外伝二十話:疫病と熱波

 宗一郎とアーダルがパズズに接近する。

 宗一郎はいつもの野太刀を持っているけど、アーダルは何も持たない。

 脇差とハンドアクスでは勝負にならないと見てか、最初から既に腕にオーラを纏っている。

 パズズは不敵な笑みを崩さぬまま、二人を待っている。


「噴!」


 宗一郎がパズズの左側から接近し、野太刀を上段から頭目掛けて振り下ろす。

 そして右からアーダルが、手刀を心臓に目掛けて繰り出している。

 どちらも速く、わたしの目ではかろうじて追えるかどうかと言った所だ。


『ふん』


 パズズは背後に手を回したかと思うと、二人の攻撃を難なく弾いた。

 弾かれ、仰け反った二人は態勢を立て直すためにバックステップで距離を取る。

 パズズの四本の腕には乗っ取った体には似つかわしくない、幅広で分厚い刃のナイフがあった。

 

「ちっ。目が良すぎる上に腕力もあるとは、見かけに騙されてはいかんか」

『このハーフフットとか言う種族の体、最初はハズレを引いたかと思ったが、中々悪くはないな。小さくて素早いというのはわかっていたが、何といっても目が良い。おかげで君達の攻撃が良く見えるよ』

「だったらこれが捌ききれるか!」


 アーダルが踏み込み、更に拳の連打を繰り出す。

 正確に急所である鳩尾や喉、顔面や心臓と言った場所に拳を叩き込んでいるけど、パズズはそれらをナイフで確実に弾いている。

 

「くっ」


 しかしパズズは何故か自ら攻勢には出ない。

 じっとアーダルの攻撃を躱し、弾いているままだ。

 まるで何かを待っているかのような。


「糞っ!」


 焦れたアーダルの手刀が、大振りになった。

 パズズの目がカッと見開かれる。

 大振りになった横振りの手刀を躱し、体が沈み込んだかと思うとアーダルがいつの間にか尻餅をついている。

 足払いだ。

 足首を爪先で引っかけて転ばし、倒れ込んだアーダルの心臓目掛けてナイフを振り下ろそうとしている。

 しかし宗一郎の野太刀が、すぐパズズの背後にまで迫っていた。

 いつの間にか後ろに回り込んでいたのだ。

 パズズは気配を感じ取ったのか、大きく前に飛んで刃を逃れる。

 その跳躍もまた、普通のハーフフットですら成し得ない程の距離があった。

 アーダルを飛び越え、かなり離れているはずのわたし達の目の前にまで来たのだから。


『おっと、飛び過ぎたな』

パニッシュメント天罰!」


 咄嗟にパニッシュメント天罰を唱えてしまった。

 パズズもわたしの奇蹟には反応しきれなかったのか、呼び出された神の拳をまともに喰らって奥の壁際まで吹き飛ばされる。

 壁に叩きつけられてずるずると地面にへたりこむかと思いきや、そのまま壁から剥がれて頭を振った。

 地面に足を着けてはおらず、浮いている。

 

『痛いじゃないか……』

 

 パニッシュメント天罰は狼も潰すほどの威力があるはずなんだけど、表面的には怪我をしているようには見えない。

 やっぱり悪魔が入り込んで、肉体が強化されてるとしか思えなかった。


 続けざまに、酸の弾丸が高速で飛来する。

 パズズは流石に酸は喰らえないと思ったのか、素早く横に浮いたまま移動して避けた。

 

『中々のチームワークを見せるね。これは分が悪い』

「降参するか?」

『いいや。ここからが本番だよ』


 まずは、と一言言うとアーダルを横目に見た。

 見たかと思えば、あっという間にアーダルとの距離を詰めている。

 羽を使った飛行の移動は、瞬く間と言える程に速い。

 明らかに手加減して戦ってたな、この悪魔。

 

