外伝十七話:王の肖像画

 休憩から立ち上がったわたし達がやるべきは、まず城地下一階の地形を把握する事だった。

 マッピングはアーダルにお願いし、一歩一歩確かめながら進んでいく。

 ちょっと歩を進めていくと、まず落ちて来た牢屋と同じような牢が見える。

 中にはもちろん、スケルトンと亡霊がうろついていた。

 その数は数十人程度だろうか。

 よくもまあ一つの牢にこれだけ詰め込めるものだと、ある種感心してしまう。

 明らかに人を人と思わないような外道でなければ出来ない所業。

 

 スケルトンと亡霊はこちらの気配を察知しても、何の動きも見せない。

 先ほど遭遇した霊たちとは違い、もはや恨みも憎しみも失せてしまっているのかもしれない。

 敵意をこちらに示さない魔物に対して無理に戦いを挑む必要はない。

 何よりわたしがそう言うのは好きじゃない。

 アーダルも忍者見習いとはいえ戦闘能力自体は非常に高いし、わたしも僧侶としての力量は高い所にあると自負をしている。

 でも、いかんせん二人しかいないのはどうしようもない。

 いくら弱かろうともその数が数十、数百ともなれば非常に脅威になる。


「流石にこの中には入ろうって気にはならないわね」

「今はミフネさんを見つけるのが先決ですからね。探索はほどほどで良いですよ」


 二人でうなずき、通り過ぎていく。

 すると次は十字の分かれ道が見える。

 右に行くか、左か、それとも真っすぐか。


「真っすぐ行ってみますか」


 進んでみると、やっぱりそこにあるのは牢だった。

 牢屋には同じように人骨が壁に寄りかかっていたり、床に転がっていたりする。

 ここの人たちも兵士ではなく、一般の人みたい。

 ただし動き出す様子はなく、本当にただの死体だ。

 亡霊の寒々しい気配もない。


「本当に何を考えてこんなに罪のない人を牢屋に入れたんだろう」

「盗賊の迷宮ほど、死体にお目にかかる機会はもうないだろうと思ってたんだけどなあ」


 ここも入るだけ無駄だと判断し、気を取り直して来た道を戻る。

 さっきの十字路を左に行こうとすると、階段があった。

 上に行く階段だろうか。


「ひとまずはこの牢屋の区画を確認してから、そっちに向かいましょう」


 アーダルの意見に乗り、わたし達は牢屋の区画の先を行く。

 十字路から右に行くと、また十字に分かれている道が見えた。

 十字路の左の道は牢が一つ、右には牢が二つ。

 構造的には同じような作りが幾つかあるような感じかな。

 まあ牢屋で無駄に複雑な構造にされても看守が困るだけだろうけど。

 左の一部屋の牢を見ると、さっきとはうって変わって死体の類は無かった。

 代わりにタルや木箱が置いてある。

 

「ちょっと入ってみましょう」


 牢は鍵が掛かっていたけど、アーダルの鍵開けの技術でこじ開けていく。

 冒険者の性か、タルや宝箱みたいなものを見るとどうしてもうずうずする。

 中には一体何が入っているのかと期待する。

 でも、そういえばここに落ちて来た原因の宝箱の中身、人骨だったっけ。

 それを思い出したら一気になんか冷めてしまった。


「タルや木箱に罠が仕掛けられているとは考えづらいですが、一応僕が調べます」

「今度こそ気を付けてよね」

「わかってますよ」


 慎重にタルを探り、フタを開けるアーダル。

 中を見た瞬間に、露骨に彼女の表情が渋くなり額に皺が寄った。

 わたしは彼女の背後から中を覗き込んでみると、やっぱり中身は人の骨が詰まっていた。


「全く、探索のし甲斐がなくて本当にうんざりする」


 他の木箱の中身も同じで、期待はずれにもほどがあった。

 大体こういう場所には何かしら、忘れられたお宝みたいなものが一つ二つくらいあるものなんだけど、今回は期待しない方がいいかもねえ。


 溜息を吐きながら牢を出て、右の二つの牢に向かおうとしたところでばくんと何かが開く音がした。


「落とし穴?」


 いや、石造りの床には何も変化はない。

 壁にも何も変わる場所がない。

 だったら上かな。

 天井の一部が開いて何かが落ちて来た。

 人だとするなら、随分と着地の音が軽い。

 カタカタカタと骨を軽くぶつけさせたような音が続く。


「スケルトンか。持ってる武器が物騒だな」


 アーダルがぼそりと呟いた。

 サルヴィの迷宮で見かけるスケルトンは、錆び付いたロングソードに壊れかけた盾みたいな粗末な武具しか持ってなくて、意思も感じないような虚ろな動きしかできないけど、こいつは違う。

