外伝十八話:牛頭の悪魔


「アバシ、そんな……どうして」


 ムラクは倒れた戦士、アバシの前で崩れ落ちていた。

 臨時で組んだ面々とはいっても、仲間には変わりない。

 仲間の死を目の当たりにするのは誰だって辛い。

 もし気にも留めない奴がいるのなら、それは人の心を持っていないに違いない。

 あるいはパーティの危機が迫っているのにも気づかない鈍い奴か。


 ハヴィエルに続いて二人目の死者。

 ムラクにとっては辛い出来事が連続して続く。

 

 でも、いつまでも膝を着いたままではいられない。

 冒険者稼業は死神が自分の背中にべったりと張り付き、持っている大鎌の刃を首元に向けているようなものだ。

 鎌が振り下ろされるのは今すぐかもしれないし、ずっと後かも知れない。

 辛いだろうけど、仲間が死んでもなお動揺せず切り替えられる精神性が必要だ。

 心を務めて平静に保ち、行動を起こさなければ強敵との対峙はままならないのだから。

 

 そして恐らく、ムラクの他の仲間も殆ど死んでいると見て間違いないだろう。

 ルッペルは確実に死んでいる。ガーストカという者も何物かに乗っ取られているのなら、もう肉体は抜け殻かもしれない。

 六人でここに来ているのならあと一人足りないが、この廃城は一人で彷徨うには危険すぎる。

 よくもまあ、ムラクは一人で脱出できたものだ。

 それともノームは生まれつき運が良いという風説もあながち間違いじゃないのかも。

 もっともそれを言ってるのも当のノームたちだけで、信憑性は全くないんだけどね。


「ムラク、悪いが仲間の死を悼んでいる暇はないぞ。どうもお主の仲間の一人は何物かに乗っ取られてしまっているらしい」


 宗一郎が壁の血文字を指さした。


「行こう。仲間を助けに」


 宗一郎は静かに、しかし力強く言った。

 わたしもアーダルも無言で頷く。

 アーダルも初めての冒険でいきなり仲間を失い、パーティの解散までも味わっている。

 わたしも仲間が死ぬ場面は幾度となく見て来た。

 思いは共有できているはずだ。


 ムラクはしばらく押し黙ったままだったけど、やがて立ち上がりこちらを向いた。

 頬を流れた涙を袖で拭う。


「行きます。ボクらでガーストカを救いましょう。例え命ある状態で助けられないとしても、何物かのおもちゃでいるのは彼だって不本意なはずです」

「よし、気張っていくぞ。何が待ち受けているかわからぬかなら」

「もちろん」

「了解です」


 そっと隠し扉の、わずかに窪んでいるブロックにアーダルが手を当ててぐっと押す。

 壁が上にせり上がり、行く先を開いていく。


「うわっ……」


 先行したアーダルが思わず声を上げた。

 背後から続いた宗一郎もわたしも、顔をしかめる光景。

 更に後から続いたムラクは、恐れの声を上げずにはいられなかった。


「ひっ、何ですかこれ」

「わからぬ。だが何らかの召喚を行おうとしているのは間違いない」


 隠し扉の先に広がっていた光景は、何らかの邪教の儀式が執り行われていたとしか思えない惨状だった。

 どうやら血で魔法陣が描かれている。

 見た事もない文字の羅列が魔法陣の円の中に螺旋を描いており、始まりの部分の血はもう乾ききっている。

 魔法陣の各所には生贄とみられる古い人骨が等間隔に置かれており、またその死体は中心に行くにつれて新しい物になっている。


「あっ、ルッペル……! ガーストカ!」


 ムラクが声を上げる。

 中央に近くもっとも新しい死体は、ルッペルと呼ばれたムラクの仲間らしい。

 彼女から血を取ったのか、魔法陣は彼女の付近はまだ新しい血で濡れている。

 そして魔法陣の外には、乗っ取られていると書かれていたガーストカなる人物。

 彼は盗賊の身なりをしている。

 でも何かに乗っ取られているのなら、身なりだけで判断したら危険だろうな。

 

 地面の魔法陣以外にも、壁近くには人骨がうずたかく山になるほどに積み上げられており、部屋の奥にはガーゴイルと山羊頭と人の女性の体が合わさったかのような悪魔の石像が鎮座している。


