているガーストカの背中から羽が生え、腕も元々ある二本の下から更にもう二本生えて、四本の腕となった。

 その姿は、より災厄の像の姿形に近いものになっている。


『やっとこの体が馴染んできたわ。しかしこれでもまだ足りぬ。贄を喰らい、儀式を更に執り行い現世と冥府の障壁を超える為の力を得ねばならぬ』

「と言う事は、貴様は数百年前と同じ程度しかこの世に顕現出来ておらぬという訳か」

『その通り。とはいえ、我のような強大な悪魔が冥府とこの世界を隔てる障壁を越えられるようになれば、この世を手中に収めたも同然。神の作った理を破壊し、我が望むままの世界を作り出す』

「ならば俺たちはその前に貴様を退ける」

「力を着けてない今が、倒すチャンスって事なんだものね」


 わたしがそう言うと、パズズは声を上げて笑った。


『またもやその通り。しかし、君達は聞いたはずだ。我が何を司るものであるかを』


 熱波を疫病をもたらすもの。それは伝承にも残された悪魔の所業。


『以前、我を退けたミシュラムなるものは冷気の魔術を得手としていた。その為に我は不覚を取ったわけだが、今回の君達には冷気を操れる魔術師はいるのかね?』


 パズズの顔が更に醜悪に歪んだ。

 もはや知っていて聞いているような態度だ。

 上級悪魔は人間並みかそれ以上の知識、知能を持っている。

 姿形や服装などで誰がどの職業に就いているかくらいは判断できる。

 

 事実、今のパーティの中に魔術師はいない。

 だからこそあえて問い掛けたのだろう。

 自分に勝てる可能性はお前たちにあるのかと。


 わたしはムラクに目配せしてみるも、ムラクは苦渋に満ちた顔で首を左右に振った。

 やはり、霧や雲、雨を作り出せても冷気や吹雪までは作るに至らないようだ。


『本来であればミシュラムに復讐をしたい所であったが、あやつは人間だったから最早生きてはおらんだろう。残念でならぬ』

「ならば俺がミシュラム王に会わせてやってもいいぞ。冥府か天界かどちらに行っているかはわからぬがな」

『言うではないか。だが冷気を操れぬ君達が我に勝てる可能性は、万が一にもない。贄として我の糧になる気が無いのであれば立ち去り、自らの寿命を全うしても構わぬぞ。特に人間の二人の寿命くらいなら、我はまだ完全に現世には来れぬからな』

「冗談が上手いな。あと五十年も野放しにしていたら、もはや手が付けられぬだろう。なおさら放置など出来ぬよ」


 宗一郎の言う通りだ。

 強大な悪魔が現世を支配しようとしているのを指を加えて見ているわけには行かない。

 わたしたちは武器を構え、パズズと対峙する。


『やはり愚か者は死にゆく定めにあるらしい。我が贄となり、その魂を捧げるが良い』

「ほざけ。貴様は刀の錆びとしてくれる」

「逆に神様の供物に捧げてあげようかしら。いや、悪魔だから拒否されちゃうかな」

「今度こそ、僕も役に立ってみせる」

「……怖いけど、三人の仇だ。やってやる」


 戦いの火蓋は切って落とされた。

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