 目の奥には青い火の玉が宿っており、はっきりとした意思を感じる。


 スケルトンが持っている武器は、グレートアクス。


 両手持ちで使うように柄が長く、斧の刃は肉厚で大振りの鋼で造られている。

 所々に赤黒い血の残滓は付着しているけど、しっかり手入れがなされていたのか錆び付いてはいない。

 いわゆるハイスケルトンと言われるタイプだろう。

 しかしアンデッドには変わりないのだから。


「虚ろに彷徨える哀れな魂よ。今こそ導きの光の下へ集い……?」


 ディスペルの為に祈りを捧げようとすると、ハイスケルトンは瞬く間に間合いを詰めてグレートアクスを振りかぶっている。

 詠唱は間に合いそうにない。

 そしてわたしは武器を構えても居ない。

 やられる!?


「させるか!」


 咄嗟にアーダルが回し蹴りでハイスケルトンの胴を弾き飛ばす。

 ハイスケルトンは壁に体を打ち付けた衝撃で体の構成を崩し、骨が地面にバラバラと散らばる。

 それだけで死ぬはずもなく、すぐさま元通りに組みあがりハイスケルトンはアーダルを睨みつける。

 片手でグレートアクスを横薙ぎに振り回すハイスケルトン。

 骨の体であるはずなのに、その膂力は石づくりの壁を破壊しながらアーダルに襲い掛かる。

 まともに受けるのは不利と判断したアーダルは跳躍し、横薙ぎの一撃を躱してそのまま飛びながらハンドアクスをハイスケルトンの右肩に叩き込む。

 ハンドアクスといえども斧であることに変わりはなく、骨を砕くには十分すぎる威力だった。

 肩の骨が砕け散ったハイスケルトンはグレートアクスを床に落とす。

 息つく暇も与えず、アーダルは脇差とハンドアクスの連撃で首、胴、両足の骨を分断する。


「ノエルさん!」


 アーダルの叫びを合図に、わたしは再びディスペルを唱える。

 スケルトンには再生能力があるけど、砕かれた骨を元に戻すにはそれなりの時間を要する。

 いまこの戦闘ですぐさま再生するものではない。


「虚ろに彷徨う哀れな魂よ。今こそ導きの光の下に集い、魂の安息を得よ」


 祈りひざまずくと、大斧のハイスケルトンは光に包まれる。

 宿っていた魂は天上へと導かれ、残された魂は力なく床に散らばってあっという間に風化していった。


「ふう」


 少しだけ肝が冷えた。

 スケルトンは本当に色んな個性がある。

 この世に同じ人が一人と居ないように。


「探索を続けましょう」


 そして右二つの牢屋も見てみたけど、特にめぼしいものは何も無い。

 宗一郎達ももちろんいない。

 更に奥の区画に進む。

 ここで牢屋の区画としては終点で、またも同じかと思っていたけど、右二つの片方の牢屋に差し掛かった時、ここだけ一つ異なる部分があった。

 牢屋の中に、壁に背を持たれて死んだ遺体がある。その傍らには油絵の道具があり、そして遺体の背後には肖像画が描かれていた。

 恐らくはこの城の王の肖像画なんだろうけども。


「悪魔が冠を被って着飾っている……?」


 描いた画家は、かつての王に対する批判の気持ちを込めて描いたのだろうか。

 王はもはや人に非ず、人心を失い悪魔に成り果てたと。

 こんな牢屋で誰も見ないだろうに、それでも描かずには居られなかったのだろうか。


「この肖像画が描かれた壁、風の流れを感じます」

「隠し扉ね。例によって」


 アーダルが肖像画を探っていくと、王冠の部分の石が窪み、壁が上へとせりあがっていく。

 この先に何があるのか。


「……血の匂いがする」


 誰かが居るのか。

 注意深く、忍び足で進んでいく。

 一歩一歩進むたびに、血の匂いは濃く強くなっていく。

 通路の曲がり角から少しだけ顔を出し、危険がない事を確認して進む。

 曲がった先には、またも壁に背を預けている人が居た。


 もう死んで何年も経っている人ではなく、まだ肉体を残している人。

 黒い肌の人だった。

 わたしは今までこのような人を見た事が無い。

 一体どの地域から来たのだろう。

 