 倒れているガーストカの右手には、小さな像が握られている。

 これがアバシが言っていた、変な像に違いない。

 遠くから見ても異様な雰囲気が像から漂っている。

 それは地の底よりも更に深い、闇の世界からの気配。

 人の住む世界と異なる理で作られた、地獄、冥府からの匂い。

 

「あの像、たぶんムラクが言っていた厄災の像じゃない?」

「数百年の時を超えてなお、まだ存在しているのか」


 人を誑かし悪意に染めるのは、あの像に思念を込めた者に取っては訳の無い事だろう。

 だからこそ今まで像を遺してこれたに違いない。

 

「ミシュラム王は、悪魔の化身を倒したまでで像があったことは知らなかったのだろうな」

「この廃城は賊の隠れ家としては良さそうだし、その度に少しずつ賊の誰かを乗っ取って生贄に捧げて来たのかも」

「ガーストカ、生きてると良いんだけど……」


 ムラクがガーストカの生存を確かめようと魔法陣の所へ一歩踏み出したとき、不意にガーストカの前の空間が歪み始めた。


「!?」

「やはり来たな」


 宗一郎は野太刀を抜き、アーダルも得物を構えた。

 モーニングスターを構えたわたしと、一呼吸遅れてムラクが慌ててわたし達の後ろに下がる。

 果たして歪曲空間から現れたのは、二匹の悪魔だった。

 その二匹は大きな牛の頭を持ち、体は人間ではあるけども体毛が獣並みに生えている。

 なおかつ、体格は人の三倍以上はある。

 あの山羊頭の悪魔以上に体格も大きく、筋肉量は更に多い。

 見るからに知性を感じない、荒々しい呼吸と血走った眼をわたし達に向けている。

 そして得物は、あのハイスケルトンが持っていた大斧と全く同じだった。


「どうやらこの悪魔も、ここの戦士が作り替えられたものか」

「多分、あの災厄の像を作り出した悪魔が使い魔にしてるのは間違いないわね」

「しかし山羊頭と来て次は牛か。その次は馬頭の悪魔でも出てくるのかもしれんな」


 宗一郎が軽口をたたくと、牛頭の悪魔は大きな雄叫びを上げた。

 それだけで広い隠し部屋の空間が震え、古ぼけた城の一部が崩れ落ちる。

 石の一つが落ちて割れた音が、戦闘開始の合図になった。


「プロテクション!」


 まずわたしはパーティ全体に物理攻撃から身を護る障壁を張った。

 明らかに物理攻撃しかしてこなさそうな相手には、防御力を上げるに限る。

 それでもあの大斧の一撃をまともに受けたら、大怪我は免れないだろう。

 何度か重ね掛けして障壁の厚みを増すのがわたしの最初の役目となる。

 そして宗一郎とアーダルは、自然と一匹ずつに分かれて対峙する。

 

「GUGAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 宗一郎の相手をしている牛頭の悪魔は、腰だめに大斧を構え、片足を支点に回転し始めた。

 コマのように周りながらの回転斬りは、見た目の滑稽さとは裏腹に宗一郎の額には冷や汗が浮かび上がる。


「むうっ」


 宗一郎の野太刀がわずかに大斧に触れると、一瞬受けただけなのに大きく体を崩されてしまった。


「この悪魔、膂力だけならば竜人の騎士をしのぐぞ」

「そんなにですか」


 アーダルは驚きながらも、もう片方の牛頭の悪魔の斧を躱している。

 こちらは片目が潰れているが、能力に劣る部分はないようだ。

 アーダルは元々宗一郎ほどの技量は持ってないと思っているからか、躱して対応をしている。

 スキを伺い、ハンドアクスの一撃を叩き込んでみたものの、毛皮に覆われてその刃は肉にまで食い込んでいない。

 舌打ちをし、得物をしまい込んでオーラを両腕に纏う。


「こっちで行かなきゃダメか」


 しかし素手になるという事は、リーチがその分短くなる。

 寄り懐に潜り込まなければならない。

 即死級の一撃をかいくぐりながら、懐に潜り込むというのは並大抵の事じゃない。


 わたしはプロテクションを何度か重ね掛けしつつ、戦況を見守る。

 自分が迂闊に攻撃を仕掛ける訳にはいかなかった。

 下手な攻撃をして、わたしにターゲットが向くのを避けたい。

 頑強そうな悪魔を一撃で倒せそうな奇蹟は、ラース・オブ・ディバイン神の憤怒しか手持ちには無い。

 一応、悪魔を元の世界に還す奇蹟もあるけど、下位の悪魔ならともかく牛頭の悪魔は間違いなく上級に位置するだろう。

 力のある悪魔ほど、容易には帰ってくれない。

 