 アーダルは咄嗟に腹部への突きを繰り出すも、パズズは宗一郎が見せるような、体を半身翻しながらの踏み込みで鋭い突きを躱しながら、懐に二度入り込む。

 

「!!」

『君はどうやら前に出ての戦いはまだ経験が浅いようだな。だからこうやって我のような半端ものにも踏み込まれる』


 パズズは言うや否や、アーダルのお腹にナイフを突き立てる。

 アーダルの顔が苦悶の表情に歪む。

 更にパズズは何かを念じると、腕から緋色のオーラと思しきものが発生し、それがアーダルの体に流れ込んだ。

 

「くう、あっ!」


 何とかアーダルはナイフを振り払い、バックステップで距離を取ってわたし達の方まで下がるけど、そのまま倒れてしまった。

 腹部の怪我を見なければ――。

 でも、ナイフの傷は思ったよりも深くは無かった。

 内臓までは達してはいないものの、それにしてはアーダルの容体がおかしい。

 息を荒げてうなされている。

 額に手を当ててみると、酷い高熱を発している。

 顔を真っ赤にし、まるで酷い熱病に掛かった時の患者にそっくりだった。

 高熱は一応、キュア治癒で回復は出来たはず。


 ヒール回復の後にキュア治癒を唱えると、青い柔らかな光がアーダルの体を包む。

 しかし、効果が中々訪れない。

 

「どうして!?」

『我の力の一端をその程度の奇蹟などで治せるなどと思っているのか。笑わせる』

「成程な。それが疫病の魔神の力というわけか」

『今は近づいて触れなければ発動出来んが、いずれ完全になれば触れずとも風に乗せて病を運べるようになるがね』

「くそっ、この程度の熱で倒れてなんかいられるか」

 

 アーダルが立ち上がろうと膝を着くけど、その時点でもうふらついて力が入っていない。

 

「無理は駄目よ。今その状態で前に出ても、何もできずに死ぬだけだわ」


 わたしの言葉に、アーダルは地面に拳を叩きつける。

 その拳すら、ふらふらと頼りなく地面に着けるだけだった。

 流石は疫病の魔神を自負するだけはある。

 残念ながら、アーダルはここで戦線から離れるしかない。

 病を治すにはどうやら魔神を叩くしかないようだから。


「ぬうっ」

『つあっ』


 アーダルが離脱したのを皮切りに、宗一郎とパズズの接近戦が繰り広げられる。

 四本の腕によるナイフの連撃を捌く宗一郎。

 喉。

 手首。

 肝臓。

 目。

 心臓。

 股間。

 太腿。

 やはり急所ばかり狙った、精確で鋭い攻撃。

 そのどれもを流石に弾き躱してはいるものの、四本の腕を持った相手とは戦った事がないのか苦戦しているのが見て取れる。


 当たり前だ。

 人は只人であろうとも亜人であろうとも、腕は基本的に二本しかないのだから。

 単純に攻撃回数が四倍になり、さらに全部の腕にナイフが持たれている上にそれなりの手練れともなれば、捌ききるのは難しいのもわかる。

 でも宗一郎は、ナイフの連撃を全て弾ききって見せた。

 弾いた衝撃でナイフがパズズの手から離れ、空の手となる。

 一瞬生まれた間隙を縫って前蹴りを鳩尾に叩き込む。

 重い、ずむっと言う音が辺りに響き渡った。

 革鎧しか着ていない軽い盗賊の体は、衝撃に耐えられずに蹴られたボールのように飛んでいく。

 流石に急所に一撃が入ったパズズは、ごぶっ、と空気の塊を吐き出していた。

 

「呼っ」


 距離を取れた宗一郎は呼吸を整え、体に白い靄のようなものを発し始めた。

 あれは確か、霊気錬成の型・瞬息とか言ったっけ。

 宗一郎の体を巡る霊気とやらが、徐々に高まるにつれて発される靄の勢いも大きく立ち上り始める。

 体の潜在能力を引き出す為の奥義だと聞いている。

 

「奥義・心止観しんしかん


 更にもう一つ、わたしの聞いた事の無い奥義。

 霊気の巡りが更に良くなり、特に目へ集中しているように見えた。

 目を強化している、のかな?