「生きているのかしら」

「僕が行きます」


 アーダルが先導し、武器を構えながら注意深く黒い肌の人を観察する。

 寄生体が憑りついていないとも限らない。

 しかしアーダルはすぐに力なく首を振った。


「胴に深い傷を負って出血が酷すぎます。それに体の半分くらいに火傷を負っている」


 わたしは近づいて改めてその人を見てみる。

 

 ……酷い傷だ。

 お腹が半分くらい抉られている。出血は血だまりを作り、床に広がっていた。

 右手には得物と思われる長い槍を握っている。

 黒い人は恐らく戦士なのだろうけど、体には防具らしい防具は何もつけていない。

 肌を守るための、獣の皮をなめして作った上衣と布のズボン、そして呪術的な文様が刻まれている木の腕輪を両手首につけているのみだった。

 先ほどまで生きていたという事は、恐らくムラクの仲間と考えられる。


「ムラク……」


 仲間をまたも失った彼の心中を察すると胸が痛む。


「見てください」


 アーダルにうながされ、彼女の視線の先を追うと転々と血の跡が床に付いている。

 血の跡は明らかに戦士のもので、それは彼の向かい側の壁に続いていた。

 彼は隠し扉の先の何かと遭遇し、そこから逃げ出してきたのだ。

 向かいの壁には血文字で言葉が残されている。


【畜生。ガーストカは変な像を見つけてからおかしくなった。ルッペルを殺し、俺に襲い掛かりやがった。もう俺も長くはない。誰かあいつを救ってやってくれ】


 その言葉を読み、固唾を飲むわたし達。


「どうする?」

「どうするも何も、この状態で隠し扉の先には進みたくないですよ」


 同感。

 恐らくこの二人の名前もムラクの仲間だろう。

 一人が狂ってどうかしたのなら、なおさら先へ進まない方がいい。

 どうせ宗一郎は此処には居ないのだから。


「戻って、あの階段の先に向かいましょう」


 声をかけたその時、アーダルが口に人差し指を当てた。

 わたしもぐっと息を呑む。

 アーダルの視線の先は、通路の曲がり角。

 わずかながら足音が聞こえる。

 石造りの床を踏みならす誰かの足音。


 アーダルは静かに呼吸を整え、両腕に紫色のオーラを纏わせる。

 じゃり、という音が通路の角の先でした後、止まった。

 相手もこちらの気配を察知したらしい。


 空気が張り詰め、静寂が辺りを包む。


 先に動いたのは相手の方だった。


「しゅっ」


 影は曲がり角から踏み出すや否や、握っている得物を振りぬいていた。

 アーダルはその刃を両腕をクロスにして受け、足腰をグッと沈めて衝撃を受け止める。

 相手が持っている得物がわたしにも確認できた。

 それは刀。

 しかも肉厚の鋼で作られたもので、普通の刀よりも遥かに長く大振りな逸品。

 わたしにはいつも見慣れているものだった。

 アーダルは必死の形相で次の一撃を繰り出している。


「アーダル、待って!」


 わたしの叫びは届かず、真っすぐに相手の顔面に拳を打ちぬこうとしている。

 しかし流石に、わたしのよく知るその人は拳を皮一枚で避け、前蹴りをアーダルの腹に食らわせていた。

 アーダルは蹴りをもらう直前に自ら後ろに飛び、いくらか衝撃を殺しながらもお腹を手で押さえて下がる。

 アーダルもようやく気づいたようで、両腕に纏わせていたオーラを消して笑った。


「意外と早く合流できましたね」

 

 わたしもほっと胸をなでおろす。

 そしてあの人も刀を鞘に収めて頭を掻いた。


「すれ違わなくて本当に良かったよ。延々とお互い彷徨う羽目になったらどうなっていたやら」


 宗一郎はわたしの顔を見て、微笑みを浮かべる。


「ノエルも怪我はないか?」

「なんとかね」

「それなら良かった」

 

 ひょっこりと宗一郎の背後からムラクが顔を出す。


「仲間、見かけませんでした?」


 さて、どう答えるべきか。

 この先にムラクが進めば間違いなく黒い人の遺体を目にしてしまう。

 仲間だった彼。

 そして狂った仲間の事を知る。

 

 仲間を救うべきかそうでないか。

 判断を迫られる時は今すぐに訪れる。

 でもきっと、宗一郎ならこう言うに違いない。


 仲間を助け出さずに見捨てて何が侍か。


 あまりにも脳裏にその姿がありありと浮かぶものだから、わたしは思わず笑ってしまった。


「何かおかしい事でもあったか?」

「ん、なんでもないわ」


 きっとわたしたちはあの隠し扉の先へ行くだろう。

 何が待ち受けていようとも。

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