 そしてこれを召喚している悪魔がいる。

 この悪魔よりも更に上位の悪魔。

 一体どのような悪魔なのか、想像するだに恐ろしい。


 二人の戦いは膠着状態に陥っていた。

 牛頭の悪魔の技量も高く、宗一郎と互角に戦っている魔物は久しぶりに見た。

 宗一郎の居合抜きを目を見開いて斧の振り上げで弾き、前蹴りを繰り出すと宗一郎の鳩尾に深々と突き刺さる。


「ぐぶっ」


 たまらず宗一郎は一旦間合いを置こうとバックステップをするけど、そのまま大斧を叩きつけてくる。

 間一髪皮膚一枚くらいで斧自体は避けられたが、宗一郎の目の前に落ちた大斧の刃は、地面を大きく砕いている。

 

「ちいっ」


 そしてアーダルの方は、徐々に押され始めていた。

 攻撃をするタイミングをはかれないまま、避ける事にしか専念できていない。

 徐々に呼吸が荒くなってきており、時折斧の刃が衣服にかすりそうになっている。

 

「噴!」


 宗一郎は呼吸を整え、ある技を繰り出そうとし始めた。

 自分の方を手早く片付けなければ、アーダルが危ういと悟ったらしい。

 出し惜しみはしてはいけない。

 たとえ反動が出ようとも。


「よし、ようやく出来た。行け!」


 そんな時に、声を上げたのはムラクだった。

 戦闘開始から詠唱を始めて随分と時間がかかっていたけど、ついに何らかの錬金術を発動させたらしい。

 いかにも怪しい七色に輝く霧が、風に乗って悪魔二匹を包み込む。


「二人とも一旦離れて!」


 その霧に巻かれてはいけないとムラクが叫び、その指示に従う。

 霧に巻かれた悪魔二匹は、目障りに思ったのか霧を斧で振り払うが、その後の行動が奇妙だった。

 虚空や地面を見ては目を白黒させつつ、叫びをあげて大斧を振り上げたり地面を踏みつけたりしている。

 明らかに霧に巻かれてからおかしくなっている。


ハルシノジェニク・フォグ幻覚の霧。これに巻かれた敵は幻覚を見ますが、悪魔にも効くんですね。初めて試したんですが」

「悪魔と言ってもこの世に受肉した以上、わたし達とその辺りは変わらないはず。効いてるなら願ってもない話ね」


 宗一郎は近づき、斧を振り回している牛頭の悪魔の背後に回ってそのまま背中から心臓を一突きした。

 アーダルは悪魔の肩に飛び上がり、そのまま手刀を首に決める。

 二匹とも同じタイミングで膝を着き、くず折れた。

 青紫に血が地面に広がり、魔法陣の中央にまで伸びていく。


 全員がほっと息を吐いた。

 ひとまずの危険は脱したかな。


 そう思ったのもつかの間、いつのまにか倒れていたはずのガーストカが立ち上がっている。

 ハーフフットの小さい体に見合わない威圧感、圧迫感を発している。

 わたしの肌は粟立ち、宗一郎とアーダルは威圧感に対して気を張って対抗してはいるものの、気づけば一歩背後に下がっていた。

 ムラクは尻餅をついてしまっている。


『君達はよくやってくれた。最後の生贄を捧げてくれて感謝している』


 あの悪魔二匹さえも、自らの糧としての犠牲だったのか。

 いや、元々あれはここの兵士なのだから、自分の手駒ですらない。

 自分の生贄になるのなら何でもいいという訳か。

 いかにも悪魔らしくて反吐が出る。


『この哀れな小さき者を依代に、我は現世に顕現する。この世界を手中とする為に』


 やはりろくでもない悪魔が、この世を呑み込もうと蘇ったわけね。


『これより死にゆく君達にせめてもの情けとして、我が名を脳裏に刻んでもらおう。そして恐怖に陥ったまま冥府への道を歩ませてやろうではないか』


 ――我が名はパズズ。冥府より熱風と疫病を現世にもたらし、渇きと飢えを以て君達を滅ぼす事を約束しよう――

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