 

『小癪!』


 パズズはナイフを拾い直して宗一郎に向かっていく。

 今度は宗一郎は弾かない。

 最小限の動きで、皮膚一枚で躱していく。

 今度はパズズが焦りを見せていた。

 何故当たらないのか、何故急に見えるようになったのか。

 その疑問は心を蝕み、徐々に動きに現われるようになる。

 

 戦いにおいて焦りは禁物であり、冷静さを失えば負ける。

 

 宗一郎が良く語っていた。

 水の心とか何とか言っていたような気がするけど、その辺のむつかしい話はわたしにはよくわからない。

 でも、焦ったら死ぬのは冒険においても同じ。

 わたしの心にも深く刻み込まれている。

 幾度となく、一度の焦りによって罠を踏んだり、撤退のタイミングを読めずに仲間が欠けたまま魔物に戦いを挑んで全滅したり、その手の話は枚挙にいとまがない。

 人間に近い精神性をしている悪魔もその辺りは変わらないのかもしれない。

 

『ぐおっ!』


 宗一郎の大上段からの踏み込んだ斬り下ろしが、革鎧を両断してパズズの胸を切り裂いていた。

 ばっと血が噴き出し、地面に滴り落ちて雫を作る。

 

「やった!」

「駄目だ。まだ浅い」


 皮膚を切り裂いたくらいで、致命傷ではないと宗一郎が言う。

 見た目は派手でもダメージはそれほど与えられてないようだ。


『……やはり、お前がこの中では一番の実力者か。そうでなければ如何にベヘモスと言えども倒されはせぬか』

「冥府に戻る気になったか」

『いや。お前の魂が欲しくなった。それだけ魔物を倒し練り上げた魂となれば、現世に完全復活するための大いなる力となるであろう』

 

 パズズの顔が喜色に歪む。

 美味しい餌を見た時の獣のように。

 冗談じゃない。宗一郎はわたし達の仲間だ。

 誰が悪魔なんかにくれてやるものか。


「完全体でないのなら、俺に勝てるはずもなかろうが」

『侮られているのなら仕方ない。我が力のもう一つの片鱗を特別に見せてやらねばならぬな』


 言うや否や、パズズは四本の腕から小さい太陽のような火の玉を作り出した。

 それは部屋の四隅に設置されると、この部屋の温度を急上昇させ始める。

 地下の部屋であり、霊が蠢く場所であるにもかかわらず、わたし達の皮膚には玉のような汗が浮かび上がる。

 もう真昼の砂漠の只中にいるような熱さだ。


『この程度で暑いと思ってもらっては困るな。最終的には数百度まで上がるぞ。まるでオーブンの中に居るようじゃないか? どうかね』

「……もし完全体なら、どこまで熱を上げられる」

『生物など一瞬で影も形も残さぬようにしてやれるよ。君達は実に運がいい。まだ半端者である状態の我と出会ったのだからな』


 だからと言ってじわじわなぶり殺しにされるのも、また勘弁してほしいものだわ。

 

「我らが主よ。大いなるその御手を以て我らを護り給え。脆弱たる我らを包み込み、あらゆる苦しみから逃れさせ給え」 

 

 ディバイン女神のエンブレイス抱擁を唱え、仲間全員を熱気から護る力場に包み込んだ。

 しかし熱を軽減できると言っても、数百度の中に居るだけでもしんどい。

 力場の領域に守られてなお、皮膚を焼く感覚があるのだから。

 領域もいつまで展開できるかもわからない。

 その前にこいつを倒さなければ。


『君達は何時まで耐えられるかな? その前にわたしの手に掛かった方が苦しみは少ないかも知れんぞ』


 パズズの愉悦に歪み切った笑顔が、実に癪に障った。

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